黙祷と布団ちゃん

 最後に青空を見たのはいつか分からない。黒い雲から雪のような灰が降る荒廃した世界で、男は一人、緑色のエコバッグ片手に歩いていた。過去、ここは東京都町田市だった場所。男にとってそこは日常があった場所だ。ただ、今では毎日を必死に生きるための食料漁り場に過ぎない。


 十年前の戦争で人類はほとんど滅び、もう彼の周りに人はいない。瓦礫の町で食料を漁る孤独の毎日。しかし、そんな彼にも、三台欲求を満たす以外の文化的な日課がある。


「えー、ハイどうも。布団ちゃんです」


 暗い部屋で小さなWebカメラに向かい話し出す男。生あるものと繋がりたい、この世に何か遺したいという事で始めたインターネット配信。視聴者数を表示する欄は、相変わらず0のままだ。


 

 カメラの前でトマト缶を開封した。世界に存在する唯一の色と言ってもいい、真っ赤なトマトを手づかみで食べる姿は、とても文明人のようには見えない。



 不意に電子音が鳴った。久しく聞いていない、パソコンの通知音だ。


『今日は終戦の日ですよ。黙祷とかしないんですか?』


 一件のコメントが来ていた。視聴者数が1を表示している。


「黙祷....俺、意味ないと思ってるからな。正直」


 

 ラベルの無い缶詰が、緑色のエコバッグからこぼれ落ちた。そのままコロコロと転がる缶詰。部屋の隅に放置された白骨遺体にぶつかって止まった。


 死者に祈ったところで、生き返らないし言葉も発しない。虚無だけが残る。それを彼は知っていた。


 骨の主が死ぬ間際、こんなことを言った。


「いいお墓....建ててね」


「死んだ後にいい墓建っても喜ばないでしょ?俺が喜ぶなら建てるけど」

 

 優しさから出た発言なのか、それともただのノンデリカシーな発言だったのか、死んだ彼女にも彼にも分からない。しかし、その時彼が泣いていたのは確かだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る