二十二、その想いは、巡り廻る
大広間では、美しく着飾られた妖たちが、狐の仮面を付けて舞を舞ったり、音楽を奏でたりと、華やかで賑やかな雰囲気が心も明るくしてくれた。
色の付いた紙吹雪が天井から舞い散る中、深冬と小春が舞を披露する。
たくさん練習したのだろう。息ぴったりの可愛らしいふたりの舞は、先の手練れの舞てたちとはまた違った味わいがあり、舞が終わった後、皆、子を見守る親の如くほのぼのとした顔になった。
「ふたりとも、上手だったっすよ!」
終わるなり、自分の所に一番に駆けてきたふたりに、平良は満面の笑みで歓迎した。それぞれの髪の色と同じ、白と黒の着物を纏う双子の座敷童子たちは、嬉しそうに顔を見合わせる。
「平良お兄ちゃんのために、たくさん、たっくさん練習したんだよ!」
「いっぱい、楽しんで、くれた?」
可愛い顔がふたつ並んで、座っている平良を見下ろしてくる。
「お遊戯会で、親御さんが子供を見守る気持ちが理解できたっす」
「おゆうぎかい?」
「子供? 親? ······平良お兄ちゃんがお父さん?」
深冬がとんでもないことを言い出す。
あ、駄目だ、これはいかん、と平良は慌てて言い直す。
「あー、ええと、違うっす! 俺は、ふたりのお兄ちゃんのままでお願いします!」
はーいとふたりは声を揃えて承諾する。そして、深冬がなにか思い出したように席を立った。
忙しいな、と梓朗はそれを横目で眺めていたが、戻って来た深冬の小さな手の中にあるものを見て、眉を寄せた。
「平良お兄ちゃん、これ!」
八角形の長細い箱のような形状のそれは、たぶんだがおみくじではないだろうか。平良はなんだか懐かしい気持ちになって、それを受け取る。
「深冬と、ふたりで作ったの。絶対大吉が出る、おみくじ」
「お兄ちゃん、運が悪いって言ってたから、いつでも良い結果が出るように!」
それをおみくじと言っていいのか謎であるが、その気持ちがすごく嬉しかった。しかも座敷童子が作ったとなれば、本当に良いことが起こりそうな予感すらする。
平良はそのおみくじをゆっくりと振った。しゃかしゃかと中で混ざる音がして、最後にからんという音と共に、細い棒が穴から落ちてきた。
「······大吉だ、」
口許が緩む。
淡い思い出が甦る。
あの時と同じその文字に、平良は眼を細めた。
「······なんだ、泣くほど嬉しかったのか? 中身が全部大吉なんだから、それ以外のものが出るわけないだろう?」
「あ、あれ? おかしいっすね······はは······俺、嬉しすぎて」
「――――だそうだ、良かったな。平良は嬉しすぎて、涙が出るくらい感動したらしい」
急に涙を零しはじめた平良に、座敷童子たちは、なにか悪いことでもしてしまったのだろうかと、不安になっていたようだ。梓朗は肩を竦めて冗談でも言うように、ふたりに大したことはないと言い聞かせる。
「ありがとう、ふたりとも。このおみくじ、大事にするっすね!」
涙を拭い、平良は笑顔でふたりに礼を言った。ふんと梓朗はそっぽを向き、向いた先にいた紫紋と識の顔を見て、かあっと顔を赤らめた。紫紋と識は、ものすごく生あたたかい眼差しでこちらを見つめてきたのだ。
(梓朗····君って子は、ちゃんと気が遣える良い子だったんだね。俺には絶対に、そんなことしてくれないだろうけど、)
(弥勒様、なんてお優しい····タイラ、なにか様子が変でしたが、どうやら大丈夫そうですね)
三人は、平良がなぜ泣いていたのか、その理由を深くは知らない。単に大凶しか引いたことがないと言っていたから、大吉が本当に泣くほど嬉しかったのかもしれないし、座敷童子たちの気持ちが刺さったのかもしれない。
今更だが、平良はあまり
ここの主である菖蒲がその場を取り仕切り、テンポよく事が進んで行く。座敷童子たちは平良の横に陣取って、楽しく過ごしているようだ。
「お兄ちゃん、これ、僕たちが作ったんだよ!」
「小蝶姐さんに教えてもらったの、」
「おお、すごいっすね! 見た目も綺麗で煮崩れもしてない。味も····うん、美味しい。ふたりとも、本当に、ありがとう、」
ちょっと甘めのその煮物は、たまに作ってくれた母親の煮物に味が似ていた。また泣きそうになってしまったが、なんとか堪える。
(子を持つ親の気持ちが····って、違う違う!)
ループしてしまう感情に、平良はぶんぶんと首を振った。
「万事屋の皆さま、本日は夜香蘭にお越しいただき、ありがとうございます。今宵は貸し切りなので、気兼ねなくお楽しみくださいませ」
菖蒲がお辞儀をし、話し終わったのとほぼ同時に、今までの風流なゆったりとした曲調から、色んな楽器の音が飛び交う、また違った楽し気な音楽が流れ出す。代わる代わる舞てが舞台に上がり、宴会に花を添えた。
それは"朝"を告げる鐘が鳴るまで続き、やがて静寂が訪れる。皆、騒ぎ疲れて床に転がっている中、梓朗はひとり身体を起こして、すぐ横で双子に挟まれて眠る平良に視線を向けた。
(あの時······なにか、思い出せそうな気が、したんだが)
あの時、平良がおみくじを振った時、大吉を見て泣いた時、なにか引っかかるものがあった。それがなにかはわからない。
「梓朗、どうしたんだい?」
その気配に気付いて、紫紋が横になったままの格好で見上げてくる。梓朗は瞼を伏せ、はあと大袈裟に嘆息してみせる。
「······別に。むさ苦しくて目が覚めただけだ」
紫紋はそのわざとらしさが逆に気になった。この主は、いつまで経っても嘘が下手で、それをネタに揶揄いたかったが、なんだかいつもと雰囲気が違うようだ。
「君が彼に目をかけているのは、なにか他に理由でもあるのかな?」
それがなにかを知りたいわけではないが、なんとなく、梓朗が話したそうな気がしたのだ。自分に問いかけることで、答えが出ることだってある。
「俺は、
無の扉の管理者として
紫紋のように、人でありながら"
死んで霊になる前の段階、魂が抜けただけの状態でやってきた平良は、稀な存在。魂が抜けた身体は、時間が経てば死を迎える。だから、戻ることもできない。
では自分は何者なのか。
人でも妖でもない。もちろん、神でもない。
「自分が何者か、それはそんなに大切な事かな?」
紫紋は問いかける。
今、ここに存在することの意味は、考えたところでわかるはずもないのだ。
「君は、弥勒梓朗。俺たちの主で、この
彼なくして存在しない場所。
紫紋は自分でも良い推理だと頷く。
「もういい。俺は先に帰る」
梓朗はだんだん頭が痛くなってきたので、考えるのを止めた。
では、なんのためにこの
考えれば考えるほど、答えは出なかった。
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