二十、さよならもいわずに



 あの衝撃的な出遭いから、約六年後————。

 俺の唯一無二の親友はこの世を去った。


 病名は長すぎて憶えられなかった。

 最後の一年はほとんど病院のベッドの上だった。学校が終わると、俺はいつも病院に通った。


 奏多は絶対にまた元気になる。一緒に外で遊べる。サッカーをしたり、遊園地に行ったり、なんなら近くのショッピングモールでぶらぶらするのもいい。それが叶わぬとも知らずに、ふたり、ささやかな願いを抱いていた。


 中学二年の夏頃。奏多は急に入院することになった。それからずっと病院から出られていない。今はもう冬。


へーちゃん、ほら見て? 暇すぎて面白いもの作ったんだ」


「面白いもの?」


 青い瞳はいつも楽しそうにキラキラとしているが、逢いに来る度に顔色が悪くなっていて、手首もひと回り細くなった気がする。

 その手の中に在る筒のようなモノを俺に向けて、はい、と手渡して来た。


「お菓子の筒? ん? なにか入ってる、」


「ほら、真ん中の所に穴が開いてるだろ? 逆さにして振ってみてよ」


 俺は首を傾げて言われた通りに、持っていた長い筒を逆さにした。そして二、三回振ってみる。

 すると、


「あ、なんか出てきた」


「出てきたね。これは、お手製のおみくじなんだ。今日は良いことありそう! とか、なんか悪いことがあるかもしれないから気を付けよう! とか、ただの暇つぶしなんだけど、まあまあ楽しめたから。あ、ちなみに今日はまだやってないから、へーちゃんに俺の運命がかかってるんだよ」


 いや、それ、俺にやらせるなよ。


「見る前に謝っとく。あ、なにが出ても奏多は気にしないでいいからね? 出たくじが大凶でも、それは俺のものだから」


「はは。最強に運が悪いってやつ? 別にいいよ。へーちゃんの引いたくじ、俺の宝物にする」


 大凶なんて宝物にしてどうする!


 時々、奏多はよくわからないことを言う。そういう時、どうしたらいいか俺はわからなくなる。その笑みはあの頃のまま、大人っぽくなってもどこまでも無邪気なのだ。


 この変わらない天真爛漫さと、時折見せる儚さに目を奪われる。

 恐る恐るくじを開く。

 そこには――――。


「あれ? 嘘だろ、」


「どれどれ? あ、ラッキー大吉だ。なんだよ、へーちゃんの凶運も、俺の愛がこもったお手製のおみくじの前では、役に立たなかったみたいだね、」


 んん? あれ? おかしいな。いや、喜ぶべきことなんだろうけど。

 色んな意味で期待を裏切る結果となったことに、俺はくじを眺めながら首を傾げる。そんな困惑している俺から大吉のくじを奪い、奏多は満面の笑みを浮かべて、


「じゃあ、約束通り。これは俺の、ね?」


 と、くじをひらひらと俺の目の前で振った。


「じゃあ俺の人生初の大吉は、奏多に贈呈ってことで」


「俺がいれば、へーちゃんは大吉も手にできるって証明されたわけだし、その凶運もなんてことないってことだね」


 本当は、なんとなく気付いていた。

 その筒の中身が、全部大吉で、大凶なんて入っていないってことを。でも、それでもいつもなら、白紙だったり、くじ自体が出て来ないなんていうのもよくあることだったので、ある意味これは進歩なのかもしれない。


「じゃあそのお礼に、元気になったら俺の手料理を奏多にご馳走する。食べたいもの、リストにしておいて? 知らない料理は調べて練習するからさ」


「やった。俺、へーちゃんの作るご飯好きなんだ。ここだけの話、母さんのより何倍も美味しいし。俺の胃袋はへーちゃんにつかまれちゃってるから、」


 小学生のある時を境に、お弁当を家族の分とプラス奏多の分も作っていた。奏多の両親は共働きで、ふたりともすごい会社の偉い立場らしく、いつも忙しいんだそうだ。広いマンション住まいだが、ほとんどの時間ひとりで過ごしていた奏多は、朝も昼も夜もコンビニごはんだった。


 だから、たまにご飯を一緒に作って食べたり、俺の家に泊まりに来たりしていた。俺の家の賑やかさに驚いたって言ってた。みんな好き勝手に話してるだけなんだけど、奏多は「へーちゃんちの家族っていいなぁ」といつも羨んでいた。


へーちゃん、俺、ちゃんと君の親友になれてる?」


「転校してきて、一分足らずでその口で親友だって言ったのに、なんで今更そんなこと訊くんだ?」


「はは。そうだった。俺、出会った時からへーちゃんの親友だもんね、」


 嬉しそうな顔でそんなことを言う奏多に、なんだか俺は不安な気持ちになる。どうして今更、そんなことを言い出したのか。確かめたくなったのか。


「うん、だからね。これは、君のせいじゃないから。なにがあっても、誰も君のせいになんてしないから、安心して欲しい、」


 手を握られ、俺はずっと心の中で思っていたことを見透かされた気がした。

 奏多が病気になったのは、俺と一緒にいたせいなんじゃないかって。

 自分が一番そうじゃないって解っているのに、それでもその黒い靄は晴れなかった。


 なにがあっても、なんて。

 そんな言葉、言わせてしまったことを後悔する。


「俺はね、あの時からずっと――――、」


 中学三年。受験を間近に控えた秋。

 俺の唯一無二の親友は、この世を去った。



 あの言葉の意味をずっと考えていた。

 答えはどこにも見つからなかった。

 さよならもいわないで、目の前からいなくなってしまうこと。

 それがどれだけお互いに悲しいことか。


 今、この幽世かくりよに存在する自分。

 今、現世うつしよで流れている時間。

 残して来た家族や、たくさんの思い出。

 奏多の、想い。

 


 その全部を受け止めて、俺は、今日も前を向いて生きていく――――。



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