監禁と食事2

「お客様。どうかお食べになってください。このままでは餓死してしまいます。われわれカロカラ族の信仰する神の教えで、無理矢理に食べさせることはしないことになっています」

 

 世話係はネロを見つめてまるで母親のような素振りで料理をかき混ぜていた。

 

「しかし、お客様が餓死しそうなら話は別です。その時は小人にならずに餓死することになります。そうなれば魂は永遠に毒と空腹の地獄に苛まれてしまいます。その時は、そうなる前に魂を救済するべくが許されています」

 

 世話係はマスクの奥で目を輝かせながら最後の言葉を口にした。

 

「つまりは愛です」

 

 まるで何かに取り憑かれたような恍惚とした表情がマスク越しにも伝わってきた。彼らは自分の酷い行いさえも、すべて愛ゆえだと思いこんでいるのだ。それはネロにとって始めて遭遇する見たことのない邪悪の現れだった。


 善意の押し付けの裏側には底無しの悪意が潜んでいる。


 その邪悪に反応して堕天の燈火はジリジリと黒く燃えていた。

 

 ネロは扉から一番遠い部屋の隅でうずくまって過ごすようになった。もはや空腹は限界を越えていて。一歩も動きたくなかった。初めは手足の先が冷えて冷たかったのが、今や痺れて感覚が麻痺していた。ネロは手足を温めるために堕天の燈火を抱えて部屋の隅で眠った。

 

 カチャリと乾いた音がした。断食して感覚の冴えたネロはこの音を聞き逃さなかった。ネロは微動だにせず壁を見つめていた。げっそりと頬が痩けてまるで餓鬼のようになったネロの眼は煌々と怪しく光ったが世話係にはその様子が見えなかった。

 

 ペタペタと世話係の足音が近づいてくる。

 

 ネロは息を整える。

 

 薬瓶の中身がチャプチャプと跳ねる音まで聞こえる。

 

 ネロは呼吸を乱さないように整える。

 

 注射器を指で弾くコツコツという音が聞こえる。

 

 ネロは全身にエーテルを静かに張り巡らせた。

 

「ようこそカロカラ族へ」


 世話係はそう言って手を伸ばした。

 

 ネロはするりとその手を逃れて転がった。まるで野生の猫のように、しなやかに転がり、一切の無駄な力を使わなかった。するりと世話係をすりぬけるネロ。ネロは手に持ったランタンですれ違いざまに世話係を思い切り殴りつけた。

 

 すると不思議なことが起こった。堕天の燈火はランタンの硝子をすり抜けるように真っ黒な火の粉を散らしたのだ。

 

 火の粉は打たれてよろめいた世話係に引火すると一瞬で真っ黒な炎へと姿を変えて世話係を焼き尽くした。世話係は一言の言葉を発する間もなく、焼け落ちて一握りの灰と化した。


 ネロはその様子を冷たい光の灯った目で見届けるとふぅとため息を付いた。そんな時だった。

 

 ピシィッ…!!


 嫌な音がした。見るとランタンに一本のヒビが走っている。


 ネロの心臓がバクバクと音を立てた。


 ネロは額に冷や汗を流しながら祈るような気持ちでランタンの様子を見守った。もし割れたら世界が滅んでしまう。しばらく様子を見守っていたがどうやらそれ以上に酷くなる様子はなかった。

 

「よかった。なんとか大丈夫みたいだ…」


 ネロはおもわず安堵の声を漏らした。

 

「よかった」


 鈴の音のような声が聞こえた。

 

 ふと顔を上げると小さな光の玉が扉の向こうを横切るのが見えた。ネロはあわてて部屋を飛び出し、荷物と剣を持って光が消えた方へと駆け出した。

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