二、愉快な仲間たち



 あれからずっと無言の少女に連れられ、平良たいらはその後をついて行く。二階建ての長屋のような街並みが続く中、急に裏道に入り、どんどん薄暗く狭い路を選んで歩いて行く少女に不安を覚える。そうは言っても土地勘の全くない、ただの高校生である平良たいらは文句を言う筋合いもない。


 あの大通りの賑わう声がどんどん遠のいていき、やがて声すら聞こえなくなる。代わりに、淡い橙色の光がぽつぽつと目に入って来る。


 屋根に吊るされた飾りのついた小さな灯篭の灯りだった。その先に古くも風情のある立派な店が建っていた。裏長屋の中では目立つ造りで、上の方には看板も付いている。


華鏡はなかがみ堂?」


華鏡かきょう堂だ」


 少女は冷たい視線をこちらに向けて言い直す。濃い紫みのある青色の左眼に、橙色の灯りが映り込んで、また何とも言えない色を浮かべている。少女は平良たいらよりも年下にも見えるが、同じくらいと言われても違和感はない。


「おかえりなさい、弥勒みろく様」


 視線を戻した途端、今まで誰もいなかった場所にひとりの少女が現れる。見た目は十二歳くらいの可愛らしい少女。肩くらいまでの青銀髪。その右側に付けられた、蝶の髪飾りが特徴的だった。


 物憂ものうげな表情にはとても目立つ金色の瞳。赤い紐飾りが付いた黒い異国風の上衣は、肩の部分だけがむきだしになっている。帯は金の装飾が付いており、下衣は膝丈のスカート状の衣裳を纏っていて、足元は黒い沓を履いていた。まるでスマホゲームの中から飛び出てきたかのような、不思議系美少女の登場に、平良たいらはもう驚くまいと心に決めた。


しき、お前が待望していた給仕だ。料理も裁縫も得意だそうだ」


「······このひとが?」


 物憂げな表情が一変、怪訝そうな顔に変わる。まるで汚いものでも見るような眼で見てくる少女に、平良たいらは苦笑いを浮かべた。


弥勒みろく様、その袖······、」


「その代償にタダ・・で給仕をしてくれるそうだ」


 しき、と呼ばれた少女は、主らしき弥勒みろくという名の少女の破けた左袖と、平良たいらが握りしめたままの袖の切れ端を交互に見て、あからさまにむっとした表情になる。それに気付いた弥勒みろくが、しきの頭に手を乗せてぽんぽんと軽く弾ませる。


「気にするな。本人が繕って直すと言っている」


「だって、その羽織は······、」


 頬を膨らませて何か言いたげに平良たいらを見上げる眼は、羽織を台無しにした者を責め立てているようにも見える。


「お前、名は?」


「あ、えっと、俺は鷹羽平良たかば たいら。十七歳。特技は、」


平良たいら、お前はここがどこで、自分がどういう状況か解っていないだろう? 中でゆっくり教えてやるから、心して聞くんだな」


 自己紹介を途中で遮られ、しかも不穏なことを言う弥勒みろくという名の少女に、平良たいらは呆然と立ち尽くす。なんとなく、なんとなくだが、ものすごく嫌な予感はしていたのだ。


 だって、この状況は、最近のアニメや漫画で良く描かれている状況に似すぎていて。まさか、そんなことあるわけないよな······と笑って誤魔化す余裕はもはやない。ただ少し違うとすれば、よく描かれる王道モノ、例えば西洋的な世界観とはまったく違う、和風。なんならタイムスリップ感さえある、この江戸風の街並み。


 周りにいるのは人外か、ひとの姿だが人外の美しい少女がふたり。後はなにが来ても驚くまいと平良たいらは決意を新たにする。


「あ、梓朗しろう、おかえり。その少年は······なんか色々残念だったね。ごめんね、慰めの言葉が見つからなくて」


 がらっと音を立てて「華鏡堂」の扉が半分開く。

 その隙間から、二十代くらいの青年が顔を見せるなり、「ご愁傷様」と残念そうに告げた。新たに目の前に現れたそのひとは、背中までの長さの灰色の髪の毛を、赤い髪紐で括っていて、黒い上衣、黒い袴を纏っている。


 百人いたら九十九人が優しそうな雰囲気と印象を受けるだろう、2.5次元俳優風の素敵なお兄さんだった。平良たいらが思わず握っていた袖を落としそうになったのは、言うまでもないだろう。

 



******



「ええっ!? 弥勒みろくさんって男だったんすかっ!?」


「ここまで聞いて感想がそれかい? まあ確かに梓朗しろうは綺麗な顔をしているから、よく間違われちゃうんだけど。本人はそれをすごく嫌がるから、可愛いとか美人とかは禁句だよ」


 すでに自分が、その禁止用語を言ってしまっていることに、青年は気付いていないのだろうか?


 平良たいらは後ろから突き刺さって来る、氷のような鋭く冷たい視線に振り向けずにいる。逆に言っている彼には、当然その姿が見えているわけだが。


紫紋しもん······お前、わざと言っているだろう?」


 ひくひくと口の端を引きつらせながら、ここの店主である弥勒梓朗みろく しろうが、平良たいら越しに三上紫紋みかみ しもんを睨みつける。


 紫紋しもんは二十代前半くらいの容姿をしており、いつもにこやかで爽やかな青年という感じである。一方、少女のような秀麗な顔立ちの梓朗しろうは、名前とその姿がまったく合致しない。


「たしかに胸はぺたんこだなぁって思ってたんすけど、そういうのって人それぞれじゃないっすか。だから、まさかその顔と姿で男だなんて衝撃的な事実、一番驚くに決まってるっすよ!」


 その言葉に、しきは思わず自分の平らな胸に視線を落とす。


「あはは。まあ個人の見解はさておき、ここがどういう場所で、君が今どういう立場かは理解できた? こんな俺でも最初は人並みに戸惑ったけど、君は大丈夫かい?」


 詳しい事情は知らないが、この三上紫紋みかみ しもんも同じようにこの幽世かくりよと呼ばれるセカイに転移してきたらしい。しかも江戸の頃に。江戸時代にこんなイケメンがいたとは······と、平良たいらは感動するところが少しずれていた。


 ここは異世界というか、幽世かくりよという、境目が曖昧なセカイ。永久に変わらない神域で、ひとならざる者たちの国なんだそうだ。現世うつしよと呼ばれる、所謂、現実世界があるとして、それとはまったく別の空間、別のセカイらしい。永久という意味から、死後のセカイでもあるともされている。


 けれども、ここの空間はそれとはまた少し異なるらしく、この幽世かくりよに存在するのは、大通りを行き交っていた妖怪たちや八百万やおよろずの神々、滅多に姿を見せることはないが、他にも龍神やら有名な神様やらが存在しているらしい。


 つまり、ここに存在している時点で、その者はもはや生きたひと・・ではないのだ、と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る