二十七、教えてやらない
あの妖刀の影響を受けることがないと知ってからは、完全に忘れていたが、もしかしなくてもかなり危険な事なのでは? と思う。
いや、そもそもその妖刀を封印していたのはこの"
ひとつの疑問が浮かぶ。
紫紋は自身が行ったとされる虐殺は、どちらの妖刀に魅入られた結果なのだろうか、と。どちらも妖刀で、どちらも厄介な
本当に今更だが、余裕がなかったこともあり、まったく気にも留めていなかった。それが当然で、当たり前すぎて、疑問を持つ必要がなかったからだ。在るなら在るで構わない。また暴走するなら話は別だが、ただ在るだけなら問題はないと。
『
「戻ったところで、この通り。俺にはもう、なにもない」
三上家として生き残った自分の役目と思い、この五年間生きてきたが、本来の自分は、名も知らない他人を守るなどという崇高な精神など、持ち合わせていなかった。
それがこの数年でよくわかったのだ。父や兄が生きていたら、もしくは自分に大切なひとでもいたならば、その考えも変わっていたかもしれない。
だがもはや、そんなものはこの世には存在しないし、今の自分がそんな存在をつくれるとも思えない。文字通り、なにも
「行こう、
『初めて意見が合ったな。じゃあ
紫紋は鬼灯の言う通り、
「イカれ変態クソ妖刀、
そんな酷い
左手に収まった
「まあまあそう怒るなって。お前を
その時には、妖刀としては使い物にならなくなってるだろうけど、と心の中で呟いたのを紫紋は聞き逃さなかった。つまり、力を使うだけ使って捨てるということだ。妖刀ではなく、ただの刀になるなら、そもそもひとりではどこへも行けないだろう。
『それを信じるのもどうかと思うが······妖刀であろうと騙すのは気が引ける』
(いいんだよ、この馬鹿のことは気にするな。最悪の不運を呼ぶ妖刀でなくなれば、逆に
妖刀が、魔を降伏させる降魔剣に?冗談も休み休みに言え、と紫紋は嘆息する。
「じゃあ、同意も得たってことで、」
その後の事はよく憶えていない。
あの妖刀、童子切を使い、どうやって鬼灯がその
******
目を開けて、その次の瞬間には奇妙な感覚を覚えた。同じようで違うその街並みと、雰囲気。
先程までの夜の深い暗闇とは違い、ぼんやりと薄暗い。どこを探しても空に月はなく、燈は所々に灯された提灯の明かりだけだった。
(ここが
『まあそうだろうよ。なにせ、ここは人外が集まる
"
『俺も元はここにいたからな。言ってもかなり昔だが、初見のお前よりは詳しいぞ』
得意げに鬼灯は言うが、紫紋は首を傾げる。
なぜ
「異なる世を渡る道を作るために、同じように何かを捧げたのか? そもそも、一体誰が、君のような厄介な妖刀を持ち帰ったんだい?」
『お前んちの先祖』
その答えに、紫紋は思わず「は?」と、間の抜けた顔で訊き返す。
『俺は妖刀だが、ひとは殺していない。そもそも妖者を殺すために作られた刀だからな。ただ殺しすぎて穢れまくったのと、三上家の奴らが本来の能力を失ったから、使わなくなっただけ。けどお前は、
鬼灯が言うのには、本来の能力があっても契約はしないらしい。なぜなら穢れが強すぎて宿主が"
確かに、自分の知る限りだが、鬼灯はひとを殺していない。この五年間、妖者たちを何百と殺したが、ひとの血は浴びていないのだ。黒鉄の刀身が禍々しく穢れているのは、すべて妖者たちの血のせいだった。
そんなことを考えながら妖たちと逆方向に歩いていたら、あんなに賑わっていた路から、いつの間にか誰もいなくなっていた。そういえば、その前に鐘が鳴っていた気もする。よく、憶えていない。
『面白いことになったぞ、俺に代われ』
何が面白いものか。
目の前にゆらりと現れたそれは、明らかに良くないモノであった。懐をあさってみたが術符もなく、在るのは妖刀だけだった。はあ、と嘆息して仕方なく紫紋は妖刀を抜いた。途端、瞳が赤く染まる。
『
そうは言ったものの、なぜか本領を発揮できず、鬼灯は内心苛立っていた。
そんな中現れたのが、識と弥勒梓朗だった。識の手により"
せっかくの獲物を取られ、不機嫌になっている鬼灯に、梓朗は契約をしろと言ってきた。
しかし、面倒なことは任せると言って紫紋に素早く変わると、自分はだんまりを決め込んだ。諦めてもらおうと、適当に契約の条件を言ってみたら、なぜか承諾されてしまう。
『馬鹿紫紋、なんで俺と契約しているのに、さらに契約をするんだ! しかも相手はあの弥勒だぞ! 俺がお前を使ってやるはずが、どうして使われる側になるんだよ!?』
(仕方ないだろう。こっちだってあんな条件に応じるとは思わなかったんだから、)
こうして、紫紋は万事屋の一員、というか梓朗の式に下る。鬼灯の言う通り、自分のこの身が特異で、稀であることを思い知る。
(ここにいれば、なにか思い出すだろうか。この馬鹿は何も話す気はなさそうだし、こういうのは気長にやるのがいいだろうな)
紫紋は気付いていない。今の自分が、誰を模しているか。その前の自分がどんな人間であったか。どこからが嘘でどこからが本当か。
これが"
紫紋の口調や振る舞いは、紛れもなく、自分がかつて理想としていた兄、そのものであることを――――。
鬼灯はひとり、思う。
(本当のことを知れば、こいつはどうなるかわからない。あの時、こいつの兄が口にした言葉も、それが
だから、教えてなどやらない。
これは、もちろん自分のためだ。
だってそうだろう?
こいつの器があってこそ、今も自分は存在していられるのだから――――。
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