第17話 窮地
真理さんの能力の恐ろしい代償を知り、マリさんから救ってほしいと頼まれて数日経った。学校が終わるとすぐに0番街を訪れるが、真理さんはしばらく姿を見せない日が続いていた。
もしや自宅で倒れているのではないかと心配したが、休憩所『まちの駅』の従業員には休むという連絡があったと聞いてホッとする。
子どもたちも真理さんの復帰を待ち望んでいるらしい。
それに関しては僕や師匠も同じ気持ちだ。
一刻も早く渡したいものがあるから。
「でも、本当にこんなもので騙されてくれるでしょうか」
「大丈夫だよ。きっと泣いて喜んでくれるよ」
僕の手には紙袋があり、中には綺麗なリボンで包装された贈り物が入っている。
本当なら依頼された翌日に渡すつもりが、真理さんに会えずに今も手元にある。
今日明日にでも死んでしまう恐れがあると脅されたからすぐに準備したけれど、こう何日も会えないとは思わなかった。
もしかすると僕らに早く行動を移させるための
「ねぇ誠実。あげパン食べたい」
「ダメですよ。仕事を先に済ませてからにしましょう」
目を離すとふらふら裏通りへ行ってしまうのでしっかり手をつなぐ。
美しい女性と手をつないで歩けばデート気分を味わえると思っていたが、今の僕は勝手に歩きまわる子どもを連れて歩く親の気分だった。
「誠実には言ってなかったけど、嘘がわかる能力には代償があるんだよ」
「え? どんな代償ですか? 教えてください!」
「実は一日一個あげパンを食べなければいけない体なんだよ……」
「一日二個以上食べてるじゃないですか」
師匠は舌をペロッと出して子どもっぽい笑みを浮かべる。
僕は苦笑することもできない。
「お言葉ですが師匠……僕はなにか恐ろしい代償があるのかと思って本当に心配したんです。騙り部がつくのは優しい嘘のはずです。人を悲しませる嘘はつかないでください!」
思わず本音が出てしまった。
師匠が傷ついたり死んだりするのは嫌だ。絶対に嫌だ。
それなのに師匠は、いつものようにニヤニヤ笑って言い返して……こなかった。
「ごめんなさい……」
珍しく素直に謝ってきた。
さっきの嘘はよくないと自分でも反省したのかもしれない。
「わかってくれたらいいです。それより早く……師匠! 見てください!」
視線の先に0番街裏通りの路地に入っていく男たちの姿が。いずれもガラの悪そうな奴らだが、それよりも気にかけるべき人物がいたのを見逃さなかった。
本を抱えて歩く小柄な女性。不良とは縁がなさそうなまじめで優しそうな人がいたのだ。
「真理さんを助けに行くよ!」
言うが早いか師匠はすでに動き出していた。
急いで真理さんと男たちが入った路地の前まで来たが、彼らの姿はどこにも見当たらない。
「すみません。もう少し気づくのが早ければ……」
「誠実が謝ることじゃないよ。私も気づくのが遅かった」
遠くからでも男たちの顔はよく見えた。クラブで薬を売りさばいていた奴らだ。
あれからまだ日が経っていないのに、もうこうして悪事を働こうとしている。やはりあの時、聞き出しておけばよかったか。自分への怒りや情けなさがふつふつとわいてくる。
「めんどくさいなぁ」
「誠実? 大丈夫?」
「僕一人で行きます。危ないから師匠は待っていてください」
紙袋を渡してすぐに走り出す。背後から呼び止められる声は聞き流した。
入り組んだ道を縫うように走りながら周囲を見まわして耳をそばだてる。それらしい人はいないし、奴らの声も聞こえてこない。真理さんらしき女性の悲鳴が聞こえてこないのは不幸中の幸いだ。
0番街の表通りにあるのが食品スーパーや薬局、ラーメン店やパン屋などの年齢性別問わず誰もが利用できるような店。一方、裏通りにはスナックやバー、クラブなどの大人だけが入る店が多い。しかしこの時間帯はどこもシャッターが閉まったままになっている店が多い。
どこにも隠れる場所はないはずなのに、あいつらはどこへ行ったのか。
このまま動き回っていても意味がない。
足を止めて奴らがいそうな場所を考える。
いくら裏通りが入り組んでいるといってもそう簡単に隠れる場所はない。店と壁の隙間も注意して見るが、子どもでもかくれんぼの隠れ場所には選ばないだろう。ましてや大人の男三人と女性が一人では余計に無理だ。
それならどこへ行ったのか。
女性を拉致するなら路地裏に車を隠しておき、無理やり乗せてそのまま発進するのが一番確実だと思った。だが、もしそうだったらすぐに警察へ連絡するほかない。
「くそっ!」
潰れたスナックの戸を叩くと、施錠されていると思っていた戸がゆっくり開いた。
もしかして奴らは、閉まっている店のどこかに隠れているのかもしれない。
手始めにこの店から確認してみよう。狭い隙間から体を滑り込ませるとすぐに戸を閉めた。すでに潰れた店なので中は暗い。当然、人もいないから静かだと思っていた。
しかし奥から話し声が聞こえてきたので息をひそめて耳をそばだてる。
「どこにやったんだよ! 早く渡せって言ってんだろ!」
「ははは! 吐け吐けー!」
「なにも知りません……ここから出してください……」
吐き気を催すほど耳障りな暴言と下品な笑い声。
それから弱々しい女性の声。
運がいい。ここが奴らのたまり場らしい。
戸を叩いた音が聞こえていないか心配だったが、うす汚れた看板にはスナックと書いてあったから防音設備が残っているのだろう。
このまま突入して真理さんを救いたい。
だが僕一人では奴らを倒せるはずがない。
怖い思いをさせて申し訳ないけれど、ここは一度外に出て警察に通報しよう。そうと決めたら気づかれないように静かに動き出す。
だが幸運は長く続かなかった。鼓膜を破りかねない派手な音と共に勢いよくドアが開く。
現れたのは、何度見ても見飽きることのない美しい顔の女性だった。
「師匠!」
ちゃんと待っていてくださいよ。そう言いたかった。
だが言えなかった。
なぜならナイフを持った金髪男が彼女の背後に立っていたから。
二人が入ると、すぐに戸が閉められてまた店内が暗くなる。
すぐに気づくべきだった。
あの夜いたのは大柄な男と髪を逆立てた男たちだけでないということに。
「ようクソガキ。この前はよくもやってくれたな」
フィクションの世界から飛び出してきたような不良の台詞そのもので笑いそうになる。
だがこの状況では笑えない。笑えるわけがない。
大切な女性が人質にされているのだから。
黙って金髪男を睨みつける。持っているナイフは果物でも剥くような小さくて刃の短いもの。それでも首に突き立てれば一瞬で真っ赤な血を噴き出せるだろう。
「おい! 聞いてんのか! この女がどうなってもいいのかよ!」
またしても不良らしい暴言が狭い店内に反響する。
その声を聞いた通行人が警察に通報してくれないかと思ったが、それは奇跡に近いことだ。0番街の裏通りを歩く人はほとんどいないし、ここは防音なので外には聞こえないだろう。
「その人を離せ!」
「あ? お前、自分の立場わかってんのか?」
「……その人を離してください。お願いします」
「嫌だね! バァーカ!」
こちらの願いは一笑にふされてしまう。
「おい! そこの女! 渡せよ!」
「え?」
金髪男が呼びかけてきた。真理さんは急なことで反応できない。
「俺たちから盗んだものを返せっつってんだ!」
「知りません……なにも知りません……」
「バカか? お前もここで死ぬか? おい、聞いてんのかてめぇ!」
「ひぃっ!」
真理さんは恐怖のあまり小動物のように頭を抱えて丸まってしまう。
知らないのも当然だ。
あの夜にあったことはカノジョしか知らないのだから。
しかし今ここにあの人はいない。
それでもなんとか打開策を見つけなければ……。
こちらからは手も足も出せない状況。
こんな時どうしたらいい。考えろ。考えるんだ。
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