三、本日の依頼内容:金髪の少年の保護



 ――――時は少しだけ遡り、万事屋「華鏡堂」の客間。


 蝶の髪飾りを付けた青銀髪の少女は、店の扉を叩いた者を客間に通すと、主人である弥勒梓朗みろく しろうに大体の依頼の内容を告げた。


 依頼主はのっぺら坊。鼻も目もなく、口だけの妖怪なのだが、大通りで妖たちに声をかけまくっている金の髪の変な人間の子がいるので、危なくなる前に保護してやって欲しいという依頼だった。


「お代は、これでいいかな?」


 のっぺら坊は縦縞模様の着物の懐から、綺麗な硝子玉を取り出して、年季の入った長机の上にことんと置く。


 斜めになっているせいか、それはコロコロと弥勒の前に転がって来た。光の反射で青や緑に色を変える半透明な硝子玉を人差し指と親指で拾い上げると、「ご依頼、承った」と口の端を横に歪める。


「なんだか危なっかしいから早めに頼むよ。金の髪に、俺たちとは違う変な衣を纏っていたから、すぐに解ると思う」


 言って依頼金を払うと、のっぺら坊は去って行った。お茶を出そうと準備していた紫紋しもんは、あれ?と隣の部屋から顔を覗かせる。


「弥勒様、私が行きましょうか?」


「いや、俺が行く。少し前に現世うつしよ幽世かくりよの境界線に微かな歪みを感じた。紫紋と同じように、こちらに転移してきたのだろう」


「なら俺が行ってもいいよ? 同じ転移者として、色々話もできるし」


 せっかく淹れた茶が勿体ないので、そのまま梓朗の前に出す。


「少し確かめたいことがある。だから、俺が行く」


 濃い紫みのある青色をした左眼が細められ、紫紋もしきも"その確かめたいこと"が重要な事であることを悟る。


「危険はないだろうけど、何かあればすぐに呼ぶんだよ?」


 にこやか~に、紫紋はそれまでの少し重たい雰囲気をぶち壊すような笑みを浮かべて、梓朗の肩に手を置いて囁く。その馴れ馴れしい態度にはもう慣れたらしく、煩い、と吐き捨てる。昔はちょっと触れただけでいちいち大きく反応してくれていたのだが、残念なことにここ数年で落ち着いてしまった。


「お気を付けて、」


 識はあまり表情の変わらない面持ちでそう告げ、主の後ろ姿を見送った。



******



 怪しげな橙色の燈で照らされている、薄暗い見慣れた街並み。細い路地を抜け、大通りに出ると、依頼主が言っていた"金の髪"はとてもよく目立っていたため、すぐに発見できた。しかし、項垂れては何度も妖たちに声をかけまくっている少年をひと目見て、梓朗はあることに気付く。


(紫紋の時は身体ごと転移してきたが、あいつは魂だけ転移してきたのか?)


 それはつまり、もはや生きた"ひと"ではないということだ。身体は現世うつしよに残ったまま、魂だけこの幽世かくりよに来てしまった、稀な存在。


(この幽世かくりよに普通の人間が魂だけでやってくるなど、聞いた事がない)


 あの時感じた歪みと関係あるのだろう。なんにせよ、もう現世うつしよに戻ったところで意味はない。面倒事はこれ以上抱えたくないのだが、放っておくわけにもいかない。


 わざと目に付くように、梓朗は妖に紛れながら大通りを歩く。案の定、その金の髪の少年は自分に気付き、声をかけてきた。が、その次の瞬間、思わぬ場所を掴まれてしまう。


(······まずい!)


 と、思ったのも束の間、掴まれた羽織の袖がびりびりと音を立てて破けていく。どすんと言う鈍い音と振動が足元で起こり、梓朗は込み上げてくる怒りと、袖を掴まれたことによる焦りを呑み込むと、不敵な笑みを浮かべた。


「この俺の袖を掴むとは良い度胸だな······、」


 袖を掴む、という行為がここでどういう意味を持つか、彼は知らないのだ。

 知らない者に対して怒鳴り散らしたところで、何かが変わるわけでもない。


 なんでもする! と言った少年の言葉を鵜吞みにし、ちょうど識が給仕を欲しがっていたので、梓朗は決心する。


(袖を掴まれたせいで、俺とこいつの間に縁ができてしまった······これも偶然か? それともこいつの因果に巻き込まれた結果か?)


 犬のように自分の後ろを追いかけて来る少年を気にしながら、店へと向かう。

 後の事は、知っての通りである。


 魂だけで転移してきた少年の名は、鷹羽平良たかば たいらというらしい。その茶色がかった金の髪は地毛らしく、古い家系の中で、時折表れるものだと本人は聞いているという。


 それこそ、彼の特殊な"因果"によるものだろうと確信する。

 

 くじを引けば必ず「大凶」が出、楽しみにしていた行事は常に雨や嵐になって中止、外れなしの商店街の景品大会で自分だけ真っ白な紙、は通常運転で、自転車に轢かれること百回以上、車に轢かれかけること数十回。


 そして、今回の転移。

 恐らくだが、もはや希望はないだろう。

 梓朗は本人を目の前に、容赦なく現実を告げる。


「諦めろ。この状況だと、お前の"外側"はもうとっくに死んでる。現世うつしよに戻ったところで、運が良くて地縛霊だな、」


「じゃあ、運がめちゃくちゃ悪い"俺"はどうなるんすかっ!?」


 そして憐れなモノでも見るような同情の眼差しで、梓朗は平良を見上げる。


「まあ、人生諦めなければ道は開ける」


「いや、今さっき、その口で諦めろって言わなかったっすか····?」


 ずっと能天気な様子だった平良も、その現実を突きつけられてがっくりと項垂れていた。それにはさすがに識も不憫に思ったのか、慰めの言葉をかけてやる。


「ここの暮らしも悪くないですよ?」


「はは······俺の運の悪さもここまで来ると笑えてくるっす」


 暗い笑みを浮かべながらそんなことを言う太良に、紫紋はよしよしと頭を撫でてやる。


「まあ、色々これから大変だろうけど、なるようになるものだよ」


 にこにこと満面の笑みを浮かべて、紫紋は心がこもっているのかいないのか解らない棒読みで、そう言った。


 こうして、変わり者だらけの万事屋に、新たな変わり者が加わることになる。



 この出遭いが、後の幽世かくりよに様々な影響を与えることになろうとは、この時は誰一人として想像もしていなかった――――。



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