十二、本日の依頼内容:私の新作料理を食べて!
「梓朗ちゃん!」
大きな声で勢いよく入ってきた町娘の格好をした女性に、梓朗は「げっ」と思わず露骨に嫌な顔をしてみせた。
彼女の頭には茶色い猫耳のようなものがあり、クセ毛でくるくるしている、肩より少し長いくらいの狐色の髪の毛が、特徴的だった。もちろん尻尾もある。これは! と、平良はその見た目だけで、彼女がなんの妖か閃く。
「狐娘さん?」
「おしいね、妖狐の
自信満々に言い切った平良の後ろで、紫紋がふっと口元を緩めて訂正する。たぶんだが、猫娘と混ざってしまっているのだろう。
しかしその名前から、平良はある国民的ソウルフードの名前を思い浮かべる。
(あの出汁が染み込んだお揚げを、最後に食べるのがいいんだよなぁ······)
赤いパッケージと緑のパッケージ。断然、赤が好き!(注:あ、えっと、個人の意見ですby平良)
「嫌な予感しかしません」
「奇遇だね、俺も」
珍しく識がそんなことを横で呟く。三人とも共通の知り合いのようだ。
「ありがたく依頼を引き受けるがいいわ!」
「いらん。帰れ」
なんでよ! とあの梓朗に突っかかっていく妖狐の赤福を見ても、その親しさがわかる。ふたりはどんな関係なのだろうか。そんな疑問の眼差しを向けている平良に気付いた紫紋が、ああ、と相槌を打つ。
「あの子はね、平良くんが来るまでお世話になっていた、蕎麦屋の娘さんだよ。俺も識ちゃんも料理なんてできないから、外食が多くて。それにほら、今は最高の給仕さんがいるから、」
「店主の蕎麦は最高です。タイラのごはんもお菓子も最高です」
「ふたりにそんな風に言ってもらえて嬉しいっす! あ、でも
最後の方はぼそぼそとひとり言のように呟く。じゃあ店主は狸ってことっすかね? と、ひとりぶつぶつと何かを言っている平良の前に、いつの間にか猫耳改め狐耳のお姉さんが立ち塞がる。
「ちょっとどういうこと!? ここの給仕ですって? 聞いてないわよっ」
「言ってないからな」
しれっと梓朗は間髪入れずに答える。
「だから最近お店に来てくれないのね······そう、そういうことならこっちにも考えがあるわ!」
ぐいっと平良の着物を鷲掴みにし、赤福はふふふ····と不気味な笑みを浮かべた。何をする気だ? と平良以外の三人がその行動の意味を見守る中、
「三人とも! この子を返して欲しくば、私の依頼を受けなさい!」
赤福は、強制からの迷いの欠片もない脅迫をしてきた。
彼女は黙っていれば可愛らしい女性なのだが、力はものすごく強かった。突然胸ぐらを掴まれたかと思ったのも束の間、そのまま羽交い締めにされ、なにがなんだかわからないまま、平良は赤福の腕の中にいた。
「そんなにこの給仕くんが大切なら、断る理由はないわよねぇ?」
なんかコワイ、このひと。
「ちっ······話だけなら聞いてやる」
「あ、舌打ちしたー! ひどいっ! 悲しくて間違って力が入っちゃうかも~」
「ま、まってくだ······ぐえっ」
こ、殺される!
ぎゅうぎゅうに締まる首に恐怖を覚える。
「うっ······ああ、くそ! 俺が悪かった! ほら、謝ってやったんだから、早くそいつを放してやれ」
「もう! わかってくれればいいのよ~、さすが梓朗ちゃん♪」
ぱっと今度はいきなり腕を放され、平良はそのまま床にへたり込む。
(なんなんすか、このひと!)
涙目になりながら、「犯人はこのひとです!」と言わんばかりに赤福の背中を指差して、声にならない声でぱくぱくと口を動かして訴える。
大丈夫? 怖かったねぇと声をかけ、紫紋はよしよしと子供を宥めるかのように頭を撫でてくれた。識も一緒になって同じように反対側の頭を撫でる。
「あのひとは、もはやああいうひとなので、諦めてください」
ふたりとも苦笑いを浮かべていて、明らかにいつもと雰囲気が違う。このふたりだけでなく、梓朗でさえも逆らうのを躊躇う存在。
「で、なにを頼みたいんだ?」
「そんなの、決まってるでしょ!」
そう言い切った赤福の言葉に、梓朗は今日一番のものすごく嫌な顔をした。
「私の新作料理を、食・べ・て♡」
「え、そんなこと?」
平良は拍子抜けするが、識と紫紋を見れば真っ青な顔で固まっており、梓朗に至っては放心状態になっていた。
その恐怖の意味を知ることになるまで、あと――――。
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