第4話 見つけたものは
引き出しに手をかけた時、下着でも入っていたらどうしよう。
恐る恐るゆっくり開けると、中には替えのシーツや枕カバーが入っていた。
こんなところに日佐子さんの名前や姿がわかるものが入っているとは思えない。が、念のため中のものを取り出して確認していく。一枚一枚よく調べてみてもただの布でしかなかった。
「ん? なんだ」
出したものを入れ直して引き出しを戻そうとした時、変な音が聞こえた。
なにか引っかかったのかと思って手を入れて探ってみる。
ゆっくり手を動かしていくと小さなものに触れる。手に取るとカサッという乾いた音がまた聞こえた。指の感触からベッドの裏側にテープでなにか留められている。
テープを爪ではがしてつかみ取る。そのまま手を引いて見るとチャック付きの透明なポリ袋だった。
中には……白い錠剤が入っている。
「ッッ⁉」
声が出そうになるのを必死にこらえた。
呼吸が荒くなり脈拍が速くなる。
心臓の鼓動が痛いほど伝わってくる。
なんで?
どうしてこんなものがここに?
女子高生、いや一般人が持っていていい物じゃない。
この世にいたくない、死にたい、と思う人間のもとに名取は現れると師匠は言っていた。
日佐子さんが消えたのはこの薬が原因ではないのか。
これが普通の薬とは思えない。
薬はこんなポリ袋に入れないし、あんなところに隠す必要はないのだから。
おそらくこれは違法薬物や危険ドラッグと呼ばれるものだ。種類によって気分が
しかし薬には常習性があり、恐ろしい副作用もある。そのせいで気分が悪くなったり発狂したり、最悪の場合は死ぬこともあるらしい。
顔も名前も思い出せない同級生に対して怒りを覚える。
必死に努力して志望校に合格したのに、どうしてこんなものに手を出したのか。
受験が終わったことで燃え尽きてしまったのか。
優秀な兄に嫌味を言われて悲しんだのか。
日佐子さんが薬に手を出した理由や名前を取られた原因はなんなのか。
それはわからない。
ただ、今はこの薬のことを言うべきではない。
騙り部としての僕はそう判断した。
ポリ袋を隠してからゆっくりと周りを確認する。
陽介さんは戸の前に立ってこちらに背を向けている。
師匠はクローゼットの中にある下着を物色している。
「あの、なにしてるんですか?」
「なにって……日佐子さんを救うための手がかりを探してるんだよ?」
「それは知ってますよ。でも、どうして下着を……」
「下着に名前を書く人っているでしょ。日佐子さんはどうかなぁと思って」
「それは幼い子の話でしょう。高校生にもなって下着に名前を書く人はいませんよ」
「ふふふ。自分の常識や理屈にとらわれたらいけないよ。他人と自分は違うんだからさ」
驚いた。
他人の部屋で下着を勝手に漁る変態に常識を
「それより誠実。お宝は見つかった?」
急に聞かれて返答に困った。
うっかりポケットに手を伸ばしそうになる。
「いえ、なにも……」
嘘をついても無駄ということはわかっている。
だが、今この場では言いたくない。
「そっか。じゃあ、別のところを探してね」
どうやら見逃してもらえたようだ。
しかし、後でちゃんと話す必要があるだろう。
それを考えると気が重い。
陽介さんやご両親、警察にも話さなければならないかもしれないから。
僕は本棚から教科書を取り出す。さっきは自分の常識にとらわれて確認しなかったからだ。最初から最後のページまで名前が書かれていそうなところにはすべて目を通す。
大量の文字や数字、絵や写真などの情報が
だがその度にあの白い錠剤が思い浮かんでは消えた。その度にゾッとして作業に集中することができた。嫌な気つけ薬もあったものだ。
「そういえば陽介先輩。騙り部のことは、どこで知ったんですか?」
今もクローゼットの中を探している師匠が手を止めて聞く。
「この街に伝わる昔話だよ。小学校の道徳の授業で習わなかったかい? 昔話『
「すみません。聞きたいのは、誰から騙り部に依頼するように教えられたのか、です」
「それなら妹のクラスの名簿を確認していた時、ちょうど知り合いに会ったんだ。ぼくの顔を見て、なにか察したらしい。悩みがあるなら相談してくれと言ってきた」
陽介さんの両目には濃いクマがあるし、顔は青白いから気づけたのかもしれない。
「誰も覚えていない妹が消えたなんて相談できるわけない。でも、しつこく聞いてきた。どこまでも追いかけてくるから話してしまったんだ。そしたら0番街の騙り部に頼めって」
「ふむふむ。その人の名前を聞いてもいいですか?」
「君も二年一組なら知ってるんじゃないか。
それを聞いた師匠の笑みがほんの少し歪んだように見えた。
あまり怒りや悲しみなどの感情を表に出す人ではないのに珍しい。
「あの、紅葉邸ってなんですか?」
推理小説の舞台になりそうな怪しい屋敷のようにも聞こえるけれど……。
「君はこの街の……
陽介さんがじっとこちらを見ている。
「生まれも育ちも秋葉市ですが」
「この街の出身で紅葉邸を知らないなんて……」
呆れるような声だった。
そのうえ、信じられない、という風な視線を向けてくる。
「君も騙り部なら昔話は読んだことがあるだろ。それにも載っているじゃないか」
「いえ、読んだことがないです」
「君は本当になにも知らないんだな」
「すみません……」
「気にしなくていいよ。覚えていないことはこれから覚えていけばいいんだから。ね?」
こんな時、師匠はとびきりの笑顔で優しい言葉をかけてくれる。
それはありがたいしうれしい。だが同時に、情けなくて申し訳ないとも感じる。
「すまない。こんなの八つ当たりだってわかっているのに……」
陽介さんが謝罪してくれた。
本当に申し訳なさそうな声と表情をしている。
「謝らないでください。僕が物を知らないのは、その通りですから」
他に探せそうなところはないかと部屋を見まわしてベッドと壁の隙間に目を付ける。ここは物が落ちやすいし、気づかないまま何日も放置されていることが多い。
僕はマットレスをずらして隙間を広げて手を伸ばす。そのまま床に手を這わせながら少しずつ動かしていく。
「あっ」
なにか触れた。
ホコリや髪の毛のようなゴミとは明らかに違う感触。
それに音も聞こえた。
隙間を覗いてゆっくりと引っ張り出す。
床にはホコリや髪の毛がついていたが、木製の小箱は汚れていない。落としたのはつい最近なのかもしれない。
「なんでしょうこれ」
中身がなにかわからないので壊れないよう丁寧に扱う。
少しだけ傾けてみると中でカタカタと音がする。反対側に傾けるとまた同じような音がした。小物入れかなにかだろうか。
「やったね誠実! 宝箱だよ!」
「宝箱って……鍵が付いてるからですか?」
小箱にはダイヤル式の鍵が付いている。一から九までの数字が並んでいて四桁の数字を合わせれば開けられるはず。
しかし、鍵が付いているなら他人には見せたくないものや大切にしているものが入っているのではないか。
それでも師匠は一切の迷いなくダイヤルを合わせ始める。
陽介さんはなにも言ってこない。日佐子さん救出のために黙認してくれたのだろう。
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