第8話 執着心
「婚約の申し込みを取り下げ!? そんな馬鹿なことがあってたまるか!?」
執務室に入ると、珍しくお兄様が執事に怒鳴っていた。八つ当たりのようだ。
「何事ですか?」
「昨日、100ほどきていた婚約の申し込みのすべての方が皆、辞退すると」
目の前には、昨日と違う、また別の手紙が山のように積まれている。
「婚約を申し込んでくれた方々、全員取り下げということですか?!」
「ああ、そうだ。普通あり得ない……」
一日で、全員が辞退なんておかしなことはきっと“誰かが介入している”こと以外あり得ない……
(誰が……?)
もう王太子の婚約者でない私に介入することでのメリットなんてないと思うけど……
私に直接恨みがあったり、私が婚約すると不都合な人でもいるのか……
もんもんと考える私とお兄様の前に、ツカツカとお姉様がやってきて、私をギュッと抱きしめる。
「誰に脅されたのか知りませんけど、一度婚約を申し込んでおきながら辞退するなど、殿方の風上にも置けないですわね! もういいですわ。
私が成人の儀にシアをエスコートしますから!」
「アイリス……君は男じゃないんだから……却下。」
――――――――
「もう一度聞く、お前たちは何をしていたわけだ? 早く答えろ。」
かび臭い王城の地下牢の一角、そこにはとある3人の小汚い男たちが捕らえられていた。
そこでは、王太子の命令で、とある一人の男が尋問をしているところだった。
「フィル、いったん休め。」
「……ふぅー、殿下。わざわざご自身がこちらにお越しにならくても……。」
「時間が惜しい……。この件は時間との戦いだ。それより、あの男は見つかったか?」
転移魔法で瞬時に執務室に移動する。
防音魔法もついでに重ねがけしておく。
「諜報員が手掛かりを少し見つけたと……。」
この男の名はフィル。王族に代々忠実につかえる家の次男で、主人のわがままに付き合わされている憐れな人間の一人である。
「諜報員の話によると、旧――領地内の地下道の一角で再起を図っているとのことですが、まだ動きはないと。」
「地下道の一角……そういえば、武器庫と宿屋が地下道街にあったはずだ。」
「……わかりました。工作員に伝えておきます。」
「ああ、頼んだ。絶対に阻止しろ。あれはエリシアの――――なんだからな。」
ソファーにドカドカと座り、擦り切れた布に包まれた物を指の腹でこすりながら、7年という時を考える。
「なぜ、奴は今更……」
あの――――男。
「そこまではさすがの工作員もわかっていません。
この国の反乱や戦なんて、今も、昔も明確な1つの理由で片付けられないですから。
……それから殿下、殿下のお使いで疲れ果てた私はいつまで突っ立っていればいいんでしょう?」
「すまない……座れ。」
そう言って、対面のソファーに腰掛けるように促す。
「私も、さすがに少し疲れたな……」
「7年もまえから計画を練っていた殿下は尊敬に値します。」
「…………べつに。」
強力な魔力をもつ人間は、感情が自然と魔法となって発散されることがある。
現に、動揺でなのか、わずかにカーペットが波打っている。
「そうですか。では、私は頼まれていた仕事をするので退出します。」
書類を脇に抱えて扉に手をかけるフィル。
突然、何かを思い出したらしく、振り向いた。
「あ、それから殿下。今日の深夜2時ごろ、100枚もの王命書用の紙が、王城の製紙室からなくなったそうなのですが、何か知りません?」
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