二十一、夜香蘭の客間にて
双子の座敷童子の招待で、"夕"の鐘が鳴る前に
「妖は
「元々気性の荒い輩だ。だが
結界牢は梓朗が言うように、ちょっとやそっとでは壊れない。
代わりはおらず、ひとりで結界牢を守っている。その結界牢自体が、
ふん、と梓朗は肩を竦める。気のせいだろうか、なんだか主がやつれているような気がする。識は不思議そうに首を傾げた。
「それはいいとして、なんでふたりともそんな疲れた顔をしてるんだい?」
平良はあはは····と苦笑を浮かべて、視線だけ梓朗に向ける。実は、華鏡堂の前でふたりと別れ、夜香蘭へと向かった平良と梓朗だったが、その道中、様々ないざこざに巻き込まれ、その度に梓朗が一喝したり暴力で無理矢理解決させた。
(もみくちゃにされた時の弥勒さん、めちゃくちゃイラっとしてたっすからね。妖さんたち、一列に並んで正座させられてたし)
事の一部始終を紫紋に話すと、紫紋は同情の眼差しを梓朗に向けた。どうやら巻き込まれ体質の平良と一緒にいた事で、被害を被ってしまったようだ。
青い上衣と黒い袴を纏っている平良の身なりも、店の前で別れた時に比べて、所々薄汚れていた。
「俺のせいで、弥勒さんに迷惑かけちゃって、」
「は? 別にあんな事、よくあることだろう? なんで謝る必要が?」
あからさまに不機嫌な顔で、横にいた梓朗がこちらを見上げてくる。
(てっきり、責任取れって言われるかと思ったのに······あれ?)
その反応は、思っていたのとだいぶ違っていて、平良は困惑する。
確かに妖同士の騒動はよくあることで、たまに万事屋である華鏡堂にも「あいつらを止めてくれ」と依頼が入るくらいだ。
今回に関しては自分が外に出たせいで起こった気がするのだが、もしかして気を遣ってくれたのだろうか。
そんな中、とんとん、と客間の扉を叩く乾いた音が響く。
「話は済んだかしら? こっちの準備はできてるから、いつでも始められるわよ」
声からして小蝶だろう。妓楼の主である菖蒲の妹分のような関係で、夜香蘭で働く者たちの姉的な存在である。
菖蒲が二十代後半の迫力美人だとすれば、小蝶は二十代前半の可愛らしい女性の姿をしている。癖のある長い髪の毛を背中に垂らし、黄色い着物を纏った小蝶は、控えめな化粧だが十分綺麗な容姿をしている。裏方に徹しているのが勿体ないくらいだ。
「さあ、楽しい宴の始まりだよ、行こうか」
梓朗の肩に手を置いて、そのまま扉の方へ誘導する。何か言いたげだったが、梓朗はされるがままに連れられて行く。
「タイラ、どうしたんですか?」
動かない平良の正面で、識は顔を覗き込むように見上げてくる。梓朗たちはすでに扉の先に行ってしまった。識は「私たちも行きましょう」と平良の手を取る。
「······識ちゃん、ひとつ訊いてもいいっすか?」
「なんですか?」
「俺って、皆の役にちゃんと立ってるっすか? 迷惑じゃない?」
識は本当に不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。どうしてそんなことを聞くのかと、言わんばかりに。握られていた小さな手に力が入る。
「タイラがいないと、美味しいご飯が食べられません。タイラがいると、弥勒様がなんだか楽しそうに見えます。顔にはまったく出ませんが、私にはわかります。ええと、つまりですね、なにが言いたいかと言いますと····あなたがここに来てくれて良かったです。あ、えっと、タイラ的には複雑ですよね、すみません」
ずっと傍に仕えている識にとって、それは喜ばしいことであり、僥倖だった。
その言葉に、平良は眼を細めて笑みを浮かべる。そんなことを言ってくれる友達が、まさか
「ううん。ありがとう、識ちゃん。俺、これまで以上に弥勒さんを笑顔にするために頑張るっす!」
「私も一緒に頑張ります!」
ふたりはよくわからないやる気を分かち合い、ルンルンとした気持ちで客間を後にするのだった。
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