親睦会1

 

 ネロが宝物庫を出ると王はすでにどこかに消えていなくなっていた。パラケルススに付いて再び城の迷宮を抜けると、外へと続く大広間に出てきた。


 大広間の大きな木戸は開け放たれており、そこから広がる庭園がのぞいていた。庭木は美しく手入れされており、様々な動物の姿に刈り込まれたトピアリーがいたるところに配置されている。


 それは一見すると無意味に配置されているようだったが、よくよく見ると動物どうしの物語が浮かび上がってくるようだった。


 あれはきっとリスに追いかけられるトラだ。こちらは太った大熊猫と痩せたサルだろうか?

 

 そんなことを考えながら庭を進んでいくと城門に到着した。城門にはさきほど紹介された旅の仲間がすでに集まっていた。


「よお坊主! 俺の名前ちゃんと覚えてるか?」


 さすらい人のカインはネロの髪の毛をくしゃくしゃにしながら言った。


「さすらい人のカインだろ。そっちこそ僕の名前は坊主じゃない!」


 カインの手を押しのけながらネロは言い返した。


「ハハハ! これは一本取られたな! 悪かったよネロ! 仲良くしようぜ!」


 そう言うとカインは手を出して握手を求めた。その手には無数の傷跡が刻まれている。それは厳しいさすらい生活の中で鍛えられ、生き抜いてきた彼の歴史を静かに物語っていた。


 ネロはその手を取った。母さん以外の人と会うことはほとんどなかったし、こんなふうに男の人と話すのも初めてで内心とても緊張していたが、何となくそれを見透かされるのが気恥ずかしくて平静を装った。

 

「君のコト、ワタシたちが守る! 安心するイイ!」


 パウがそう言ってネロの頭に手を置いた。


「そうさ! なんならアタシの馬に一緒に乗せてやろうか? 世界最高の馬だよ! 坊や」


 スー・アンがニヤッとネロの方を見て笑った。

 

「ありがとう。でも自分のことは自分でするから大丈夫だよ。母さんを看病しながらずっと荒野で生きてきたから」


ネロはパウとスーが、内心自分を見下していることがわかった。王国の貴族も一目置くような二人からすれば、貧しい荒野暮らしの子供など相手にならないだろう。そんなことは解っていたがネロはそのことに悔しさを覚えた。

 

 何か特別に恵まれたものもなく、地位も力も金も無い。それでも自分が自分として生きることは何も恥ずかしいことではないはずだ。それなのに力でねじ伏せられ、貴族や権力者に好き勝手なことを言われ、命さえも握られている。

 

 この二人が自分を見下すのも、自分が何者でもない取るに足りない者だからだ。何もない自分が恥ずかしいようにさえ思った。ネロはそれが悔しかった。

 

「おい! せっかく王都に来てるんだ! 親睦会もかねて火垂ほたるで一杯飲んでいこうぜ!」


 カインが呼びかける。一行は互いに顔を見合わせた。

 

「なぁ。頼むよぉ。もしかしたら人生最後の酒場になるかもしれねえ!」


「アタシは賛成! 人生最後はごめんだけどね」


 スー・アンが元気よく答えた。


「ネロ! お前も王都なんて初めてだろ? お前が行くとなりゃ皆付いてくる!」


 ネロはちらりとパラケルススに目をやった。パラケルススは仕方あるまいという表情で言うのだった。


「手早くな。わしは寄るところがある。後で落ち合おう」

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