十九、親友ってなんだっけ?



 夢を、見た。


 小学三年生の頃、転校してきた子の夢。

 転校早々、クラスの男女問わず全員敵に回したその子は、その瞬間、俺の唯一無二の親友(自称)になった。


 その頃の俺は、今では考えられないくらい暗くて気弱な性格だった。その話をすると決まって、「想像できない」とか「嘘も休み休みに言え」と、高校の同級生に笑われた。けれども、間違いなく本当の話なのだ。


 その"自称"親友が転校早々、自己紹介の時に言った台詞はこうだ。


新堂奏多しんどう かなたです。あ、別に仲良くしてくれなくても大丈夫です。友達は自分で選ぶ主義なんで」


 もしこれが漫画だったら、クラス全員の頭に「?」という文字が浮かんだことだろう。実はこの転校生、数日前から女子の間で噂になっていて、


「ねえ、見た? めちゃくちゃカッコいい男の子だったよ!」


「見た見た! ハーフなのかな? 目が青かったよね? なにより笑顔がよくて! こっち見てよろしくね、って言ってくれたの! 同じクラスにならないかな~」


「うちの男子たちとは違って、大人っぽくて落ち着いてて、クールだけど女子に優しいって、もう好きしかないよね!」


 と、賑やかしかった。

 三年は四組まであるが、転校生がどこのクラスになるか、数日その話題でもちきりだった。ちなみにここは二組だ。


 その話題の転校生が、まさかの自分たちと同じクラス。男子はどんな奴が見定めたかったろうし、女子は質問攻めする気満々だったはずだ。それを自己紹介の時点で、ことごとくぶち壊したのだ。


「あ、ええっと、新堂君の席は····、」


 先生も動揺して、次の言葉がなかなか出て来ない様子だ。俺は我関せずと頬杖を付いて、一番後ろの窓際の席から誰もいないグラウンドを眺めていた。


「先生、俺、あの子の隣がいいです。あの子、俺の親友になるので」


「ん? えっと? 新堂君、鷹羽君のお友達だったの?」


 いや、先生、ちゃんとその子の話を聞いていたのかな?

 友達です、なんてひと言も言ってなかったぞ!

 というか、そもそも俺に友達なんていないの知ってるだろ!


「じゃ、じゃあ、鷹羽君の後ろの席でもいいかな?」


「はい、それでもかまいません」


 先生は予め用意していた机を移動させ、椅子は転校生が持って後ろに続く。その間、クラス中がこちらに注目しており、俺は肩身の狭い思いをしていた。そう、俺はこのクラスの連中ににハブられている。男子も女子も俺に近付くと運が悪くなるとか、悪いことが起きると信じているのだ。


 事実、色々とやらかしている身としては弁解の余地がない。


 最初はただの冗談で揶揄からかっていた男子たち。そんなのあるわけないじゃん、と笑っていた女子たち。あまりにも重なりすぎた不運にドン引きされ、小学三年にしてすでに孤独の身である。


 ああ、別にイジメられているわけではない。

 だが、ダメージはしっかりくらっていて、お陰で暗い性格になり、誰かに何か言われる度にどんどん気弱になっていき、最終的には無口になった。自分の家以外で笑った記憶がない。いつもぼんやりと窓の外を眺めている、そんな子だった。


 だってそうだろう?


 髪の毛は茶色がかった金髪で、それを地毛だと言ってもまずは信じてもらえない。実はあまりにも言われて傷付いたので、母親に言って黒く染めてみたこともあったが、その日の内になぜか元に戻っていた。染めた美容師の腕が悪かったのか。染めた夢を見ていたのではないかと、錯覚するほどに。


 先生が机を設置しながら、ちらちらと俺の方を見ている気がした。先生も、不運の被害を被ったせいで俺に近付きたくないのだろう。なんなら名前すら呼びたくなかったはずだ。


 先生は三年生からこのクラスの担任になった。俺がひとりでいるのを気にして、わざわざ相談にのってくれたのだが、その次の日に階段で足を滑らせて全治二ヶ月の怪我を負った。


 クラスのみんなは「お前、先生になにしたんだよ」と離れた所から言ってくる。できる限り近付きたくないのだろう。


 でもそれが本当に俺のせいかと言われると、なにか違う気もする。俺の不運は俺だけのもので、他の誰かには影響しないのだ。だって、もしそうでないのなら、毎日一緒に生活している家族全員どうにかなっているだろう?


 母親はいつも笑顔で元気で、病気ひとつ、なんなら風邪すら引いたのを見たことがない。父親がいなくなってからも、俺たちをしっかりと支えてくれている。

 三歳上の兄はむしろ運がよく、くじを引けば参加賞以上の景品が必ずと言っていいほど当たるのだ。ある意味強運。

 まだ二歳になったばかりの弟も、今のところは俺といてもなにか悪いことが起こったことはない。


 つまりは色々な偶然が重なって、俺はこのクラスの爪弾き者になっているのだ。

 そんなことを知らない転校生は、自分が運んだ椅子に腰かけると、早々に声をかけてきた。


「君の名前、教えて?」


 自称、親友のくせに名前も知らないんかいっ!

 と、思わず突っ込みを心の中で入れてしまった。


 転校生の第一印象は、爽やか少年。あの言動の後は、ただの変な子。ちらりと肩越しに後ろの転校生を視界に入れる。青い瞳と眼が合った。


「········鷹羽、平良」


「平らの、たいらくん?」


「平和の"平"に良い子の"良"」


「平良で、たいら、かぁ。いい名前」


 早く会話を終わらせようとして、答えたのが間違いだった。

 転校生はこそこそと内緒話でもするかのように、背中越しに"たいら"を連発してくる。


 頼むから、静かにしていてくれ。

 色んな角度から、ものすごく怖い視線を感じるんだよ。


「えっと、じゃあ、平和のへーちゃん、俺たち今日から親友な」


「はあ!?」


 いや、だから平和な良い子で、平良だってば!

 って、違う、突っ込むのはそこじゃないぞ、鷹羽平良!!


 思わず、勢いよく振り返る。そこにはにっこりと笑みを浮かべて手を振っている彼がいた。女子たちが言うような「クール」でも「大人っぽい」でもなく、どこか無邪気な、子供っぽい笑顔がそこにはあった。



 それが、のちの親友となる、新堂奏多との出会いであった――――。



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