策略家ばばあ
あのあと家に帰り、飯は遠慮した。腹がくちくなり、畳の上に腰を落ち着かせ、両腕を枕代りに寝っ転がると烏龍茶をたしなんでいるおばあさんにどうだったざますと聞かれた。
「旨かったっす」
圧力と義務を感じて仔細にその様子を説明、ついでに企画書と案内を見せた。
するとおばあさん、紙を眺めながら梅でも嘗めてるかのように口をすぼめてぼそぼそ呟き、聞えないので兎の如く聞き耳を露骨にそばだてると椀子蕎麦目玉焼き激辛チャースー麵鷹の爪アイスクリームなどと聞えてくる。そうして茶を啜り続けているから、ははあ喰い物が
「きょうは何を御召しになったんですか?」
「椀子蕎麦目玉焼き激辛チャースー麵鷹の爪アイスクリーム椀子蕎麦目玉焼き激辛チャースー麵鷹の爪アイスクリーム椀子蕎麦目玉焼き激辛チャースー麵鷹の爪アイスクリーム」
わてはおばあさんが参加すれば好いのではないかと画策した。おばあさんはなるたけ喰いまくって日々の食に対する鬱憤を晴らす。一方でおれはなるたけ今日の疲れを癒す。これ、良い案じゃないかしら。
「おばあさんおばあさん、予選、おばあさん参加しませんか。たんと喰えまっせ、椀子蕎麦目玉焼き激辛チャーシュー麵鷹の爪アイスクリーム。敗けたとしても損はありませんぜ、得だけが手許にごっそり残ります」
おばあさんは紙面を文字通り喰い入るように見つめて、それこそいまにも涎が出そうだったのに突然振り返ってむちゃくちゃに怒り始め、
「夫さ、おらガックリきますたね。おらのこすがゆうづうがきかねえマヌケちうことば、すっててえづめてえのか。こすのこと知っててわざとそんな厭味をゆうんだな。みそこなったよ」
おばあさんは手許の烏龍茶をぶち撒けようとした。しかし茶碗はからっぽで畳の上をビー玉のように転がっていった。
「くそ。おらだってなにも好きこのんでこんな阿呆づら下げてんぢゃないわ。えつもえつもひとから莫迦にされてされてされつづけてだまってえられるけえ」
おばあさんは卓袱台を引っくり返そうとした。しかし腰が莫迦だったので尻餅ついてかたつむりの綱引きよろしくびくともしなかった。
「くそ。えつもえつも鬱陶しいんぢゃ。家庭菜園ご苦労様ですだど。どれもこれも税がたけえから仕方なくすてるんぢゃないか人騒がせな。くそ。老人をみすてる気か。みごろすにするちまりか。いってえ日本にはどんぐれえの老人がえると思ってんぢゃ。二割七分以上ものろうずんがぬっぽんを占めでるんだど。わかうどの数なぞ屁でもねえわ。ろうずんたちが作物をそだててるんぢゃねえか。おまいら愚人どもはおらたつが死んだらえけてけねえことば知らねえにちげえねえ。ぐぞ。どうして年金がこんなに安いんぢゃ。どうして国のお偉方はあんなに無関心なんぢゃ。あんたらを信用すて選らんだんはおらたつなんだぞ。だったらおらたつのために一所懸命に働いたらどうぢゃ。おらたつはえってえなんのために税金をおさめてきたんだかわかりゃしねえ。ゔ、ゔゔゔゔゔゔわあああああああああああああああ。ぐぞおおおおおおおお。ころすでぐれえころすでぐれえ。おらはもう蓮っ葉なんだああ用済みなんだあああ。うわあああああああああああああああ」
次第に繰り言は泣き言に変ってしまった。老人というのはこんなに苦しい立場なのか。思わずわたしの胸の内から居たたまれずどうしやようもない苦しさがこみ上げてきた。無常の叫びが嗚咽に変り、おばあさんが震え声で企画書を指さした。
「を、夫さ、ここをみでぐだせえ。ここよここ。」
優秀賞 ディズニーランド一年間無料パスポート&御食事御招待券
「ちゃうちゃう、デズニーランドでもパシポートでもねえよ。となり、そのとなりだっちゃ。ここよここ。」
震えるのは声だけでなく指も一緒で、尖端が優秀賞と大賞とのあいだを往き来している。引ったくるようにして紙を摑んで文字を追った。
大賞 百万円&帝国ホテルバイキング御食事券
おばあさんはにやりと口を曲げ
「夫さ、すまねえだどもおらのかわりにえってくれねえだが」
止める暇もないうちに勝手に電話をかけはじめた。
つづく
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