王室

 「王室にお呼ばれするなんて、畏れ多くてなんだか緊張しちゃいます。」

 

 カナちゃんは、怯えていた。

 

 「大丈夫だよ。王はもう神ではない。」

 

 ヒメカは、カナちゃんの怯える様子をみて、励ました。

 

 おれたちは今、車の中にいる。

 運転をしているのは、ルイさんだ。

 

 ルイさんの助手席におれは座っている。

ヒメカが真ん中で、右隣にカナちゃん、左隣にユキで、後ろの座席に3人。

 

 宮殿が、車の窓ガラスからみえるところまで来た。

 どこか別の世界にでもワープしたかのような、古風な建築物が、王の宮殿だ。

 瓦の屋根や、立派な門、格式高く美しい庭園がある。

 広い庭に桜の木々が埋まっている、夏の暑い日差しと蝉の声がきこえる、緑に染まった桜の木から漏れる日差しの下で、休息を取る人の姿や、散歩をしている人が目に映った。

 

 車から降りて、宮殿に向かって歩く。

 門の前に来て、おれは緊張してきた。

 

 「どうしたの?」

 

 ヒメカはおれの様子に気が付いて声をかけた。

 

 「緊張するな。おれ、礼儀作法とかよくわかんない。」

 

 「大丈夫よ。いつも通りで。」

 

 ヒメカは、リラックスしている様子で、むしろ王との拝謁を楽しみにしている。

 

 「あと、あんたには配信の撮影して貰わないと困るしね。」

 

 え?

 配信するの。

 王様のいる宮殿で?

 バカじゃないのか。

 というより大丈夫なのか。

 

 「きいてないんだけど。」

 

 おれは、少し不機嫌に頬を膨らませた。

 

 「ごめん。でもちゃんと話を付けてあるんだよ。」

 

 ヒメカは、ごめんといった様子で、右目をウィンクさせた。

 かわいい。

 

 ヒメカにいわれた通り、おれは、宮殿に入る前に、配信の準備をして、開始ボタンを押した。

 

 早速、同時視聴がぐんぐんと増え、コメントが流れていく。

 

 宮殿の中に入る。

 

 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」

 

 宮殿の使用人だろうか。

 黒いスーツを着た男が、おれたちを王のところまで案内した。

 

 男は、王が中にいるという部屋の扉を開けた。

 中では、王室の人たちが勢ぞろいで待っていた。

 王は壇上に立っている。

 

 「お越しいただきありがとうございます。」

 

 王は礼をいった。

 深々と頭を下げている。

 人間だ。

 

 やめてくれ。

 御前はそういうのじゃないだろ。

 もっと、権威があって、何があっても微動だにしない、遠い雲の上の存在ではなかったのか―。

 

 テレビや、ネットで知っていたが、やはり、もう王は―、威厳の殆どを失われてしまっている。

 おれはそれがショックだった。

 おれと王に違いがあまりないのだ。

 人とは残酷なものだ、王には特別であってほしいと、心のどこかで思ってしまっているのだから。

 

 「恐縮です。こちらこそお呼びいただきありがとうございます。」

  

 ヒメカは、膝をついて、格式高く頭を下げた。

 

 「ほら、あんたたちも。」

 

 ヒメカはおれたちに目配せした。

 

 おれはハっとした。

 ヒメカは王を立てているのだ。

 もう、あまり必要とされなくなった王をヒメカは尊敬している。

 王の役割を理解して、感謝している。

 

 配信上のコメント欄でも、王を特別に感じ、名誉なことだというコメントが目立った。

 ヒメカは王を、偉大なものだと人々にわからせるために、立てて敬うのだ。

 

 おれは、膝を地面につき、頭を下げた。

 カナちゃんとユキも倣う。

 

 「ありがとう。楽にしていいよ。」

 

 王は、心を動かされたのか、少したじろいで、おれたちをまじまじとみた。

 

 おれたちは、静かに列に並んだ。

 

 「褒章授与を行います。」

 

 黒いスーツを着た使用人らしき男が、マイクを片手にいった。

 

 「ヒメカ様、王の前へ。」

 

 ヒメカは王のいる壇上の前に立った。

 

 その姿は凛々しく、美しく、神々しかった。

 まるで、そう運命付けられているかのように、みえる。

 

 「貴殿の卓越なる功績をここに表彰す。」

 

 王は、ヒメカに褒章を手渡した。

 

 「身に余る光栄。」

 

 ヒメカは、膝を地面につけて、両手を前へ出し、褒章を受け取った。

 

 光が差しているかのような幻覚がみえた。

 後の歴史で、語り継がれていく逸話や絵になりそうな景色だ。

 

 褒章授与が終わると、おれは配信を切った。

 

 褒章を受け取った後、会食があるらしい。

 会食の様子は配信しなくていいとヒメカはいった。

 おれじしん、配信する気もなかった。

 

 「準備は出来ているのでどうぞこちらに。」

 

 使用人の女は、おれたちを接待部屋に案内した。

 広い。

高級ホテルのフロントみたいな解放感あるところだ。

高級そうなソファと、お茶、お菓子、果物が用意されていた。


「さあ、食べてください。」


王は、茶菓子を食べてみせた。


 王  スメロキオホンヌル

 王妃 スメロキオオイグ

 王子 スメロキアマノ

 王女 スメロキイグゥヌ

 

 オヌルィグの宮

 オホアガゥの宮

 ヌキステーションの宮

 オググゥホホの宮

 

 王家と5つの宮家がある。

 オホ国の貴族たちだ。

 貴族といっても、ただの人だ。

 その威厳と尊敬はもう、殆どない。

 

 「ありがとうございます。」

 

 おれたちは、お茶を飲んだ。

 

 今、この場には、王家のものたちと、おれたち4人だけがいる。

 

 王家のものたちは感じのよさそうな人たちだった。

 至って普通の人であった。

 おれたちと変わらない。

 特別に目立って賢いわけでも、能力があるわけでもない。

 

 「君たちの方が、王家より国民からの信頼は厚そうだ。」

 

 王は皮肉と自虐交じりに笑った。

 

 「何を申しますか。国事行為を行い、国家の為に身を捧げ、働いているのは他ならぬ王家のものたちでございますよ。」

 

 ヒメカは、オホルィグ王は元気付けた。

 

 「そなたには、勝てそうにない。どうか頼んだぞ、我が誇りの民よ。」

 

 王は、ヒメカに頭を深々と下げた。

 

 「任されました。」

 

 それは、主従関係。

 王と諸侯の関係だ。

 王と武士や騎士のようなものだ。

 

 会食が終わると、おれたちは宮殿から出た。

 

 「王はやっぱり、拍子抜けだったわ、あれでは民から慕われ尊敬されるいい王様にはなれない。」

 

 ヒメカはしょんぼりとした様子だった。

 

 「いい人そうだったよ。」

 

 おれはフォローを入れた。

 

 「王はいい人だけじゃ務まらないわ。」

  

 ヒメカは、さらっと毒を吐いた。

 

 「でも、やっぱり、あたしもオホ国民なのね。オホ国王と会って、ビリっと電撃が走ったわ。」

 

 「電撃?。」

 

 「そう。数千年の歴史があるだけはある。いつかは滅びるでしょうけど。」

 

 ヒメカは、オホ国王や、王室をにがにがしく思っているものの、満足している様子だった。

 やはり彼女も、オホ国民、王に拝謁し、心動かされるものがあったのであろう。

 

 「結局、王にはならないのか?。」

 

 おれはヒメカにきいてみる。

 

 「あたしは王になってしまうでしょうね。オホ国王とは別の王に。神にもなって

しまう。わかるのよなんとなく。」

 

 ヒメカは、静かに帰りの車に乗り込んだ。

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