二十一、夜香蘭の客間にて



 双子の座敷童子の招待で、"夕"の鐘が鳴る前に夜香蘭やこうらんにやって来た平良と梓朗。"夜"の鐘が鳴り、ひと仕事終えた識と紫紋が合流する。


「妖はり人さんに託してきました。ついでに弁慶さんの様子も見てきたのですが、相変わらず牢の中で暴れてました」


「元々気性の荒い輩だ。だがり人の結界牢は、その程度では壊せはしまい。長くいればいるほど力を削がれる厄介な牢だ。その内大人しくなるだろう」


 結界牢は梓朗が言うように、ちょっとやそっとでは壊れない。り人とは、結界牢を管理する者のことで、鐘楼守のようにその場からほとんど動くことがない。


 代わりはおらず、ひとりで結界牢を守っている。その結界牢自体が、り人の作り出した特殊なものなので、そこに入れられてしまえば、管理者の許可なく出ることは不可能なのだ。


 ふん、と梓朗は肩を竦める。気のせいだろうか、なんだか主がやつれているような気がする。識は不思議そうに首を傾げた。


「それはいいとして、なんでふたりともそんな疲れた顔をしてるんだい?」


 平良はあはは····と苦笑を浮かべて、視線だけ梓朗に向ける。実は、華鏡堂の前でふたりと別れ、夜香蘭へと向かった平良と梓朗だったが、その道中、様々ないざこざに巻き込まれ、その度に梓朗が一喝したり暴力で無理矢理解決させた。


(もみくちゃにされた時の弥勒さん、めちゃくちゃイラっとしてたっすからね。妖さんたち、一列に並んで正座させられてたし)


 事の一部始終を紫紋に話すと、紫紋は同情の眼差しを梓朗に向けた。どうやら巻き込まれ体質の平良と一緒にいた事で、被害を被ってしまったようだ。

 青い上衣と黒い袴を纏っている平良の身なりも、店の前で別れた時に比べて、所々薄汚れていた。


「俺のせいで、弥勒さんに迷惑かけちゃって、」


「は? 別にあんな事、よくあることだろう? なんで謝る必要が?」


 あからさまに不機嫌な顔で、横にいた梓朗がこちらを見上げてくる。


(てっきり、責任取れって言われるかと思ったのに······あれ?)


 その反応は、思っていたのとだいぶ違っていて、平良は困惑する。

 確かに妖同士の騒動はよくあることで、たまに万事屋である華鏡堂にも「あいつらを止めてくれ」と依頼が入るくらいだ。

 今回に関しては自分が外に出たせいで起こった気がするのだが、もしかして気を遣ってくれたのだろうか。


 そんな中、とんとん、と客間の扉を叩く乾いた音が響く。


「話は済んだかしら? こっちの準備はできてるから、いつでも始められるわよ」


 声からして小蝶だろう。妓楼の主である菖蒲の妹分のような関係で、夜香蘭で働く者たちの姉的な存在である。


 菖蒲が二十代後半の迫力美人だとすれば、小蝶は二十代前半の可愛らしい女性の姿をしている。癖のある長い髪の毛を背中に垂らし、黄色い着物を纏った小蝶は、控えめな化粧だが十分綺麗な容姿をしている。裏方に徹しているのが勿体ないくらいだ。


「さあ、楽しい宴の始まりだよ、行こうか」


 梓朗の肩に手を置いて、そのまま扉の方へ誘導する。何か言いたげだったが、梓朗はされるがままに連れられて行く。


「タイラ、どうしたんですか?」


 動かない平良の正面で、識は顔を覗き込むように見上げてくる。梓朗たちはすでに扉の先に行ってしまった。識は「私たちも行きましょう」と平良の手を取る。


「······識ちゃん、ひとつ訊いてもいいっすか?」


「なんですか?」


「俺って、皆の役にちゃんと立ってるっすか? 迷惑じゃない?」


 識は本当に不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。どうしてそんなことを聞くのかと、言わんばかりに。握られていた小さな手に力が入る。


「タイラがいないと、美味しいご飯が食べられません。タイラがいると、弥勒様がなんだか楽しそうに見えます。顔にはまったく出ませんが、私にはわかります。ええと、つまりですね、なにが言いたいかと言いますと····あなたがここに来てくれて良かったです。あ、えっと、タイラ的には複雑ですよね、すみません」


 ずっと傍に仕えている識にとって、それは喜ばしいことであり、僥倖だった。

 その言葉に、平良は眼を細めて笑みを浮かべる。そんなことを言ってくれる友達が、まさか幽世ここにもいたなんて。


「ううん。ありがとう、識ちゃん。俺、これまで以上に弥勒さんを笑顔にするために頑張るっす!」


「私も一緒に頑張ります!」


 ふたりはよくわからないやる気を分かち合い、ルンルンとした気持ちで客間を後にするのだった。



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