チルノン山の怪物1

 

 その日は珍しく太陽が照りつけていた。汚染土の山肌からは強烈な異臭が立ち上り、足元付近には水色の毒々しい蒸気が停滞している。


 こんな時に限って太陽が照りつけるなんて…


 ネロは普段なら歓迎する太陽を忌々しく思った。おそらく他の仲間達もそう思っていただろう。


 毒ガスを吸い込まなように口元に当てた布が息苦しい。汗が玉のように吹き出してくる。カロカラ族も毒蛙も一匹もいない真っ黒な山肌は、毒の蒸気と共に不気味な静けさを湛えていた。

 

 陽が傾き始めた。橙色だいだいいろの夕日が地平に触れようとしている。そんなころついに山頂が見えた。

 


「見えたぞ! チルノン山の頂上じゃ!」



 パラケルススが振り向き一行に告げる。しかしそれと同時にパラケルススの顔が強張った。

 

「いかん! 奴が来たぞおお!」


 パラケルススが大声で叫んだ。

 

 ふり返ると七色の粘液を垂らした巨大なガマガエルが骨で編んだ鎧を身にまとって後方から飛びかかってきた。

 

「馬を逃がせ! ツァガーンが先導する!」

 

 スーがツァガーンから飛び降りて叫んだ。皆それに従って馬を逃した。ツァガーンは馬達を引き連れて山頂へと走っていった。それぞれが武器を手に取り、大蛙と向き合った。

 

「俺様はグエナダだ。貴様らをチビの連中に引き渡す契約になっている。大人しく捕まれば世にも苦しい死に方をしなくてすむぞ」

 

 グエナダは意地の悪い薄笑みを浮かべてネロ達を見回した。

 

「パラケルススやるしかない」


 ハンニバルはそう叫ぶと黒いエーテルを纏って臨戦態勢に入った。

 

「ワタシも戦いマス! 邪悪な精霊、黄泉に返しマス!」

 

 パウは背負っていたタンバリンを取ると激しく打ち叩いて戦いのリズムを刻み始めた。パウは高らかに叫んで槍を地に打ち付けた。

 

「マピヤ! マピヤ! 高らかな天空の精霊! マピヤ! マピヤ! 我に翼を」

 

 パウは空の精霊に叫ぶと槍を持ってグエナダに飛びかかった。グエナダはニタリと笑い、ブルルと身体を震わせて口から高速で舌を飛ばした。

 

「危ない!」

 

 ネロは思わず叫んだ。グエナダの舌は確実にパウに捕らえたかに思えた。しかしパウはくうを蹴ってひらりとグエナダの舌を躱した。グエナダは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐさま後ろに飛び退いてパウの槍を逃れた。

 

 いつのまにか側面に回り込んだスーが鉄の杭のようなものを投擲して、グエナダの鎧の隙間に打ち込んだ。


「グエッ」


 グエナダは小さく声を上げた。パラケルススはその隙を逃さず、杖を振り上げると、鉄杭をめがけて白く輝く雷を放った。

 

 グエナダは数の不利を見て取ると、地面を掘り起こして塹壕を築いた。そこから飛び移り新たな塹壕を建設すると、また次の場所と言った具合に次々と塹壕を掘っていった。


 その塹壕はどれも七色の粘液で汚染されており、迂闊に近づくことが出来なかった。

 

 グエナダは塹壕に身を隠すと不気味な声でゲロゲロと鳴き始めた。その声には不快な抑揚が付いており、どうやらこれが歌らしいことが分かった。

 

「忌々し、今は昔、我が物顔はどんな顔? 聖者を食らう地の底の蛙、三匹の蛙、黄泉の口から出た蛙」

 

 グエナダが歌うと地面からボコボコと毒蛙が顔を出した。そのどれもがネロ達に敵意の眼を向けて襲いかかってきた。

 

 皆、襲いかかってくる毒蛙で手一杯になった。グエナダはニヤニヤと隙きを伺いながら尾に付いたサソリの針で一行を狙っていた。

 

 パウだけは空を蹴って地面にほとんど降りずに戦っていた。

 

「おい! 毒蛙に構わずお前は親玉をやれ!」


 カインはパウに向かって叫んだ。

 

「ワタシに指図するナ! 呪われた者メ!」


 パウはカインを睨んでからグエナダに向かっていった。

 

 グエナダは前足を槌のようにしてズドン、ズドンとパウを狙って打ち下ろしたが、パウはひらりひらりと身を躱してグエナダに槍を突き刺していった。

 

 グエナダの七色の粘液に赤い血が混ざり始めた。時が経つにつれてグエナダは傷だらけになっていった。

 

「馬鹿な! 人族ごときにこの私が!」


 グエナダはやぶれかぶれに尾の針を振り回したがパウにはかすりもしなかった。

 

 パラケルススはネロを呼び寄せて言った。

 

「わしは今から少々大きい魔法を使う。これを使うとしばらくは魔法が使えん」

 

 ネロが頷くとパラケルススは巨大なアストラル体を当たり一面に浮かび上がらせた。

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