十三、地獄の沙汰は金ではどうにもならない
チーン。
そんな、正しい効果音が、今、間違いなく頭の上を流れているだろう。
三十分前————。
華鏡堂を皆で出て、
裏路地を出て、さらに路を挟んで向こう側にある蕎麦屋からは、外まで出汁の良い香りがし、平良は内心わくわくしていた。その店は、前に髪飾りの件で職人さんの所へ梓朗と出かけた時に通りかかり、気になっていた店だったからだ。
(そういえば、今更だけど、妖の皆さんも蕎麦とか食べるんすね)
梓朗や紫紋はともかく識も食べるくらいだから、妖の食の概念も意外に同じなのかも、と平良はその店を通った時にそんな親近感を覚えたのだ。
昼の鐘が鳴ってから少し過ぎていたせいもあり、客は疎らだった。
「あ、のっぺら坊さん!」
「おや、いつぞやの
後で聞いたのだが、自分を保護するように梓朗に依頼してくれたのが、この"のっぺら坊"だったと知り、いつかお礼をしなければと思っていたのだった。
「はい、お陰様で。あの時は、本当にありがとうございました」
「元気ならいいのさ。礼など不要だよ。何事もなくて良かった良かった」
良いひとだ! と平良は感動する。ここに転移してきたその日、初めて遭遇した時はその口だけの顔に思わず驚いてしまったが、今はとても愛らしく思えた。
「また何かあったらお願いするから、その時はおまけしてね」
そう言って、勘定を払うと店を出て行く。
皿の上には硝子玉がひとつ転がっていた。これはこの
良いことをして得た
そうこうしている間に、赤福は他の三人を席に着かせていた。すでに三人とも顔色がよろしくない。平良は「?」と首を傾げて、四人掛けのテーブルで空いている識の横に座った。正面は梓朗だった。
(あれ? 弥勒さん、何か唱えてる? 紫紋さんは、無の境地? 識ちゃんは、)
ちらりと横を見てみれば、識は血の気の失せた真っ青な顔で、機械のようにガクガクブルブルと小刻みに震えていた。
(え? え? なに? 識ちゃんがそんなに震えるほど、ヤバイ料理なの!?)
やがてその理由を目の当たりにする。
ぷ~んと平良の鼻に届いたその香りは、先程までの出汁の良い香りを見事に掻き消し、周りにいた客たちにさえ恐怖を与えていた。そのあまりの香りに、悶絶して転げまわる妖もいる。それもそのはず。その香りは、いや、悪臭は、表現する余裕もないほど恐ろしい臭いで、もう、とにかく、鼻が死ぬ! 息がっ! って感じのヤバイものだった。
妖たちが四つん這いになりながら、必死の形相で店を出て行く。ちゃんとお代は順番に置いて行くあたりは律儀であったが、最後のひとりなんて力尽きて店先でぐったりと横たわってしまっていた。
どうやら妖たちには、自分たちの倍以上の効果があるようだ。
「お待たせ~! さあ、遠慮せずに全部食べてね☆」
そんな中、四人の目の前に運ばれて来たのは、予想以上に大きな丼。
ぐつぐつと今もなお煮えたぎっていて、その色はまさかの紫。
見た目はぽっぽっと泡が浮かんでは弾ける、某RPGの毒の沼? か。
後ろに立つ赤福は、片時も離れずにこちらを監視しており、逃げるという選択肢は選べない。前にある危険物と後ろにいる危険人物。じわじわと迫りくる恐怖を例えるならば、それはまるで――――。
あの極限ともいえる状況は、まるで罪人が鬼に落とされる直前の、地獄の釜の前にいるようでした(by平良)。
そして四人は、物語冒頭の状態へと至る――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます