第24話 手袋
真理さんは会わせたい人がいると言って0番街の休憩所『まちの駅』へやってきた。裏通りであんなことがあったばかりで少し不安だったが、表通りは人も多いので大丈夫だろう。
「騙り部ちゃん。あなたはどうしてあそこまで気づくことができたのかしら?」
日に二度も泣いたせいで目が真っ赤になっている真理さんが尋ねてくる。
「聞いたからです」
「聞いた? 誰に?」
「妹さんですよ」
「……バカ言わないで。妹はもう、死んでいるのよ。死人に聞いたっていうの?」
大きなため息をついて怒ったように顔を背けてしまう。
それでもどこか期待するように横目で様子をうかがっている。
「ふふふ。騙り部一門はこの街で起きる奇怪な出来事を解決することを生業としているんです。だから幽霊や怪異を見たり話したりすることができるんですよ。そうだよね、誠実?」
急に賛同を求められて驚いたが、なんとか平静を装ってうなずく。僕には霊感なんてないし、化物を見たこともないけれど、師匠がいるというならいるのかもしれない。それに、感心した様子で話の続きを待っている真理さんを見たら否定できなかった。
「妹さんは守護霊として真理さんのそばでいつも見守っています。夜になると急に眠くなることがあると言ってましたね。それは妹さんが心配して休ませようとするからなんですよ」
実際は第二の人格のマリさんのおかげだが、寛大な彼女なら笑って許してくれるだろう。
ちゃんと二人とも救う解決方法を選んだのだから。
もしもなにか苦情があるのなら夜にでも会いに来てくれると信じている。
その時は、三色だんごと緑茶をごちそうしようと師匠といっしょに計画している。
「そんなはずない。わたしは妹を見殺しにして今ものうのうと生きている悪い姉なのよ」
「それなら私は毎日のように人を騙して生きている悪い女ですよ」
真理さんは初めて会った時のようにきょとんとした顔を見せた後、困ったように微笑む。
「あなたは左手の能力を使って死にたいと言っていましたよね。でもそれは守護霊の妹さんも殺すことになります。あなたは、大切な妹さんを二度も殺そうというのですか?」
真理さんはビクッと体を震わせて背後や左右を何度も見まわす。だが真理さんの目には守護霊が映らない。
しばらくして諦めたのか、残念そうな顔でこちらに向き直った。
「誠実。例の物を出してくれるかな」
師匠がわざとらしく目配せする。
僕は紙袋に入っているリボンが巻かれた贈り物を渡す。
真理さんは不思議そうに見つめた後、包装を解いて中身を取り出す。それは革製の手袋だ。本来なら左右セットだが、ここには左手用しかない。
僕はわざとらしく咳払いをしてから用意してきた説明を述べる。
「これは騙り部の力が込められた特別な手袋です。もしまた能力を使いそうになったらこれをはめてください。そして相談者の話をしっかり聞いてください。大丈夫ですよ。左手の能力に頼らなくても、真理さんに話を聞いてもらって救われている人はたくさんいますから」
これには特別な力なんて込められていない。ただの手袋だ。
師匠曰く、真理さんに本当に必要なのは気休め。痛いの痛いの飛んでいけというおまじないや
「それでもまだ能力を使うというのなら私に会いに来てください。なんとかします」
師匠は満面の笑みを浮かべて右手を差し出す。
真理さんは俯いて涙をハンカチで拭いた後、晴れやかな表情で握手に応えた。
「ありがとう……本当にありがとう……」
僕の目には、真理さんとマリさんが並んで立っているように映っていた。
真理さんの携帯端末から音が流れ出してから慌てて外へ出る。
おそらく僕たちに会わせたいという人がやってきたのだろう。
一息ついたところで自分の過ちを思い出す。
師匠が騙っている最中に余計な口を挟んだせいで流れを悪くしてしまったことだ。アレがなければもっと自然な形で話を持っていけたのに。
「ちょうだい」
また幻聴がする。以前にも聞こえた幼い声だ。
僕は頭を振ってなんとか気持ちを静める。
師匠も疲れているのか、机に顔を伏せて休んでいる。長い黒髪はだらりと下がっている。
「さっきは騙りを邪魔してしまって……本当にすみませんでした」
師匠が顔を伏せたまま質問してくる。
「ねぇ誠実。もしも病気で寝込んでいる人の容態を確認するとしたら……なにをする?」
突然なんだろう。真理さんと妹さんの件はもう解決したはずなのに。
「大丈夫かと話しかけて、それからおでこに手を当てて熱を……」
その瞬間、あることが思い浮かぶ。
どうして僕はこういう時に限って察しがいいのだろう。
気づきたくないことにいち早く気づいてしまう。
悪癖とわかっているのに考えてしまう。
病人の容態を確認するなら普通は、おでこに手を当てて熱を測るのではないか。
だが妹さんは手を握った。
師匠は元気づける行為と言ったけれど、本当にそうなのか?
妹さんは、手袋を脱ぐ直前に真理さんに手を掴まれてしまったのではないか?
もし真理さんに手を掴まれていなかったら……。
もし手袋を脱ぐことができていたら……。
妹さんはどちらの選択肢を選んでいただろう。
額に手を当てるか、手を握るか。
助けを求めていなかったのか、求めていたのか。
妹さんの死の原因は事故だったのか、それとも自殺だったのか。
果たして真実はどちらだろう。
僕は思考を打ち切るように首を振る。
これ以上考えても誰も幸せになれないと思ったから。
結局のところ妹さんはなにをしたかったのか。
本当のことは誰にもわからない。
たとえ師匠の五感をもってしても亡くなった人の嘘を暴くことはできない。
可能性はいくらでもある。それこそ考えれば考えただけ答えが見つかってしまう。
しかし正解なんて見つけられない。
なら僕は、嘘でもいいから幸せな答えを支持したい。
それが人を幸せにする優しい嘘をつく騙り部一門の教えだから。
「騙り部ちゃん。誠実くん。あなた達にお話したいことがあるんだけど、いいかしら?」
真理さんが急ぎ足で戻ってきた。
背後には小柄な少女が隠れるようにして立っている。
師匠はゆっくり立ち上がると、何事もなかったかのようにあいさつする。
「やあやあ、こんにちは。私は騙り部。嘘しか言わない騙り部。
この街で起きる奇怪な出来事を嘘で解決する騙り部一門に所属しているよ。
ふふふ。また会ったね、坂爪日佐子さん」
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