夢幻回廊

 松明の明かりに照らされながら一行は洞窟の中を進んでいった。


 洞窟の中は汚染水が染み出し毒々しい染みを至るところに作っている。


 その汚染水の中に、ヌメヌメと七色に光る気持ちの悪いナメクジや、巨大なカマドウマ、名前もわからない環形動物達が群生していた。

 

 七色のナメクジが、巨大なカマドウマを丸呑みにしている光景を目にしてネロはゾッとした。


 もしもカロカラ族の仲間入りを果たせば、自分も一生ここで暮らすことになる。そう考えるだけでネロは身震いするのだった。

 


 パラケルススが先頭を進み、その後ろにネロが続いた。ネロの後ろにはカインとスーが、その後ろにはハンニバルとパウがそれぞれ二列になって続いた。

 

 ネロがふと気になって後ろを振り向くとあれだけ大勢いた小人達がずいぶん少なくなっていた。

 

「パラケルスス。小人が減ってる」

 

「うむ。何をしかけてくるか判らん。油断するでないぞ。ネロ」

 

 洞窟に入ってどれほど経っただろうか? ずっと同じような風景を繰り返し見ているとなんだか時間の間隔も平衡感覚もおかしくなってきたようだった。

 

 またしても七色のナメクジが巨大なカマドウマを丸呑みにしている。ネロはその光景を見てゾッとした。もしもカロカラ族の仲間入りを果たせば、自分も一生ここで暮らすことになる。そう考えるだけでネロは身震いするのだった。

 

「パラケルスス。またナメクジがカマドウマを食べてるよ」

 

「うむ。何をしかけてくるか判らん。油断するでないぞ。ネロ」

 

「パラケルスス。ナメクジの話だよ」

 

「うむ。何をしかけてくるか判らん。油断するでないぞぉ。ネロォ」

 

「パラケルスス?」

 

 ネロがふと横を見ると、またしても同じナメクジがカマドウマを丸呑みにしていた。


 寸分違わず繰り返される光景にネロの本能が警鐘を打ち鳴らす。

 

「パラケルスス!!」


 ネロは叫びながらパラケルススの前方に回り込んだ。

 

「うむぅ。なあにを、しかけてくぅるか、わからぁん。ゆだぁんするでなぁいぞぉ。ねろぉ」

 

 回り込んで顔を見ると、パラケルススは気味の悪い手作りのマスクをかぶっていた。そしてネロに向かってマスクに付いた骨の飾りをカラカラと振ってみせた。

 

「カイン! スー! 大変だ!」


 ネロはカインに報告しようと慌てて引き返した。

 

「ひぃ…」


 ネロはカインとスーの顔を見てぎょっとした。二人もやはり同じような気味の悪いマスクを被っていたからだ。

 

「どうしたんだネロ。早く先に進もうぜ」


 カインが抑揚のない声で言う。

 

「さっさと洞窟を出るよ! ネロ」


 スーの声もいつもと違った。

 

 二人はやはりカラカラと骨の飾りを振りながらこちらを見ている。

 

 藁にもすがる思いでネロはハンニバルとパウの名前を叫んだ。

 

「ハンニバル! パウ! 助けて! 大変だ!」

 

「心配するな。カロカラ族になれば安心だ」

 

「ハンニバルまで……」

 

「カロカラ族素晴らしいデス」

 

「パウ……」

 

 ネロはパニックになった。自分ひとりで一体どうすればいいのか皆目見当もつかなかった。


 皆カロカラ族になってしまったのだろうか。自分もこのままここにいればカロカラ族になるのだろうか? そんなの絶対に嫌だ。ネロはもう一度みんなに向かって叫んだ。

 

「皆! 正気に戻ってくれ! 家族や一族のことを忘れたのか!?」

 

 ネロが叫ぶとハンニバル達は顔を見合わせてクスクスと笑うとネロに向き直って言った。

 

「ネロぉ。正気にもどってくれぇ。カロカラ族が家族だぁ」

 

「ああああああああ…!!!!」


 ネロは叫びながら必死で走った。いつの間にか馬もどこかに消えており、ネロは一人で走っていた。しかしどこまで走っても、ナメクジがカマドウマを丸呑みにしている場所に帰ってきてしまうのだった。

 

 ついにネロは膝をついて塞ぎ込んだ。シクシクと涙を流して恐怖に震えた。膝が嗤って立てなくなったし、奥歯がガタガタと音を立てた。

 

「母さん。助けて…」


 ネロは思わず呟いた。

 

「大丈夫」

 

 突然声が聞こえた。ネロは驚いて咄嗟に立ち上がった。鈴が鳴るような綺麗な声だった。

 

「誰だ!」


 ネロは腰の短剣に手をかけて叫んだ。

 

「大丈夫。わたしはあなたの味方です」

 

「どこにいる!」


 ネロはあたりを見渡したが誰の姿も見つけられなかった。

 

「もうすぐあなたは目を覚まします。その時は慌てないで」

 

「一体どういう意味だ!」

 

「慌てずに時を待つのです。時が来れば分かります。その時は光の跡を追って走りなさい」

 

「時を待つ? 光の跡? いったい何の話なんだ!」

 

「わたしはあなたの味方です。信じてネロ。」

 

「おい! 待って! 行かないで!」

 

 ネロが叫んでももう何の返事も聞こえなかった。

 

「慌てず、時を待って、光を追う…」


 ネロは一人で繰り返してみた。

 

 その時だった。堕天の燈火がジリジリと熱くなった。見ると黒い炎が激しく燃えている。

 

「熱っ!!」


 ネロは腰に吊るしたランタンを手に持った。しかしおかしなことに腰の熱さは収まることが無かった。

 

「どうなってるんだ!?」


 ネロはランタンと腰を交互に見ながら熱くてたまらない腰を触った。すると腰から黒い炎が上がった。

 

「うわあああああ…!!」


 ネロは叫び声をあげながらガバっと起き上がった。見るとそこは洞窟ではなくどこかの地下牢のような部屋の中だった。


 どうやら夢を見ていたらしい。一体いつから自分は夢を見ていたのだろうか?

 

「熱っ!」


 ネロは腰のランタンが燃えていることに気づいた。どうやらこれのおかげで目が覚めたようだ。ネロは慌ててランタンを腰から外すと先程の夢の内容を思い出した。

 

 

「慌てず、時を待って、光を追う!」

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