十五、座敷童子の内緒話
妓楼"
「小春ちゃん、深冬、お客様が入ってくる前に奥に行っていなさい。こちらのことは気にしないで、ふたりで良い子にしているのよ? 用があっても出て来ては駄目よ? 前みたいに粗暴な者に髪飾りを壊されちゃったら困るでしょ? 菖蒲姐さんに用がある時は、まず私を呼んでね。この近くにいるから」
「はい、小蝶姐さん」
小春と深冬はほぼ同時に返事をする。五歳くらいの黒髪の少年と、椿の髪飾りを付けている白髪の少女は、双子の座敷童子で、この妓楼には随分前から世話になっていた。居心地も良いし、良いひとばかりなので、ここから離れるという選択肢は考えていない。この
見世の奥の間はふたりに与えられた部屋で、夜の間、退屈な時間を過ごすことになる。ふたり同時に外に出かけると色々と問題が起こるので、もうずっと外にふたりで出ることはなかった。
「弥勒様の所に依頼に行った日、何も起きなかったの?」
今更ながら、小春はこてんと首を傾げる。可愛らしいその容姿に浮かぶ疑問の表情に、深冬も同じようにこてんと首を傾げた。同じく可愛らしい顔をした少年の顔にも、あれ?と疑問が浮かぶ。
「そういえば、僕、弥勒様の店に入っちゃったんだった····。玄関先にいた平良お兄ちゃんが招き入れてくれて、そのまま自然に中に入ったけど、よく考えたら、」
「あ、で、でも、あの時、お兄ちゃんなにも言ってなかった」
小さい声で遠慮がちに小春は言う。深冬が血の気の引いた表情で、あわあわと口だけ動かしている。
座敷童子が訪れた家や店は幸運に恵まれる。が、その逆もしかり。座敷童子が離れた家や店は没落するとか不幸が起きるとか、とにかく色々まずいのだ。だから、髪飾りを直せるか職人たちを訪ねても、すべて店先で断られてしまったのだろう。
「きっと、悪いことはなかったんじゃない、かな?」
消え入るような囁き声で、小春は言う。
「それに、よく、わからないけど、不幸になったり悪いことが起きるのは、そこにいるひとたちを、私たちが嫌いになった時だけ、なはずだし」
色々謂れはあるが、幸福になりすぎて感謝を忘れ、欲にまみれてしまった者を見限り、座敷童子が出て行ってしまった場合、そのような事が起こるらしい。だから、それくらいでなにか起こるとは信じ難かった。
「でも、ほら、お兄ちゃん言ってたよ? ものすごく、運が悪いって」
ふたり、顔を見合わせて、あわわっと手を無造作に振る。
「後で謝りに行かなきゃ。それに、あの時、いもようかん、美味しかったって、ありがとうって御礼も言ってなかった」
「この髪飾りの御礼、私もなにかしたい、な」
でも一緒に見世を出るのは良くない。
そもそも、また店に行ったら同じことの繰り返しになるだろう。
うーん、とふたりは手を取り合い、考える。
「あ······ねえ、菖蒲姐さんに頼んで、ここに招待するっていうのはどう、かな?」
「小春、名案だよ。そうしたら、万事屋の皆さんを招待しよう。僕たちの
うんうんとふたり、頷いて満面の笑みを浮かべた。紙と筆を取り出し、机にふたりで並ぶ。
深冬はそこに色々と書き込んでいく。小春はその右隣にぴったりとくっついて、楽し気にその文字を眺めている。
「楽しみ、だね」
「うん、楽しみだね!」
「お兄ちゃん、喜んでくれる、かな?」
「絶対喜んでくれるよ!」
深冬は紙に色々と書き込んでいく。そこには彼らにどんなおもてなしをするかを、箇条書きで書き込んでいた。
「んー。あとは、そうだね、僕たちもなにか作ってみる? 小蝶姐さんに頼んで、教えてもらおうよ」
「うん、小蝶姐さんの作る甘い煮物、教えてもらおう?」
「上手くできると良いね!」
「うん、たくさん喜んでくれたら、いいな」
こうこーせい、である平良には敵わないかもしれないけれど、心を込めておもてなしをして、御礼を返せたらいい。
「招待状、作ったら、どう、かな?」
「招待状、作ろう!」
うんうんとふたり、頷く。
「弥勒様たちも分も含めて、四人分、ね」
「じゃあふたりで二枚ずつ書こうよ」
いいね、いいね、とまた頷く。
「私、お兄ちゃんと、識ちゃんの、書きたい」
「僕もお兄ちゃんの書きたいな」
うーんと、ふたりは首を傾げて考える。
「じゃあ、やっぱりふたりで、書こう? 字は、深冬の方が上手だから、」
「うん、いい考え! じゃあ小春は絵を書いて!」
そうやって、ふたり、"夜"を過ごす。
見世から途切れることなく聞こえてくる、賑やかしい音楽。歌。笑い声。
誰にも邪魔されないこの部屋で、顔を見合わせて、ふたり。
大好きな"お兄ちゃん"のために、作戦を練る。
「たくさん楽しんでもらえたら、いいな」
ここで皆が喜んでいる顔を、ふたり、ぼんやり思い浮かべながら。
いつもはとても長い夜なのに、気付けば"朝"の鐘が鳴っていた。
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