ヒメカの記憶

 「大丈夫、僕が治すからね。」

 

 心配で慌てふためきほぼ泣いている情けないおれをみて言った、ユキの「大丈夫」は確信に満ちていて、おれを安心させた。

 ヒメカをロボットたちに運ばせると、白衣を着て、すぐに地下の手術室に車で移動するユキ。

 

 地下室に入ると、すぐに手術に取り掛かった。

 手術室のランプが赤く「手術中。」の文字を浮かび上がらせた。

 

 「ごめんなさい。うえええんん。」

 

 カナちゃんは泣いていた。

 

 「死なないで、元気になって、手術が成功してヒメカに謝りたいよ。一緒に話したいよ。」

 

 カナちゃんは呟いた。

 ポロポロと涙が床に零れ落ちる。

 俯いて、手術室の正面にあるベンチに座って泣いているカナちゃん。

 

 「きっと上手くいくよ。」

 

 おれは、ベンチに座るカナちゃんの正面に屈んで涙を、水色のハンカチで吹いた。

 

 「ありがとう。お兄ちゃん。」

 

 カナちゃんは、弱弱しく微笑んで、おれの手を握った。

 手は震えていた。

 

 「無事手術は成功しました。」

 

 手術室の扉が開き、中からユキが出てきた。

 

 「よかったぁ。」

 

 カナちゃんは崩れ落ちるように床に倒れた。

 

 「ちょっといいですか、ハルト。来てください。」

 

 ユキは、おれにしかきこえない程度の声で、耳打ちした。

 

 「手術は成功したのだが…。」

 

 どうしたというのだろうか。

 

 「肉体を入れ替えても、黒い手の汚染に似た、悍ましい赤黒い物質が、消えないんだ。」

 

 寒気がした。

 

 「呪いか。」

 

 おれは、ポツリと呟いた。

 

 「おそらくね。」

 

 非科学的な話だが、ヒメカは呪われたのだろう。

 

 「命は助かったのか?」

 

 おれは、おそるおそるきいてみる。

 

 「ああ、今のところはな。どうすれば呪いが消えるのか皆目見当がつかない。」

 

 ユキは、苦々しそうにヒメカをみる。

 

 「目を覚ましてくれるといいが―。」

 

 ヒメカは次の日もその次の日も目を覚ますことはなかった。

 魘されている。

 悪夢をみているのだろう。

 汗が凄い。

 苦しそうに呻いている。

 

 「ヒメカの夢をみてみるか。」

 

 ユキは、ヒメカの頭にペタペタと装置を張り付けた。

 

 液晶モニターにヒメカのみている夢が映るらしい。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ。やめて、やめてよ。お母さん、どうして、あたし。」

 

 「あなたみたいな出来損ないはいりません。次テストで100点取れなかったら腕を焼きますよ。」

 

 「いやあ、うええええんん。」

 

 「泣くな!。本当にあたしの娘なのかしらね。」

 

 これが、ヒメカの夢―。

 この女の人は、ヒメカのお母さん?

 ヒメカの頬にはビンタをされた後があった。

 

 「絶対100点取らないと…。ママに褒められたいなあ。」

 

 ヒメカは、100点を取り続けた。

 四六時中勉強をやり続けた。

 母親の喜ぶ姿がみたかったから。

 殴られたくなかったから。

 呪いだった。

 

 「ママ~。また100点だったよお。」 

 

 「偉いわねえ。流石はあたしの子よ。」

 

 「えへへえ。」

 

 いい子になるんだ。

 

 「お父様、あたしまた100点取りましたの。友達も出来ましたのよ。成績もオール5ですの。」

 

 「そうか。」

 

 「それだけですの?」

 

 「仕事だ。それじゃな。」

 

 「行ってらっしゃいませですの。」

 

 誰か、あたしをみて。

 誰か、あたしを―。

 

 「友達と遊んできますの。」

 

 「あなたのお友達、悪い子みたいだから、ダメよ。」

 

 「え?」

 

 「貧乏人の下賤な子とは遊んじゃダメ。連絡先消しておきましたからね。」

 

 「どうして勝手に、酷いわ。お母様!。」

 

 「あなたの為を思ってよ。ヒメカが不良になるのをみたくないの。」

 

 どうして。

 お母さま。

 

 「ヒメカ、婚約者を決めておきましたよ。よかったわね、とってもいい家柄の方があなたのこと気に入ったみたいよ。」

 

 逃げよう。

 この家から、逃げよう。

 家出だ。

 

 「ルイ爺、助けて。」

 

 「畏まりました。ルイ爺はいつでもヒメカお嬢様の味方ですよ。」

 

 「ありがとう、ルイ爺。」

 

 あたしは、親から解放された。

 家から解放された。

 何もコワくない。

 なのに、どうして、こんなに苦しいの。

 

 コワいよ。

 

 ハルト助けてよ。

 

 いつもあたしを襲うのは、家族のトラウマ。

 足場が崩れ落ちるような感覚。

 

 あたしは家族が嫌いだけど、家族がいないと何もできない。

 この洋服も、車もルイ爺も、あたしの一族の財産があるから、信用があるから、使える。

 

 わかってる、あたしはちょっとした反抗期で、家出してきた少女に過ぎない。

 親に迷惑かけてやろう。

 こんな娘の親なんて嫌でしょうね。

 だから、有名になって、碌でもない子の親って世間知らしめてやろうと最初は思ってた。

 でも、次第に、目標が大きくなっていった。

 

 あたしは何に怯えているんだろう。

 

 「貧乏人があたしに話しかけないでくれる?さようなら。」

 

 どうして、あたしは心にもないことをいって、友達を傷つけたの。

 

 「ごめん。そんな風に思っていたのね。さようなら。」

 

 いなくならないで。

 あたし仲良くなりたいだけなの。

 

 こんなじぶんが大嫌い。

 

 家族がいないと何もできない癖に。

 家の金がないと、何もできない癖に。

 最低。

 最低。

 最低。

 何がオホ国再建よ。

 何が―。

 

 「おい。ユキ、どうにかならないのか。すっごいネガティブだぞ。」

 

 「どうにかっていわれても。」

 

 「夢の中に入れないのか?」

 

 「あ~なるほどね。出来るかも、ちょっとやってみるね。」

 

 あんなネガティブなヒメカははじめてみた。

 ヒメカの過去にも驚いたが、ヒメカもちゃんと人間してるんだなあと思った。

 

 「できたよ。」

 

 ユキはおれの頭に装置を取り付けた。

 

 「ヒメカをよろしくね。」

 

 「ああ、任せとけ。」

 

 おれは、ヒメカの夢の中に入って行った。

 引きずり込まれる。

 頭のカチ割れそうなグルグルと回転する感覚。

 

 「ヒメカ。帰ろう。」

 

 おれは、ヒメカに話かけた。

 

 「ハルト、どうしてここに。」

 

 「探しにきたんだ。ヒメカがいないってみんな心配してる。困ってる。」

 

 「あたしなんて、いなくても大丈夫だよ。」

 

 「ヒメカ―。」

 

 おれは言葉を一瞬失った。

 

 「なあヒメカ。おれはお前と出会えてよかったよ。いないとおれは困る。カナちゃんだって泣いてる。」

 

 「じぶん勝手ね。」

 

 ヒメカは、おれを睨みつけて、顔を引き攣らせた。

 

 「生きてていいことなんてあるの?死んでてても生きてても同じじゃない?。」

 

 やめてくれ。

 そんな悲しそうな顔をしないで。

 

 「死にたいな。」

 

 おれは、どうしたらいいんだろう。

 

 「ヒメカ。」

 

 おれはヒメカを抱きしめた。

 

 「責任取ってよね。もう知らないんだから。」

 

 ヒメカは、倒れ込んで、意識を失った。

 

 「セックスしたい。肉が食べたい。酒が飲みたい。アニメがみたい、ゲームがしたい。ずっと、部屋で籠って遊んでたい。」

 

 ヒメカは、大の字で仰向けに寝転んで、いった。

 どうやらまだ、夢の中らしい。 

 

 「ハルトを虐めたい。首輪をつけて、犬みたいに散歩したい。」

 

 「え?」

 

 おれは困惑した。

 

 「な~んもしたくない。なんもせずに、ずっと夢の中で過ごしてたい。」

 

 「それはいいね。」 

 

 おれは、返した。

 

 「でしょ。」

 

 ま、不可能な話だが。

 現実はあまりにも、夢と乖離している。

 

 「そろそろ、起きるよ。朝だ。」

 

 ヒメカは、立ち上がった。

 

 「うん。」

 

 「ありがとうハルト。」

 


 

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