第47話 洗脳
―――― 2025年11月10日 8:15 ――――
目覚めた彼の寝顔に、微笑みが零れた。昨晩は、恵美さんの干渉もなく、平和な夜を過ごせた。しかし、未だ問題は残っている。彼の洗脳に関する謎を解き、目的を果たすためには、彼の行動に注意しなければならない。私は、彼に接触する相手がいないか調べるつもりだ。午前中には自分の講義もあるが、今は拓弥さんのことが優先である。
私は、着替えて朝食の準備に取りかかった。彼は卵料理やベーコンが好きなので、冷蔵庫から食材を取り出し、調理を始めた。過去に何度か料理に挑戦していたが、今回は拓弥さんのために一生懸命作ることにした。自分だけのためと、誰かのために作るとでは、気持ちの入れ方が全く違う。朝食にはベーコンエッグ、サラダ、ご飯、そしてお味噌汁を用意した。
ベッドサイドに移動し、彼の頬にそっと口づけた。彼の重い瞳には、ようやく光が宿り始めた。
「ん…んー!おはよう。真由。」
「おはよう。拓弥君。」
久しぶりの恋人気分に、私も心が高揚した。彼は素早く身支度を整え、私たちはダイニングテーブルに向かって座った。朝の光が差し込む中、私たちは二人で朝食を楽しんだ。
「真由。美味いな!見栄えも素晴らしいけど、味も最高だ。何か急に上手になってない?」
「あ…そ、そうかな。でも喜んで貰えて嬉しいよ。」
(この頃から10年以上も作り続けてきたから、上手くなっているのも当然なんだよね…。なんて流石に言えないけど。)
私は、拓弥さんの満足そうな表情を見ながら、幸福な感情に満たされていく。彼の充実感を分かち合うことができた喜びが、私にも生まれたのだ。その後、二人は仲良く後片付けをしてから学校に向かった。
―― 10:30 機械工学概論 講義 ――
拓弥さんと私は、別々の学部に所属しているが、講義の時間帯は同じだったため、一緒に向かうことになった。拓弥さんは、機械工学概論の講義があった。私には関係のない分野だが、拓弥さんの監視のために自分の講義を無視して参加した。一番目立たない出入口側の隅の席に座り、授業を聞いている。
拓弥さんは、最前列に一人で座り、講師の話に熱心に耳を傾けていた。彼は、ロボット開発の企業に勤めることが夢だったので、心構えが他の方とは違うことを知っている。私も最初は、話をしっかりと聞いていたが、分野外の内容だったため、完全に理解できず、頭に入ってこなかった。
―― 12:00 ――
「拓弥君!」
生徒たちが授業終了の合図とともに部屋から次々と流れ出ていく中、私は後方で待ち構えていた。拓弥君の視線が私に注がれた時、私は直ちに彼を呼び止めた。90分という漫長な授業は、私にとって辛い煉獄であったが、終了の笛が鳴り響いた瞬間、満足そうな表情を浮かべる拓弥を見つけた。
「おいおい、真由。お前がここにいるなんて、全然気づかなかったぞ。」
「拓弥君がどんな授業様子をしているか気になって、ちょっと後ろから観察していただけです。」
「ふぅん…。」
ぺちっ…。
「 拓弥君、痛いっ!」
その瞬間、私はデコピンを食らってしまった。
「自分の講義にちゃんと参加しなさいよ。もし、一緒に卒業できなかったらどうするんだよ。」
「はい、ごめんなさい。でも、一緒に食事しない?」
私は、朝早くから準備していたお弁当を掲げて見せた。
私たちは、学食の外にあるテラスに移動し、お弁当を広げた。拓弥君の冷蔵庫の中の食材が心もとなかったが、主婦のテクニックを駆使して、見た目とボリュームは充実させた。
「おぉ。いつの間にこんな…。それに、朝も思ったんだけど、前より確実に料理の腕が上がってないか?」
「ふふふ。恐れ入ったか。」
「ははぁー!」
拓弥さんも満足そうに、お弁当を褒めた。大学時代は、勉強で忙しく、あまりお弁当を振る舞う機会が無かったので今日は頑張って作って良かった。
私たちは、食事を楽しみながら色々な話をした。そして、午後の講義までの時間を、二人でのんびりと過ごすことにした。だが、そんな時に現れたのは、佐々木恵美さんだった。
「拓弥。ちょっといい?」
「どうかした?」
「ちょっと話があるのよ。来てくれる?」
恵美さんは、拓弥さんだけを連れてここから離れようとする。私は、何かが起こる予感がして、心配になった。
(このまま行かせてはいけない…。どうしよう。)
「真由、すぐに戻るよ。」
「私も行くわ!」
私も、恵美さんたちと一緒について行こうとした。だが、恵美さんは私に対して、厳しい表情を見せた。
「あなたは来ないでくれる?」
その言葉に、私は動揺を覚えた。何かが起こる予感がして、私は身構えた。
「真由。大丈夫だよ。」
拓弥さんに改めて言われてしまったので、私は大人しく引き下がることにする。
間髪入れずに、拓弥さんと恵美さんが再び戻ってきた。約2分程度のほんのわずかな時間だったが、私は不安が募るばかりで、心眼を使って拓弥さんが洗脳を受けていないかを確認した。
拓弥さんの周囲には、以前見ときのように、黒い霧のような物は見えなかった。しかし、よく見ると、拓弥のそばに表示されている文字は『洗脳』というものだった。この状況に落ち込んだ私は、思わず心の中で叫んでしまった。
(しまった…。この時にやられてしまったのね。)
一方、拓弥はまるで普段通りの様子で、微笑む顔はいかにも平和的なものだった。彼は、ほんの僅かな時間なのに洗脳状態にさせられてしまったのであった。
「真由、大丈夫だったよ。」
「真由さん、彼氏を借りてしまって悪かったわ。」
(拓弥さんの様子は、普通ね。洗脳を受けているはずなのに…。やはり、前に見た黒いもやのような物が関係しているのかも知れないわね。)
「真由さん?どうかしたの?」
恵美さんの声に気づかずに、自分の思考に没頭していた。しかし、その静けさは、彼女が話しかけてきた瞬間に一瞬で打ち砕かれた。
「あっ、ごめ…え?」
と口ごもる私だが、その直後、黒いもやのような物が恵美さんの周りに現れた。驚愕の中、私は彼女を見つめた。それは、まさかと思うようなことだった。
しかし、私は決して諦めず、心眼を開いて彼女を見つめた。すると、彼女の近くに浮かび上がる文字が自然と目に入った。私は、慎重にその文字を確認して驚愕した。そこには『洗脳』という衝撃的な文字が表示されていたのであった…。
―――― to be continued ――――
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