四、本日のお菓子:芋羊羹(自信作っす ♪ )



「弥勒様、お願いがあります」


 五、六歳くらいの幼い男の子が、床に正座をし、深く頭を下げた。短い黒髪の幼子で、瞳は大きく可愛らしい。黒っぽいかすりの着物(あらかじめ斑に染めた糸を用いて織る技法で紋様を付けた着物)を纏っている。


 一見普通の人間の子どもに見えるのだが······。


「君みたいな良い子が、土下座なんてしちゃだめだよ。さあ、立って?」


 紫紋はにこにこと笑みを浮かべて、そっと男の子の手を取りその場に立たせる。一体どんな大層なお願いなのだろうか、と平良は本日の手作り菓子、芋羊羹をのせた黒い皿を手に、途中からその様子を見ていた。


「とりあえず、事情を聞かないことにはこちらも動けない」


 梓朗は座ったまま動く気はないらしく、横長の長椅子に腰掛けたまま、小さな客人に抑揚なく言う。今だ! と平良は前に出て、少し傾いている長机の上に皿を並べた。さつま芋を使って作った和菓子だが、なかなかの自信作である。


 先に可愛らしい小さな客人の前に、次に梓朗の前に並べた。それに続いて、識がお盆にお茶を乗せて運んで来る。一歩踏み出す度にカタカタと茶碗がぶつかり合って、ちょっとずつお茶が零れているのが想像できた。


 紫紋は「後は俺が」と真剣な眼差しでゆっくりと進んでくる識からお盆を預かると、そのまま芋羊羹がのった皿の横に並べる。紫紋に促されて大人しく座った男の子の横に膝を付き、にっこりと満面の笑みで平良は見上げた。


「口に合うかわからないっすけど、良かったら食べみて?」


 現世うつしよにいる自分の弟とその男の子を重ね、なんだか懐かしい気持ちになる。実の弟の方は十歳で、この子よりずっと大きいのだが、その可愛らしさは通ずるものがあって、少しでも喜んでもらいたい気持ちになる。


 男の子は目の前に出された長方形の黄色い物体を、困惑した表情でじっと眺めている。紫紋から聞いたが、普通の羊羹は砂糖をたくさん使うので高級品らしい。芋羊羹は砂糖というよりはさつま芋の割合の方が多いので、節約できたと思う。


 梓朗は皿に添えられた黒文字くろもじ(お菓子に添える楊枝)を手に取り、芋羊羹をひと口分切り分けると、そのまま刺して躊躇うことなく口に運んだ。その途端、黒文字を人差し指と親指で抓んだまま、見たこともないようなキラキラした瞳で、芋羊羹がのった皿を見つめだす。


(弥勒さん、芋羊羹、気に入ってくれたみたいっすね。ものすごく可愛い顔してる! 言ったら殺されるから言えないけど!)


 平良は心の中でよし! とガッツポーズをする。

 それを見た男の子も、真似をするようにゆっくりと黒文字を動かし、ひと口分だけ切り分けると、突き刺して恐る恐る口元に運んだ。そして、瞼をぎゅっと閉じて口の中に入れる。


「甘くておいしい! こんなの初めて食べましたっ」


「その笑顔が見れて、俺は満足っす!」


「あ、あの······これ、持って帰っても良いですか? 食べさせてあげたい子がいて。その子、今、ものすごく落ち込んでいて。これを食べたら、少し、ううん、たくさん元気になると思います!」


「もちろん! あ、それは君が全部食べていいっすからね? お土産は別に包むから、遠慮はなしっす」


 ありがとう! と元気になった男の子の笑みに癒される。そういえば、この子ってどんな妖なんだろう、と今更ながら平良は疑問を持つ。見た目が普通なのが一番困る。


「で、依頼の内容は?」


 皿の上の芋羊羹を最速で食べ終えた梓朗は、何事もなかったかのように本題に入る。あのキラキラしていた瞳は、いつもの濃い紫みのある青色の冷ややかな左目に戻っていた。


「はい、実は······」


 男の子は袖から布を取り出し、長机の上に置く。何かが包まれているだろうその白い布の中身が、机に置いた時にことんと音を立てる。何か硬いモノのようだ。布を開き、包まれていたモノが現れる。


 皆がそれを覗き込むように周りに集まり、その状態にそれぞれ口を開く。


「······壊れた髪飾り?」 


「見事に壊れているね、」


「赤い牡丹の髪飾り······だったモノ、でしょうか」


 梓朗、紫紋、識の三人が三人とも、「これはどうやっても直すのは不可能だろう」と心の中で呟く中、


「これくらいならなんとかできるかも」


 平良はうーんと顎に手を当てて、もはや原型をほとんど留めていない"牡丹の髪飾りだったモノ"の残骸を見て、明るい声でそう言った。


「本当ですか!? どの職人さんにも店先で断られてしまって······でも、どうしても直してあげたくて! 弥勒様ならって、」


 確かにここは万事屋だが、梓朗はなんでもできるわけではない。

 いつもならその手の依頼は断るのだが······。


「ちょっと待て。できるかどうかわからないのに、勝手に依頼を受理するな」


 梓朗は平良が「できるかも」と言ったことに、眉を顰める。幽世かくりよの職人たちは、かなりの腕の持ち主たちなのだ。それらが見ただけで「無理」と言ったものを、ただの雇われ給仕がどうにかできるわけがない。


 確かにあの時破られた、この椿の模様が描かれた黒い羽織の袖は、破られたとは思えないくらい完璧に繕われ、毎日出される食事は安い食材を使っているにもかかわらず最高に美味しい。掃除や誰もやらなかった事務作業も完璧で、それに関してはかなり評価しているつもりだ。


 最初は警戒していたあの人見知りの識でさえも、この数日で平良に懐いている。


「ああ、ええと、俺の特技。自己紹介の時に遮られてそのままだったんすけど、」


 頬を掻きながら、ここにやって来た数日前の事を思い出して、あはは、と苦笑いを浮かべた。


「俺、昔から変な能力があって」


「変な、能力?」


 梓朗は怪訝そうに眼を細める。そもそも存在自体が変だが、それ以上に変なことなどあるだろうか。


「壊れたモノを、元に戻す? 修復する能力っす」


 は? とその場にいた者たちが一斉に首を傾げる。


 平良は「まあ、そうなるっすよね····」と肩を竦めた。現世うつしよでも家族しか知らない、不思議な能力。母親にも「他のひとたちには絶対に秘密よ?」と言われていた、能力。



 幽世ここでなら、そんな不思議な力も、きっと驚かれないだろうと思ったのだか、どうやらそうでもないようだ。



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