宝物庫1
パラケルススとハンニバルに連れられてネロは城の宝物庫へ向かっていた。迷路のように入り組んだ城の通路は、ふり返ると来た道が無くっていたり、まったく違う景色に変わったりしていた。
「空間を歪める魔法や侵入者を閉じ込める魔法が城中にかけられておるんじゃよ。もちろん危険な罠もな」パラケルススが歩きながら説明する。
しばらく進むと純金で出来た大きな扉の前にやって来た。
「ここじゃ」パラケルススは金の扉ではなく扉の横の石の壁の前に立って聞いたことの無い言葉で何かを呟いた。
すると壁が人間の皮膚のようなぐにゃりとした質感に変わり大きな口唇が現れた。
「わしらは喰われたりせんから大丈夫。わしらはな…」
パラケルススはいたずらっぽくネロに笑うと口の中に入っていった。
「俺たちも行こう」
ハンニバルがネロの背中をポンと叩いてそう言った。
中に入るとネロは宝物の数々に目を見張った。金銀財宝に色とりどりの宝石、見たこともない様々な道具、呪具、魔法具が所狭しと並べられていた。
指輪のように小さなものから、巨大なアーチや彫像まであった。古びた巻物や異国の文字で書かれた本が並んだ巨大な本棚もあった。
「すごい…!」
ネロは思わず声に出して言った。金貨に触れたこともない貧しい荒野の出のネロにとって宝物庫の中の景色は衝撃的なものだった。
「さよう。これほどの宝物庫を有する国は世界広しどいえども、このシュタイナー王国とルコモリエ帝国を置いて他にないじゃろう」
ネロが宝に手を伸ばそうとすると、ハンニバルがその手をすっと遮った。
「やめておけ。とんでもない呪いの品もある。俺もどれが呪われた品かは判断が付かんがな」
ネロはごくりと唾を飲み込んで頷いた。
「素晴らしいだろう? ネロ!」
突然ブラフマン王の声が宝物庫に響いた。
「ブラフマン。なぜお主がこんなところに?」
パラケルススが呆れたように尋ねた。ハンニバルは膝をついて頭を下げていた。
「ここは余の宝物庫だ。余がここにいることに何の不思議もあるまい? ハンニバル直れ。堅苦しい礼儀は不要だ」
その言葉でハンニバルは立ち上がった。
「そんなことよりもネロだ。お前に会いに来たのだ。無論お忍びでだ。光栄に思え」
王は笑いながらネロの頬を摘んで上下に揺すった。ネロは痛みで顔をしかめる。
「さあネロ! どれでも欲しい物を持っていくがよい!」
ネロが戸惑っているとパラケルススが宝の山の中から何か抱えてやってきた。
「さあ。ネロ、おまえさんの靴と服をこれに着替えなさい」
それは美しいミント色の靴と、見る角度によって微妙に色の変わる、虹彩を帯びた灰色の毛皮の衣だった
「靴の名はミルトス。妖精が拵えたと言われておる。軽く丈夫で風のように歩くことが出来る。疲れ知らずの靴じゃ」
履いてみるとネロの足にぴったりと吸い付くようだった。そして驚くほど軽かった。
「服はジュゴンの皮で仕立てられたものじゃ。鎧のように強く簡単には刃を通さない、それでいて絹のように滑らかな肌触りをしておる」
「ありがとう。パラケルスス」
「おいおいネロ。これは余の宝物庫だ。礼なら余に言ってくれ」
「ありがとうございます。王様」
「礼には及ばん」
ブラフマンは満足そうにそう言うとネロの手を引いて宝物庫の品の自慢を始めた。
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