二十八、本日の依頼内容:氷室に棲みついた妖の退去
その仕組みは、いたって単純だった。
そのある者とは、大黒天という神様で、戦闘神あるいは忿怒神、またの名を"厨房神"とも呼ばれている。
ではなぜ、神や霊や妖たちは
神に捧げられた神聖な供物は、それを浄化する役割も担っていた。
そんな供物として捧げられた食材たちを、保管している場所がある。
そしてその冷蔵庫、もとい、氷室を管理しているのが、みなさんご存じ雪の妖怪、雪女なのである。
「弥勒様、どうかお願いです!」
「お願いです!」
「お、お願いなのですっ」
ひとつの椅子に仲良く座り、その三つの白い小さな頭に付いた、可愛らしい丸い耳がぴくぴくとそれぞれ動いた。白い短い毛、まあるい黒い双眸、猫よりも小さなその身は、
(か、かわいい······)
識はその三匹の小さな白い獣をじっと見つめて、心の中で呟く。
彼らはオコジョの三兄弟で、雪女の使いである。大きさはほとんど変わらないため見分けるのが難しいが、微妙に顔つきが違う。目が少しきりっとしているのが長男のテン、優しそうな顔つきをした次男のシン、そして他の兄たちよりも目が大きくまん丸なのが、三男のハンである。
(テン、シン、ハン······天津飯?)
平良は思わず頭の中で、皿の上に乗せられた三匹のオコジョの上に、黄色くて丸い形の布団を被せた絵を想像してしまった。仕上げに緑色のグリーンピースを三つ乗せて、完成である。よし、今夜は天津飯にしよう!
「それで? いつから彼女は行方知らずなんだ?」
「一昨日の"夜"の鐘の後からです。氷室を見に行くと言って、それっきり····」
テンがしゅんとした面持ちで梓朗の問いに答える。他の二匹も同じように俯くが、三男のハンはちらちらと兄たちの様子を窺っているようだった。こちらと目が合うと、びくっと毛を逆立て、目を合わせないように再び俯く。
(明らかに態度が怪しい····
紫紋は三匹の様子を観察しながら、梓朗の後ろでにこにことした穏やかな表情のまま、様子を見守っていた。
「実は、数日前から氷室に妖が棲みついたようで、どうにか出て行ってもらえないかと、
次男のシンが話を続ける。さらに長男のテンが、間髪入れずに補足する。
「大切な貯蔵庫なので、怒らせて暴れられても困りますから···どんな妖か、俺たちはまったく知らないんですけど、」
ふーん、と梓朗は、怪訝そうに濃い紫みのある青い左眼を細める。
「大黒天はそのことを知っているのか? 氷室もあいつの管理下のひとつだろう? 知っていて放置しているなら、管理者として失格だな」
「め、滅相もないことをいわないでくださいっ」
「大黒天様はまだこの件を知らないのです!」
ますます怪しい。
厄介事があるのに、一応神と名の付く存在であり、管理者である大黒天に報告もしていない、もしくはできない事情でもあるのか。
「ハン、お前はこの件に関して、なにか他に知っていることはないか?」
ハン、と名を呼ばれた瞬間、またもやびくっと白い毛が逆立つ。あからさまに動揺を隠せていない素直な三男の反応が、一番わかりやすい。
「ぼ、ぼくは、な、なんにも····知らない、です」
ものすごくわかりやすく、目が泳いでいる。兄たちは「まずい!」と思ったのか、あわあわとふたりで短い前足を上下左右に動かして、三男を助けようと必死だった。
「と、とにかく! どうかこのことは大黒天様には内密に!」
「弥勒様のお力で、氷室の妖を退去させて欲しいのです!」
ん? "
「オコジョさんたち、話の流れ的に、雪女さんを捜して欲しいんじゃないんっすか? 妖さんの退去が第一優先?」
「あ、」
「う、」
「ええっと、」
皆が思っているだろう疑問を、平良が首を傾げて口にした。オコジョ三兄弟はそれぞれ顔を見合わせ、わたわたとし始める。
「ず、瑞花様を捜す
「とにかく! 功徳玉は先払いしますので、依頼を受けてもらえませんか?」
なんだか胡散臭いのときな臭いので、怪しいが倍増しなのだが、梓朗はその真意も気になったので依頼を受けることにした。依頼が終われば、自ずとその意図と全体図が見えてくるだろう。
「では、よろしく頼みましたよ!」
見送りは不要です! と言って、三匹はそそくさと店の扉をその短い前足で器用に開けて出て行き、ちゃんと閉めて帰って行った。
「梓朗、この件、どう思う?」
「十中八九、怪しいしかないな」
だが、それを
「慌ただしかったせいで、俺としたことが菓子を出し忘れてたっす」
本日のお菓子、手作り塩大福が皿に三つ乗ったままだった。
「なんだか、さっきの三兄弟みたいっすね」
「オコジョが大福なんて食うわけないだろう。俺が食べる」
「俺も」
「私も」
三人が同時に手を出してきて、思わず笑ってしまった。
その後、今回の依頼についてどうするか、弥勒を中心に話し合いが始まる。
氷室に棲みついた妖の退去と、瑞花の行方捜し。ふたつの依頼を手分けすることになった。
「あいつらの態度を見るに、誘導したいのは氷室の方だろう。だから、あえて俺が行く。紫紋と識は、あいつらにもう一度会って、本当のことを聞き出してこい。やり方は任せる。瑞花を見つけ次第、俺たちに合流しろ」
「あ、俺もついて行っていいっすか? もし本当に妖がいて、氷室が壊れたりしたら大変だし、俺の力があれば直せるかも」
それに、梓朗がひとりで出向くというのも心配だった。自分がいても何の役にも立たないかもしれないし、逆に不運のせいで、いない方がマシな結果になるかもしれないが。やはり、ひとりは危険な気がする。
だから、もっともらしい理由を述べて、自分の価値を提案する。
「危険ではないですか? タイラは式ではないので、いざという時には戦えません」
「それなら、識ちゃんか俺のどちらかの方がいいんじゃない?」
ふたりは平良が自分の身を守れないことを心配して、そう言ってくれたのだ。もちろん、そんなことはすぐにわかった。だが最終的に判断するのは、華鏡堂の主である梓朗。その答えを平良は待った。
「なにかあれば、すぐにその場から離れると約束できるなら、かまわない」
考えた末、梓朗は条件付きで了承してくれた。
"昼"の鐘が鳴る少し前。
早速、四人はそれぞれの目的地へと足を向けるのだった。
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