脱出
グエナダが大聖堂を出ていくとカロカラ族達は
大きな壺がいくつも運び込まれてきて、小人達はそこから酒と思しき液体を汲み出しては飲み干し、運ばれてきた大ナメクジや昆虫を貪った。
ネロはその光景に絶句し、静かに大聖堂を後にするのだった
光に導かれてずいぶん歩いたが、ネロはとうとう一歩も動けなくなった。目が霞んできたし、手足の感覚はとっくに無くなっていた。
ふとシュタイナー王国に幽閉されている母さんのことを思った。
そして旅の仲間達のことを思った。最初はひどい運命だと神を呪ったが、今はもっと旅を続けたいと思っていた。
そんなふうに考えている自分に少々驚きながら、ネロは再び前に進もうと足を踏み出した。しかし衰弱した身体はネロの身体を支えることが出来ず、その場にぐにゃりと倒れ込んでしまった。
「もう駄目みたいだ」
ネロは一人呟いた。
「確かにこのままでは危険じゃな」
懐かしい声が聞こえた。
「パラケルスス…!」
ネロは涙をポロポロとこぼしながらパラケルススの名を呼んだ。
「よく逃げ出した。よく一人で耐え抜いた。わしはもう駄目かと思っとった。おぬしには毎回驚かされてばかりじゃ」
そう言うとパラケルススはネロをの足元にしゃがみ込んで呪文を唱えた。
「ミルトス。ミルトス。妖精の羽よ。汝の主を運び給え。柔らかな風は綿毛を運び、
するとネロの履く靴から緑の光が輝いて、繊細な飴細工のような翼が現れた。ネロは妖精の羽に運ばれてパラケルススとともに仲間たちのもとに向かった。
「パラケルスス。何か飲み物は無いかな? もう干からびて死にそうなんだ」
「お主に渡した袋はあるかの?」
ネロは腰の巾着をパラケルススに渡した。するとパラケルススはそこから
「てっきり耐えかねて飲むかと思ったが、おぬしは本当に慎重で意思が強いのお。エーテル強壮薬じゃ」
ネロは小瓶に口を当てゆっくりと紅玉色の液体を流し込んだ。エーテル強壮薬は
割れそうに痛かった頭は、棘が抜けたようにたちまち痛みがなくなった。しばらくするとネロの鼓動に合わせて頭の先から爪先まで、ドクドクと血と生命力が運ばれているのが感じられた。痺れはなくなり、げっそりと落ち窪んだ眼は光を取り戻していく。
「すごいよ! パラケルスス」
ネロは信じられないといった様子でパラケルススに言った。
「もう一緒に走れそうなくらいだよ!」
「エーテルが回復すれば不調は改善する。しかし傷ついた身体まで治ったわけではない。今はミルトスに運んでもらって休むのじゃ」
ネロはパラケルススに大聖堂の怪物のことを話そうと思ったが安心と疲労で眠りに落ちてしまった。目が覚めた時にはチルノン山の中腹で仲間たちに囲まれていた。
「よお! ネロ! ブサイクな小人にならずによく生きてたな!」
カイン笑いながらがネロに叫んだ。
「カイン!! 無事で良かった!!」
ネロはカインと拳をぶつけ合った。
「まだ無理はするな。もっと早く見つけてやれなくてすまない」
ハンニバルが言った。
「気にしないで。僕は何日捕まってたの?」
「6日デス…」
パウが心配そうにネロの顔を覗き込んだ。
「これを食べな。さぁ。みんなもネロを休ませてやりな」
スーが動物の脂肪にハーブと木の実を混ぜた非常食を差し出しながら言った。
どうやらあの洞窟には気づかれないほど微弱な催眠ガスが仕込まれていたようだ。単調な景色に脳が麻痺したころに始めて効果を発揮する類のものらしい。みんなそれに気付かず悪夢を見ながら眠りに落ちてしまったようだ。
「どうやって馬を取り返したの?」
ネロは尋ねた。
「ツァガーンのおかげさ!」
スーはツァガーンを撫でながら言った。
「アタシが催眠にかかる寸前に、ツァガーンが洞窟を嫌がって引き返したんだ。ツァガーンにはガスのことも分かってたのかも」
「ブルルン!」
ツァガーンは誇らしそうに鼻を鳴らした。
「そしたらアンタ達の馬もみんなツァガーンに付いて引き返してきたんだ。だからアタシは馬を安全な場所に繋いでから、もう一度洞窟に向かったんだよ。みんなを助けようと思ってね。そしたら地響きが起こってハンニバルが出てきた。一日も経ってないくらいだよ!? 次にパラケルスス。カインとパウは二日後に一緒に出てきたんだぜ」
スーはニヤニヤとカインとパウの方を指さしてネロに笑いかけた。
「アンタを探しにみんなで何度も洞窟に潜ったんだけど、見つからなくて一時はどうしようかと思ったさ。また会えて嬉しいよ。それよりどうやって脱出したんだい?」
ネロは大聖堂で見たグエナダのことを思い出した。
「みんなを集めて。パラケルススに相談しないと」
ネロはことの顛末を大急ぎで伝えた。グエナダの話を聞きながらパラケルススは難しい顔をしていた。
「ありえん。カロカラ族が魔獣と契約する秘法を知っているはずがない」
「でも知っちまってるもんはどうにもならねえぜ。パラケルススの爺様」
「わかっとるわ!!」
パラケルススはカインに噛み付いた。
「とにかく昼間のうちにこの山を越えよう」
ハンニバルの意見に従い、一行は頂上を目指して歩き始めた。なぜかあれだけ大量にいた毒蛙は一匹も姿を表さなかった。一同の胸の中には不吉な予感が渦巻いていたが誰もそれを口にはしなかった。
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