第3話 勇者について
マイさんが戻って来て「ちょっとついて来て」と言われたので僕はシルさんにお礼を言ってマイさんについて行った。
その際マイさんに茶化されるかと思ったけど、マイさんはとても真剣な表情で歩いていた。
そして少し奥まったところにある扉の前でマイさんが止まった。
「ここがギルマスの部屋。シル一人にしたら危ないから、ギルマスに紹介したら私は帰るね」
「僕、何かしました?」
正直、ギルマス。ギルドマスターに呼び出されるようなことはしていない。
だってほんとにこの世界に来てから何もしていないのだから。
「怒られるとかじゃないから平気。ちょっと話を聞きたいだけだから」
「一番怖いやつじゃないですか」
ちょっと話を聞くだけなんて言われてほんとにちょっとなことはない。
話してる時間はちょっとかもしれないけど、内容が絶対にちょっとじゃない。
「大丈夫大丈夫。ギルマス怒ったりはしないから。……普通にしてれば」
「今なんて?」
「さぁシル一人にするのも可哀想だから入ろう」
なんだか不穏だけど、シルさんが可哀想なのは確かなのでマイさんに続いて僕も部屋に入る。
「失礼しま」
「座れ」
僕が挨拶をしようとしたらギルドマスターらしき男の人が睨みながらに言ってきた。
僕は静かにマイさんを見た。
マイさんはこっちに目を向けてくれない。
「ギルマス。私は戻るね」
「シルを一人にするな。早く戻れ」
「はーい。頑張れ」
マイさんは最後に両手をグッとして部屋を出て行った。
(可愛いけど、紹介は?)
なんだか逃げるみたいに去って行ったようにも見えたけど。
「早く座れ」
「あ、すいません。失礼します」
僕はそう言って、ギルドマスターの向かいのソファに座った。
そしてギルドマスターを少し観察する。
身長は僕より少し大きいぐらいで、服の上からでも分かるぐらいに引き締まった筋肉をしている。
そして目には眼帯をしている。
「はぁ」
「え?」
ギルドマスターがいきなりため息をついた。
「すまない。シルが一人で大丈夫か不安でな」
「シルさん可愛いですもんね」
マイさんも可愛いけど、シルさんは大人しめなイメージだから、僕に絡んできた冒険者の人達みたいな人に絡まれたら確かに危ない。
「可愛いね。シルに気に入られたか」
「そうなんですかね」
「シルのことはいい。あんまり言うと俺が殺されるから」
「誰にですか?」
「聞くな。本題にいく前に名乗ろう。俺はカイル。ここのギルドのギルドマスターをやっている」
カイルさんがご丁寧にに挨拶をしてくれたから、僕も名乗ろうとしたけど、手で止められた。
「お前はリクだよな?」
「なんで知ってるんですか?」
「ギルドカードには大抵のことは書いてあるんだ」
カイルさんがそう言って僕のギルドカードを見せてきた。
そこには『名前』『年齢』『称号』『ランク』などが書いてあった。
「名前はリクになるんだ」
「聞きたいことは名前じゃない称号だ」
「称号?」
確かに『称号』と書かれている欄はある。
そこには。
「勇者って書いてありますね」
「ありますね、じゃなくてだな。リクは勇者なのか?」
こういうのは素直に言っていいものなのか悩む。
でもギルドカードに書かれてしまっているのなら隠してもしょうがない。
「そうですね。さっき勇者になりました」
こっちの常識が分かるまでは、自分から情報を開示はしないことにする。
聞かれたら答えるけど、さすがに召喚されたことを話すのはちょっと怖い。
「その勇者がなんで冒険者ギルドに来てるのか聞いてもいいか?」
「なんでと言われましても。僕にもよく分からないんですよね」
話しても平気なのか分からなかったけど、口止めもされてなかったから抑止力について話した。
「あの無能は勇者をなんだと思ってんだ」
カイルさんからなんだか分からないオーラ? みたいなのが出た。
「すまない」
「いえ。それより勇者がなにをすればいいのか知ってますか?」
結局王様からは勇者がどんなことをすればいいのか聞いていない。
「ほんとに何も聞いてないのか?」
「今までは魔王の討伐を頼んでたことだけは聞きました」
「それで金貨だけ渡して出ていけか?」
「まぁそうですね」
またカイルさんからオーラが出た。
「まぁいい。勇者のすることだったな。簡単に言うなら魔族が出たという情報を元に現場に向かい、その魔族を倒す」
「え、でも」
「そうだな。リクはその情報を得る方法がない」
今までの勇者は、お城に居て情報が入ったらすぐ直行という感じだったのだろう。
だけど僕はお城を追い出されたから、何も出来ない。
「何もしなくていいってことなんですかね?」
「多分違う。今の王は無能なんだ」
「無能?」
「今の王になってから何人の勇者が死んだと思う?」
「魔王と相打ちになったんですよね」
「そう聞いてるのか……」
カイルさんが辛そうに話してくれた。
今の王様になってから死んだ勇者の数は十四人。
それまでは一代で一人の勇者が死んでしまう感じだったそうだ。
「今の王になってからの勇者が死んだ理由も魔王と相打ちになったのはリクの前の勇者だけだ」
「他の人は?」
「みんな下級や上級の魔族と戦って死んだ」
どうやら、今までの勇者はいきなり戦闘に行かされて、何も分からないままに死んでいってしまったらしい。
だけど王様は「魔王が勇者を道連れにした」という感じのことを言って騙していたらしい。
「俺達はみんな知ってるんだけどな」
「どうしてですか?」
「次の勇者が現れたからだよ」
「なるほど」
魔王がいなくなったのに、勇者が現れる道理はない。
「聖剣はどうなったんですか?」
勇者がみんなやられてしまったのなら、その時に聖剣がその場に残されるはずだ。
「勇者には陰という国の暗部がついてるみたいでな。そいつが勇者が死んだ時に聖剣を回収してるらしい」
「陰はすごいって思ったか?」
「はい」
「リクの前の勇者もそう思ったみたいなんだ。だから自分についた陰に修行を頼んだ」
だから僕の前の勇者が魔王と相打ちになるまで強くなれたのか。
「じゃあ僕にも前の勇者についていた陰さんがついてきてるんですかね?」
それなら僕も修行を頼みたい。
「今の王は無能だって言ったろ」
「え?」
「あの無能は勇者が死ぬ度に、勇者についてた陰を殺した。そのせいで残っていた陰は見習い一人残して全員死んだ」
「なんでですか?」
そんなに優秀な人を殺す理由がない。
「城の中での噂が無能に聞こえたんだろうな」
「噂?」
「勇者を死なせる無能な王ってな」
そればっかりは僕も思う。
この世界はゲームではないんだから、死んだらリセット出来る訳じゃない。
そんな世界でレベル一の勇者がラスボスの魔王を倒すなんて出来る訳がない。
「でも陰を殺す理由にはならなくないですか?」
「見せしめだよ」
「見せしめ?」
「建前は勇者を見殺しにしたということだ。でも実際は優秀だろうと、逆らえば殺すっていうことだ」
無能と言われる理由が分かる。
「ちなみに陰さんはしたくて見殺しにしたんですか?」
「そんな訳ないだろ。無能が『勇者のやることに手を出すな』って言ったからだよ」
「ちょっと酷すぎますよね」
「ちょっとじゃないだろ。だから今、城に残ってるのは、逃げて殺されるのが怖い奴だけなんだよ」
他の人は逃げたか逃げようとして殺されてしまったらしい。
「カイルさんは逃げられたんですね」
「……なんで分かった?」
「だってさすがに知りすぎでは?」
明らかに情報を知りすぎだ。
そんなに情報を一般の人が知っていたら、国なんてすぐ崩壊する。
「話しすぎたか。勇者ってのを見て心配になってな」
「その目は逃げた代償ですか?」
「お前の洞察力はすごいな。代償とは少し違うけど、城から抜け出す時にちょっとな」
「そんなことをされてまでこの国に残っているのは勇者の為ですか?」
「そうだな。勇者を守りたい。それが俺の願いだ」
こんな危険な場所に残ってまで勇者のことを心配してくれるなんて、とてもいい人だ。
「城からの情報は俺が教えてやる。だからリクは自由に生きてくれていい」
「自由に……」
それなら雲雀ちゃんと獅虎を探すことが出来る。
「とりあえずは適当に依頼をこなしてくれ。聖剣があれば魔物程度なら倒せるはずだから」
「剣とか使ったことないですって」
「ならパーティーを……って組まない方がいいか」
「勇者ってことバレると駄目ですか?」
「そりゃな。新しい魔王が現れたって宣伝してるようなものだからな」
そういえば魔王は前の勇者が倒したのに、新しい魔王が現れたのかな?
「魔王って」
「ギルマス!」
僕が魔王について聞こうとしたら、扉が思い切り開いてマイさんが入って来た。
「大事な話し中だけど、シルか?」
「そう。ちょっと私じゃ止められない」
「シルさんに何かあったんですか?」
シルさんに何かあったのなら、僕に何か出来るかは分からないけど、何かしたい。
「リクもついて来い」
「はい」
僕とカイルさんは部屋を出て走り出す。
「ギルマス、シルは……」
マイさんが何か叫んでいるけど、最後が聞こえなかった。
とにかく僕はシルさんの元へ急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます