二十八、本日の依頼内容:氷室に棲みついた妖の退去



 幽世かくりよで使用される野菜や穀物、果物や調味料、その他諸々は、一体どこから来るのか。生産する者はもちろんおらず、田畑などどこにもない。だが、なぜか存在する食料。

 その仕組みは、いたって単純だった。


 幽世かくりよに存在する神と名の付く者たち、そして亡霊、歴史上でも有名な者たちに捧げられた供物が数ヶ所に集められ、ある者の管理の下、功徳玉くどくだまと交換できる仕組みになっている。


 そのある者とは、大黒天という神様で、戦闘神あるいは忿怒神、またの名を"厨房神"とも呼ばれている。


 ではなぜ、神や霊や妖たちは幽世かくりよで"食事"を必要とするのか。それは妖者同士の魂や肉を無暗に食すことがないように、血生臭い争いが起こらないように、この幽世かくりよの"穢れ"を抑えるために必要だったから。


 神に捧げられた神聖な供物は、それを浄化する役割も担っていた。


 そんな供物として捧げられた食材たちを、保管している場所がある。氷室ひむろと呼ばれる冷温貯蔵庫。氷や雪を貯蔵することで、所謂、冷蔵庫として食材を保存する機能があるのだ。


 そしてその冷蔵庫、もとい、氷室を管理しているのが、みなさんご存じ雪の妖怪、雪女なのである。


「弥勒様、どうかお願いです!」


「お願いです!」


「お、お願いなのですっ」


 ひとつの椅子に仲良く座り、その三つの白い小さな頭に付いた、可愛らしい丸い耳がぴくぴくとそれぞれ動いた。白い短い毛、まあるい黒い双眸、猫よりも小さなその身は、いたちによく似ている。


(か、かわいい······)


 識はその三匹の小さな白い獣をじっと見つめて、心の中で呟く。


 彼らはオコジョの三兄弟で、雪女の使いである。大きさはほとんど変わらないため見分けるのが難しいが、微妙に顔つきが違う。目が少しきりっとしているのが長男のテン、優しそうな顔つきをした次男のシン、そして他の兄たちよりも目が大きくまん丸なのが、三男のハンである。


(テン、シン、ハン······天津飯?)


 平良は思わず頭の中で、皿の上に乗せられた三匹のオコジョの上に、黄色くて丸い形の布団を被せた絵を想像してしまった。仕上げに緑色のグリーンピースを三つ乗せて、完成である。よし、今夜は天津飯にしよう!


「それで? いつから彼女は行方知らずなんだ?」


「一昨日の"夜"の鐘の後からです。氷室を見に行くと言って、それっきり····」


 テンがしゅんとした面持ちで梓朗の問いに答える。他の二匹も同じように俯くが、三男のハンはちらちらと兄たちの様子を窺っているようだった。こちらと目が合うと、びくっと毛を逆立て、目を合わせないように再び俯く。


(明らかに態度が怪しい····瑞花ずいかちゃんになにかあったのは本当だとして、他にもここに来た理由がありそうだな、)


 紫紋は三匹の様子を観察しながら、梓朗の後ろでにこにことした穏やかな表情のまま、様子を見守っていた。


「実は、数日前から氷室に妖が棲みついたようで、どうにか出て行ってもらえないかと、瑞花ずいか様が交渉をしていたのです」


 次男のシンが話を続ける。さらに長男のテンが、間髪入れずに補足する。


「大切な貯蔵庫なので、怒らせて暴れられても困りますから···どんな妖か、俺たちはまったく知らないんですけど、」


 ふーん、と梓朗は、怪訝そうに濃い紫みのある青い左眼を細める。


「大黒天はそのことを知っているのか? 氷室もあいつの管理下のひとつだろう? 知っていて放置しているなら、管理者として失格だな」


「め、滅相もないことをいわないでくださいっ」


「大黒天様はまだこの件を知らないのです!」


 ますます怪しい。

 厄介事があるのに、一応神と名の付く存在であり、管理者である大黒天に報告もしていない、もしくはできない事情でもあるのか。


「ハン、お前はこの件に関して、なにか他に知っていることはないか?」


 ハン、と名を呼ばれた瞬間、またもやびくっと白い毛が逆立つ。あからさまに動揺を隠せていない素直な三男の反応が、一番わかりやすい。


「ぼ、ぼくは、な、なんにも····知らない、です」


 ものすごくわかりやすく、目が泳いでいる。兄たちは「まずい!」と思ったのか、あわあわとふたりで短い前足を上下左右に動かして、三男を助けようと必死だった。


「と、とにかく! どうかこのことは大黒天様には内密に!」


「弥勒様のお力で、氷室の妖を退去させて欲しいのです!」 


 ん? "瑞花あるじを捜して欲しい"のではなくて?


「オコジョさんたち、話の流れ的に、雪女さんを捜して欲しいんじゃないんっすか? 妖さんの退去が第一優先?」 


「あ、」


「う、」


「ええっと、」


 皆が思っているだろう疑問を、平良が首を傾げて口にした。オコジョ三兄弟はそれぞれ顔を見合わせ、わたわたとし始める。


「ず、瑞花様を捜すついで・・・に、妖の退去もお願いします!」


「とにかく! 功徳玉は先払いしますので、依頼を受けてもらえませんか?」


 なんだか胡散臭いのときな臭いので、怪しいが倍増しなのだが、梓朗はその真意も気になったので依頼を受けることにした。依頼が終われば、自ずとその意図と全体図が見えてくるだろう。


「では、よろしく頼みましたよ!」


 見送りは不要です! と言って、三匹はそそくさと店の扉をその短い前足で器用に開けて出て行き、ちゃんと閉めて帰って行った。


「梓朗、この件、どう思う?」


「十中八九、怪しいしかないな」


 だが、それを万事屋ここに依頼してきたという事に意味があるのだろう。狙いはなにか?あのオコジョたちはそうしなければならい理由があったはず。例えば、なにかに脅されているとか、行方知らずだという主を人質に取られているとか。


「慌ただしかったせいで、俺としたことが菓子を出し忘れてたっす」


 本日のお菓子、手作り塩大福が皿に三つ乗ったままだった。


「なんだか、さっきの三兄弟みたいっすね」


「オコジョが大福なんて食うわけないだろう。俺が食べる」


「俺も」


「私も」


 三人が同時に手を出してきて、思わず笑ってしまった。


 その後、今回の依頼についてどうするか、弥勒を中心に話し合いが始まる。

 氷室に棲みついた妖の退去と、瑞花の行方捜し。ふたつの依頼を手分けすることになった。


「あいつらの態度を見るに、誘導したいのは氷室の方だろう。だから、あえて俺が行く。紫紋と識は、あいつらにもう一度会って、本当のことを聞き出してこい。やり方は任せる。瑞花を見つけ次第、俺たちに合流しろ」


「あ、俺もついて行っていいっすか? もし本当に妖がいて、氷室が壊れたりしたら大変だし、俺の力があれば直せるかも」


 それに、梓朗がひとりで出向くというのも心配だった。自分がいても何の役にも立たないかもしれないし、逆に不運のせいで、いない方がマシな結果になるかもしれないが。やはり、ひとりは危険な気がする。


 だから、もっともらしい理由を述べて、自分の価値を提案する。


「危険ではないですか? タイラは式ではないので、いざという時には戦えません」


「それなら、識ちゃんか俺のどちらかの方がいいんじゃない?」


 ふたりは平良が自分の身を守れないことを心配して、そう言ってくれたのだ。もちろん、そんなことはすぐにわかった。だが最終的に判断するのは、華鏡堂の主である梓朗。その答えを平良は待った。


「なにかあれば、すぐにその場から離れると約束できるなら、かまわない」


 考えた末、梓朗は条件付きで了承してくれた。



 "昼"の鐘が鳴る少し前。

 早速、四人はそれぞれの目的地へと足を向けるのだった。



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