第27話 その声は誰のために


スピリトゥス天よ守護せよ!」



 

 静寂の中、とっさに出たエリシアの声は、鈴が鳴り響くかのように高らかに響き渡る。


 


 そして、その声とともに、空に大きな魔法陣が輝き、テオドールたちを飲み込もうとしていた大波が根元から凍るかのように固まった。


 

 しかし、よく見ると、波は固まっているのではなく、テオドールたちの方にのだ。


  

 敵兵は、想定外の様子を見て、今度は岩をまるで大砲を打つかのようにテオドールたちに向かって落とし始める。



「アンニヒリッシュ ――消滅!!」


 岩は粉々になったかと思えば、消え去った。

 


 自分が自分でなくなったかのように、エリシアの口はひとりでに魔法を紡いでいく。


 (わかる…………なぜか魔法がわかる…………の……)


 



 ―――――――――――――――――――――――



 もうだめか、と覚悟したところだった。

 


 有名な巨大なダムの崩壊。

 防御壁の魔法が展開できない軍。

 ふと、目に留まった赤い布の巻かれた鉄格子から覗く、シアの見開かれた目。


 

 ――――これは死ぬな…………そう思った。


 

 最後にシアと目があったのは、神からの最後の慈悲かとさえ思えた。

 

  あの声が響くまでは。



 ずっと聞きたかった彼女の救いの声――その声は文字通りテオドールたちを救ってくれたのだろう。



 これほどのダムの水を止めることは、軍の防御壁でも不可能だった。事実、マリスは失敗している。


 なのに、魔法が使のエリシアが、巨大な魔法防御壁を瞬時に作り出した。


 味方の兵は、エリシアの術のおかげで体勢を立て直し、北の砦はもう落ちたも同然だ。

 砦の敵兵たちはすでに多くが力尽き、砦の門もすでにこちらの味方によって開け放たれている。

 


 状況を一瞬で全て変えた――――彼女の魔法。



 味方も敵も、気づいただろう。


 ――――この巨大な魔法陣とそれが引き起こした魔法現象は異常だと。

 


 そして、これが意味することは――――――



 


「ありがとう…………シア。……だけどっ……………………。」


 (できれば、俺は君にを使って欲しくなかった。)

 



 ――――なぜなら、わざわざを封じたのは俺だから。

 

 君には死んで欲しくない。

 君には幸せになって欲しい。


 だから、封じたのに…………。





 ―――――――――――――――――――――――


 少し離れた本陣で、リステアード侯爵は一部始終を見ていた。


(おそらく、あれは――――シアの――魔法だろう。)


 

 

 別に、なにか特別な魔法というわけではないが、魔法陣の展開の速さ・魔法の規模・精密さ――――それらすべての要素が、平凡なはずの魔法を驚異的なものにしている。


世に出ると、混乱を招く代物になりかねない。

 


 

 7年前の、あの一年もかかった長い反乱の終わった最後の日――――激しい雨が降る森の中で、足が折れながらも懸命に生き延びようとしていた少女ことを思い出す。


(…………ずいぶんと時が経つのが早く感じられるな…………)

 

 を倒したあとの、血塗られた剣を持って、その少女の救出に向かった侯爵。公女を殺しに来たのだと勘違いされて、その少女に目の前で気を失われたのも覚えている。


 しかし――――少女のその後の行方は侯爵もという。

 

 その少女は大陸一の魔法の使い手だった。




 「侯爵……。」


 そんな回想にふけていたが、部下の声で現実に意識が引き戻される。

 ここは戦場なのだ。

 思い出を味わうのはまだ先の老後でいい。

 

「侯爵、テオドール殿下からこちらの伝言が…………。」


 部下に渡された、小さく折りたたまれた文を丁寧に広げる。


 

(巨大ダムの故意的な崩壊。北の砦の敵兵の増員。隠密魔法の不完全。)

 


 「やはり………………。」


 「どうかされましたか?」



 「味方に、裏切り者が必ずいるはずだ。

 あまりにも序盤のこちら側の動きが読まれすぎている。

 今回はシアのおかげでなんとかなったが、次からもそう上手くいくとは思えない。

 早々に見つけ出せねばな。」



 テオドールからの文には、赤字で『裏切り者は×××』と書かれていた。



 「……ほお。

 女性に助けられているだけかと思えば、意外とやるではないか、小僧。」


 侯爵はにやりと笑って文を燃やした。



 

 

 

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