第2話 新しい目標

「どうしよう」


 いきなり神を名乗る子供に見知らぬ場所に送られたけど、まずここがどこか分からない。


 分かるのは王様みたいな人が居るから王城か何かかもしれないということ。


 でも今一番困っているのは、言葉が分からないこと。


「言語を一つ覚えるなんてさすがに聞いてるだけじゃ出来ないよ」


 なんとなくなら分かるけど、それが正解なのかは分からない。


 そうして分からない言葉を聞いていたら、王様みたいな人が隣の宰相さんみたいな人に何かを頼んでいる。


 すると宰相さんはどこかに行って、しばらくすると帰って来た。


 手には抜き身の黒い剣を持っていた。


 そして宰相さんみたいな人が僕の目の前に来ると、膝まづいて剣を差し出してきた。


(持てってことなのかな?)


 なんだか周りの人が期待の眼差しを向けている気がする。


 なんだかよく分からないけど、とりあえず剣を握ってみた。


 すると黒かった剣がどんどん白くなっていった。


「聖剣が本来の色になった。やはり本物の勇者ということか」


「勇者?」


(あれ?)


 なんでか分からないけど、王様みたいな人の言葉が分かった。


「言葉が分かることが不思議か? 神により召喚された者はみな言葉を理解出来ないからな」


「僕以外にも召喚された人が?」


 もしかしたら雲雀ちゃんと獅虎のことかもしれないから期待が募る。


「そうだな。歴代勇者はみな神により召喚された者だった」


「歴代……」


 よくよく考えたら分かることだ。


 聖剣を持たせれば言葉が分かるようになるのを知っているなら、それは前にも同じことがあったということ。


 そんなことも分からないぐらいに動揺しているみたいだ。


「勇者よ、他に聞きたいことはあるか?」


「僕は何かしなきゃいけないんですか?」


 さすがに聖剣を持たされて勇者だと言われておいて「じゃあ帰っていい」なんて言われるはずがない。


「お前には抑止力になってもらいたい」


「抑止力?」


「歴代勇者には魔王の討伐を頼んでいたが、全員相打ちで終わった」


「魔王?」


「そうかそこからか」


 王様みたいな人はこの世界のことを話してくれた。


 この世界はどうやら勢力が三つとその他に分かれているらしい。


 一つ目は僕が今居る人間の国。


 二つ目が聖女が居ると言うエルフの国。


 そして三つ目が魔王が支配する魔族の国。


 この三つの国が世界を三分しているみたいだ。


 他にも種族はあるけど、全部まとめてその他と括られるらしい。


 その三つの国が拮抗している理由が『勇者』と『聖女』と『魔王』の存在。


 勇者の聖剣は人間が魔王を殺せる唯一の力。


 その力で魔王とは力が拮抗している。


 勇者は魔法も使えるけど、回復系の魔法は一切使えないらしい。


 だから聖女の居るエルフの国を頼るしかない。


 魔族から受けた傷は人間の力では治すことが出来ないから。


 でも勇者がそのお礼に守っているから力が拮抗している訳ではないらしい。


 聖女の聖なる力は聖剣と同じ力を持っているから、魔王を殺すことも出来なくはない。


 だけどしないのはエルフが戦闘を嫌うから。


 エルフは血を嫌う。だから流れた血を治す為の魔法を使うらしい。


 とても優しい種族だ。


 魔族は逆に殺戮の権化のような存在みたいだ。


 魔族を一言で表すと『強い』らしい。


 人間の努力程度では下級の魔族を殺すことが出来ても、それ以上は手も足も出ないとの事。


 魔族の現れた場所は滅ぼされる。


 勇者は結局一人しかいないから、同時に行動されたり、遠くで何かされたりしたら対処が出来ない。


 だから勇者には魔王と幹部を討伐して、指揮系統を狂わせるということを頼んでいたらしい。


 でも魔王の討伐と一緒に勇者も毎回死んでしまって、結局被害が減ることはなかった。


 だから今回は魔王の討伐は後回しにして、抑止力として魔族を狩り続けて欲しいとの事。


「頼んだぞ」


「断る権利はないんだ」


 いきなり知らない場所に呼ばれて、いきなり勇者なんて言われて、挙句には魔族を狩り続けろと言われた。


 そして拒否権はない。


(ブラック企業にヘッドハンティングされたみたい)


 もう話は終わりといった感じで王様みたいな人(実際この国で一番偉い王様だった)が立ち去って行った。


「ゲームじゃないんだから聖剣渡されたって強くなる訳じゃないのに」


 僕は結局普通の人間に過ぎない。


 剣を振ったこともないのに、魔族を殺すなんてことが出来る訳がない。


 でも宰相さんにも追い出されたのでどうしようもない。


 唯一の救いは、お金(金貨を数枚)と鞘を貰えたことだ。


 さすがに無一文で異世界を巡るのは大変だし、剥き出しの剣を持った人が歩いていたら通報されてもおかしく……。


「結構いた」


 歩きながら周りを見ていたら、冒険者のような人が剥き出しの大剣を背中に掛けていた。


 他にも鞘に入れてない人はいる。


「異世界だと普通なのかな?」


 まだ異世界のことは分からないことだらけだけど、とりあえずの目標を決めることにした。


「まずは雲雀ちゃんと獅虎を探すことだよね」


 僕が異世界に召喚されたのなら、二人がされててもおかしくは……ないはず。


 だから二人を見つけるのが第一優先。


「だからその為の情報収集をする為に」


 僕はとある建物の前で立ち止まる。


「文字も読めるの助かる」


 そこは冒険者ギルド。


 ここならきっと情報が集まるだろうし、何よりお金稼ぎが出来る。


 とりあえず中に入るとすごい視線を向けられた。


(怖いなぁ)


 怖いけどここで怖気付いていたって何も変わらない。


 二人を見つける為に頑張る。


 僕はとりあえず受付を見つけたのでそちらに歩いて行く。


 でもそんなにすんなり通してくれなかった。


「おい坊ちゃん。ここはお前みたいやヒョロガキが来るような場所じゃねぇぞ」


 僕の歩みを止めたのは、僕の倍はあるんじゃないかってぐらいの大男だ。


「そうそう。ここには薬草採取なんて安い依頼は入ってこないぞ」


 大男の後ろから取り巻きのような男が出てきた。


「あんたらがやらないだけであるよ」


 受付から大きな声が聞こえた。


 二人居る受付の不貞腐れている方の女の人が叫んだようだ。


 隣の優しそうな女の人が宥めている。


「ま、まぁ確かにあるにはあるな。でも薬草採取だって魔物が出てくるからお前じゃすぐ殺されるぞ」


「心配してけれてるんですか?」


「はぁ? んな訳ないだろ。お前みたいな弱い奴のせいで俺達まで弱いって思われるのが嫌なんだよ」


 実際戦ったこともないから、自分の強さなんて分からないけど。


「分かったらさっさと帰れ」


「嫌ですけど?」


 僕には僕のやることがある。


 それを見ず知らずの人に言われたからと言ってやめて帰る訳にはいかない。


「少し痛い目をみないと分からないか」


 大男が手をバキバキ鳴らす。


(あれやると指太くなるんだよね)


 昔雲雀ちゃんに「やめなさい」って怒られたことがある。


(会いたいなぁ)


 雲雀ちゃんのことを考えたらより会いたくなった。


「何ボサっとしてんだよ」


 大男が僕に殴りかかってきた。


 その拳の下に潜り込んで、腕を掴んで足をかける。


 それだけで簡単に人は転ぶ。


「大きい人にはやりやすいや」


「は?」


「てっきり強い人なのかと思いましたけど、こんな単純なのに倒れるんですね」


 獅虎ならこんな簡単にはいかなかった。


 僕は大男の耳元に顔を近づける。


「僕の邪魔をするなら次はこの程度じゃ済まさないですよ?」


「す、すいませんでした」


(あ、やっちゃった)


 僕は怒ると我を失う時がある。


 雲雀ちゃんと獅虎曰く「怒らせたらいけない奴ナンバーワン」と言われた。


 雲雀ちゃんと獅虎に会いた過ぎて、それを邪魔するこの人に当たってしまった。


 荒事は最終手段にしなければ。


 僕は大男を解放して受付に進む。


「騒がしてごめんなさい」


 僕はさっきまで不貞腐れてた女の人に謝る。


「いいよいいよ。あのバカにはいい薬になったでしょ」


「ならいいんですけど」


「それより君強いね。あのバカはあれでもそこそこやるんだよ?」


 異世界のそこそこがどれぐらいなのかは分からないけど、そんなに強いのな思わなかった。


(これも聖剣の力なのかな?)


「まぁいいや。ギルドカード作るだろ?」


 女の人はそう言って一枚のカードと針を取り出した。


「そこに血を一滴垂らせば終了」


「血?」


「怖いならぁ、シルにやってもらう?」


「マイさん!」


 シルと呼ばれた女の子が顔を赤くしながら叫んだ。


「だってシル、さっきから女の顔してるからぁ、お姉さんの私が手助けしようかなって」


「お姉さんって同い年じゃないですか!」


 それを言われなければマイさんが年上だと信じていた。


「シルは可愛いなぁ。君もそう思わない?」


「はい。とっても可愛いと思います」


「素直。良かったねぇシル」


 シルさんが耳まで真っ赤にして、顔を両手で押さえた。


「で、どうするの? シルにやってもらう?」


「お願いしてもいいですか?」


 正直自分でやるのは少し怖い。


「ほらシル。女の子が男の子の身体に穴を空けるなんて滅多にないことだよ」


「何言ってるんですか!」


「言葉通りの意味だけどぉ? 何かエッチな想像しちゃった?」


「マイさん嫌い」


 シルさんがそっぽを向いてしまった。


「じゃあ私が君の身体に穴を空けるね」


「お願いし」


 マイさんに頼もうとしたら、シルさんが僕の手を掴んだ。


「やらないなんて言ってないです」


「やば、可愛すぎか」


「マイさんは無視してやりますね」


 シルさんはもう普通に戻っていた。


「シルっていくとこまでいくとシラフになるんだよね」


「可愛いです、痛」


「あ、ごめんなさい」


 シルさんが僕の指をカードに押し付けてから咥えた。


「そんなオプション付けたかなぁ?」


「あいひゃんがひぇんにゃことひくはられす」


 多分「マイさんが変なこと聞くからです」と言った気がする。


「うんうん。絶対に私のせいじゃないけど可愛いからいいや」


 指を咥えられるのも懐かしく感じる。


 昔紙で指を切った時に、雲雀ちゃんが同じようにしてくれたことがあった。


 みんな僕に優しい。


 恵まれ過ぎてて自分の駄目さが際立つ。


「それよりギルドカードがかんせ……」


 マイさんが僕のギルドカードを見て固まる。


「どうかしました?」


「ちょっとギルマスの所行ってくるから二人はいちゃいちゃしてて」


 なにかの手続きでもあるのか、マイさんは僕のギルドカードを持っていってしまった。


「いちゃいちゃって何すればいいんですか?」


「ふぉんひにひないれふれはい!」


 多分「本気にしないでください!」かな?


 それならしばらくこのまま待つことにする。


(雲雀ちゃんと獅虎に会いたいな)


 そんなことを考えながらマイさんの帰りを待った。




「聖女様。聖女ヒバリ様」


 エルフの信者達が聖女の名前を叫ぶ。


 その真ん中には一人の可憐な少女、ヒバリが居る。


「戦闘狂の勇者も魔王も大嫌い。怪我をしたって聖女が治せばいいと思ってる奴も大嫌い。そんな奴らはもう知らない」


 ここに聖女によるボイコットが始まった。




「魔王シトラ。我らはあなたの意のままに」


 魔王軍幹部が新たな魔王に膝まづく。


 魔王と呼ばれた男は気だるそうに玉座に肘をついてそこに頭を乗せている。


「世界を統一するか?」


 それを聞いた魔族達は大声をあげて喜びを表す。


 魔王の世界統一が始まる。

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