カナちゃんの想い

「できたよ。」

 

 ユキは、照れくさそうに髪の毛を掻きながら出てきた。

 

 ユキテクノロジカは、新たな軍事兵器の開発を行っていた。

 

 陸上戦略兵器 ニョルニル

 海上戦略兵器 カナロア

 空中戦略兵器 バアル

 

 3つの陸海空戦略兵器

 

 戦略大破壊爆弾 ウーラノス

 

 ヴィヴァーチェ、ドルチェ、スタッカート社と協力して、製造していたのだ。

 

 「このウーラノスってのは、核爆弾、危ないから、本当は作っちゃダメなんだけどねえ。」

 

 ユキは、複雑そうな表情で、俯いた。

 

 「世界中で、先進国は皆、持ってるのよ。」 

 

 ヒメカは、仕方ないといった様子で、渋々いった。

 

 「おれは戦争なんて嫌いだ。」

 

 綺麗ごとだとわかっているが、気持ちが出てしまった。

 感情論では、解決できないこともある。

 

 「でも、やられてばっかじゃ、死ぬだけよ。」

 

 ヒメカは、感情を殺していった。

 

 

 外国に対抗するには武器が必要なのだ。

 

 「わかってるよ。」

 

 おれは、内にある感情を受け止めていった。

 

 「仕方ないのよ。犠牲者はでないよう努力はするわ。」

 

 ヒメカは、子供を慰めるような目でおれをみた。

 言い聞かせているのだろう。

 おれに、そしてじぶんじしんにも。

 

 やっていることは国際法違反だ。

 オホ国が核兵器を保有することは、10年前の敗戦以降認められてはいない。

 あの大戦で、オホ国は、軍事力の殆どを失った。

 世界一の、陸軍、海軍、空軍。

 そして、戦略オホ声兵器までもを、喪失したのだ。

 

 今生き残っている、戦略オホ声兵器はカナちゃんだけだ。

 

 他国には、戦略オホ声兵器に匹敵する、喘ぎ声兵器が存在していることであろう。

 黒い手も、おそらくはその一種なのだ。

 

 「カナちゃんを戦争には利用したくない。」

 

 ヒメカは、頭を抱え込んだ。

 

 「どうにかして、カナちゃんの力を実用化出来れば―。曽曽お爺ちゃんは、どうやってあれを製造したんだ?。」

 

 ヒメカは、首を傾げた。

 

 「原理がわからないんだよ。君の曽曽おじいさんは凄すぎるんだ。僕を作ったのも源次郎、カナちゃんを作ったのもだ。」

 

 ユキは、ヒメカの曽曽お爺さんに畏れを抱いているようにみえた。

 

 「でも、もうおじい様はいないわ。」

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 空気が重い。

 

 「ごめんなさい、役に立てなくて。」

 

 カナちゃんは、少し震えた声で、いった。

 

 「いいのよ。」

 

 ヒメカは、優しく微笑んだ。

 

 「あたし、やります。」

 

 「え?」

 

 おれとヒメカはお互いに顔を見合わせた。

 

 「カナちゃん、戦わなくていいのよ。また、暴走しちゃうじゃない。」

 

 ヒメカは心配そうに、カナちゃんの顔を覗き込んだ

 

 「でも―、あたし、やりたいんです。もう失敗作だなんていわれたくない!。」

 

 カナちゃんは、少しおどおどとしつつも、覚悟ある声音と表情で、いった。

 

 「どうするんだヒメカ?。」

 

 「う~ん。どうにかならないか知らねえ。あたしもコワいのよ、次はあたしがカナちゃんに殺されちゃってるかも知れないわね。あはは。」

 

 ヒメカは冗談交じりに笑った。

 

 笑いごとではないが、場が少し和んだ。

 カナちゃんは暴走すると、制御が効かなくなるのだ。

 

 「ん~、どうにか、カナちゃんが、力を使う練習が出来る環境が必要ね。」

 

 「僕たちがつくるよ。たぶん、みんな手伝ってくれると思う。」

 

 ユキは、一部の研究者や技術者から、先生と呼ばれている。

 重工業会社の協力を借りて、ユキテクノロジカはさらに大きくなっている

 

 「助かるわ。」

 

 ヒメカは、ユキの協力が得られてよかったと、安心した声でいった。

 

 「ありがとう。」

 

 カナちゃんは、おれたちの方をみて、礼をいった。

 

 少し心配だ。

 無理をしないだろうか―。

 どこか、親の期待に応えようとしている子供をみているような気持ちにおれはなった。 

 

 「無理はするなよ。」

 

 おれは、カナちゃんの方をみて、いった。

 

 「大丈夫ですよ。私、役に立ちたいんです。」

 

 カナちゃんは笑顔で、いった。

 

 本当に大丈夫だろうか?

 この前の暴走を思い出す。

 苦しそうだったなカナちゃん。

 それでも、じぶんからやるといっているんだ。

 信じてみよう。

 ダメだったら、出来る限りのことをやろう。

 

 「そうか。」

 

 おれは、もう何もいわなかった。

 

 「よし、できたぞ。訓練場だ。」

 

 訓練場といっても、瓦礫のない広い更地のようなところだ。

 もしカナちゃんの暴走が止められなくなった時を想定して、取り押さえるための部隊が用意されている。

 睡眠ガス。

 麻痺ガス。

 麻酔弾。

 睡眠弾。

 動きを封じる網。

 できる限りカナちゃんを、傷つけない方法で、取り押さえる武器。

 ま、冷やかし程度だ。

 カナちゃんは、伝説の戦略オホ声兵器。

 通用するはずがないのだ。

 

 「ごめん。あたしたちも、コワいのよ。」

 

 ヒメカは、カナちゃんに申し訳なさそうに、いった。

 

 「いいですよ。私、化け物みたいなものですし、皆さん警戒するのは自然なことです。兵器ですから。」

 

 カナちゃんは、にっこりと笑った。

 不安な気持ちを抑え込んで、役に立とうとしている。

 

 「私やりますね。」

 

 カナちゃんは、覚悟を決めた様子で、訓練場の中に入っていった。

 

 「コロス、コロス、コロス、コロス、コロス。」

 

 カナちゃんの苦しそうな呻き声が響く。

 人の出せる大きさではない。

 

 白く美しかった羽が、赤く染まり始める。

 

 「絶対負けん。勝つのじゃ。耐え凌ぐのじゃ。神は勝つ。風は我らに吹くのじゃ!死を恐れるな!、突撃じゃあああ!。うあああああああ。」

 

 瞳が赤く充血し、全てを破壊し尽くそうとしている。

 

 「マズい。オホンヌごと消し飛んでしまうぞ。」

 

 ヒメカは、顔を歪め、目を大きく開いた。

 

 「ゲホ、ゲホ、ゲホ、あああああああああああ。」

 

 カナちゃんは血反吐を吐く。

 

 「大丈夫かあ!?!。」

 

 おれは叫ぶ。

 

 赤黒く染まっていくカナちゃん。

 

 「コロス、おれたちを舐めるなよ、石油、石油をくれ、資源をくれ、戦わねばならぬ、皆が、餓死してしまう。人口だけが増えても、足りんのじゃ。勝たねば、戦争に勝たねばならぬ。」

 

 カナちゃんは、ブツブツと呪詛を述べていた。

 呪詛のような祈りなのかも知れない。

 違う―、渇望だ。

 渇き。

 飢え。

 満たすには、勝つしかなかった、戦争で。

 暴力で。

 力で。

 欲望の奥底だ。

 

 赤黒い渦が、カナちゃんを覆う。

 

 「やむえない!。やるわよ。」

 

 ヒメカは、部隊に指示を出した。

 

 「睡眠、麻酔ガス、装填完了放ちます!。」

 

 シュワワワワワアアん!

 

 睡眠ガスと麻酔ガスが辺りに、撒き散らされる。

 

 「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア。」

 

 まったく効いていない。

 

 赤い血の涙が、カナちゃんから流れる。

 痛々しく

 苦しく

 胸が痛くなる

 悲しみの声

 震えている

 

 「睡眠弾、麻酔弾、網弾、装填完了。撃ちます。」

 

 バン!バン!バン!バン!

 

 目を背けたくなる。

 

 「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア。」

 

 「全然効いてない。」

 

 「これが呪いか。かつてのオホ国がかけた洗脳みたいなものだ。」

 

 ユキは暗く深刻な表情でいった。

 

 「カナちゃんの気持ちは嬉しいけれど、無理は禁物だな。」

 

 ヒメカは、カナちゃんの姿をみていった。

 

 「やっぱり、抜けないよな―、戻れないよな。戦争の時のことは中々。精神崩壊してしまったんだよな。ごめんな無理させて。」

 

 ヒメカは、カナちゃんに近づく。

 

 「危ないぞ、ヒメカ。」

 

 おれは、ヒメカに駆け寄った。

 

 「なぁ、カナちゃん。もう戦争は終ったんだ。でも、また戦争だ。厭だよな。」

 

 ヒメカは、うんざりした声音で、いった。

 

 「おい、ヒメカ。死ぬぞ。ボロボロじゃないか。」

 

 ヒメカは、カナちゃんの身体から出ている赤黒い渦にやられて、身体中が傷だらけになっている。

 

 「私に近づくな!誰も傷つけたくない。」

 

 カナちゃん?

 

 声がきこえる。

 おれたちに語り掛けているのか?

 心に語り掛けてきている。

 

 「私は、皆を護りたいだけなの。」

 

 護りたいだけなのに、傷つけてしまう。

 誰かを殺さないと護れない。

 

 「奪わないで。殺さないで。ええええんんん。」

 

 泣いている。

 流れ込んでくるのは、戦争の記憶。

 空襲

 空から飛んでくる無数の焼夷弾

 大量破壊兵器による大爆発

 

 「いやだ。いやだ。いやだ。コロス。駆逐してやる。害虫は駆除だ。」

 

 カナちゃんの、目は憎しみの紫色に染まっている。

 歯を食いしばり、歯茎と唇から血が滲み出てしまっている。

 目からは赤い血の涙。

 

 「おれたちは、負けたんだよ。」

 

 ヒメカは、静かに、カナちゃんを後ろから抱きしめた。

 

 「負けた?負けてないよ、諦めなければいつか必ず勝つんだよ。だって神の国なんだよ。負けるわけなんじゃん。ははは。おかしなことをいう人だなあ、もしかして敵国のスパイか?。」

 

 カナちゃんは虚ろな目で、不気味な笑みを浮かべた。

 

 「負けたんだ。やり直せばいい。また0から。負けたら、また次がある。」

 

 ヒメカは宥めるように、カナちゃんを説き伏せようとする。

 

 「嘘憑き売女め。我を惑わせるな。負けたら次なんぞない。死しかないわ。」

 

 カナちゃんは、ヒメカを睨みつけた。

 

 「ヒメカ!。それ以上近づくと、本当に死んでしまうぞ。」

 

 おれは、ヒメカを止めようと駆け寄る。

 

 

 熱い。

 カナちゃんに近づくほどに、高温になっていく。

 おれはある程度、肉体が強化されているから、大丈夫なものの、生身のヒメカはどうだろうか。

 体感でも80℃はある。

 蒸し焼きになりそうだ。

 

 赤黒い渦の斬撃が、身体中を掠り、血が流れる。

 直撃すれば即死だろう。

 真っ二つに斬れてしまう。

 

 「カナちゃん―。」

 

 カナちゃんからの暴言をきいて、ヒメカは、少し言葉に詰まった。

 

 「大丈夫だなんて無責任なことは言えない。この世界は弱肉強食だから、強いやつがルールを作ってる。」

 

 ヒメカは天を見上げた。

 

 「でもさ、カナちゃん。周りをみてみなよ、本当にあなたが、大事なものはなに?もう、時代はとっくに変わってるのよ。あなたは、どうしたい?」

 

 ヒメカはカナちゃんを後ろから抱きしめた。

 

 「死ぬ気かヒメカ。おまえ身体が―。」

 

 灰になっている。

 

 「私は―。」

 

 カナちゃんは、言い淀んだ。

 困惑している。

 

 「何もしたくない。ボケーっと何の心配もなく、好きなことして生きてたい。」

 

 カナちゃんは、ボソっと呟くようにいった。

 

 「戦いたくない、ずっと遊んでたい。花を育てたり、絵を描いたり、時々友人と遊んだりして、気儘に過ごしてたい。病気もなく、苦労もなく、気儘に過ごしてたい。」

 

 意外だ。

 カナちゃんは、こういう人間だったのか。

 内面を深くは知らなかった。

 

 相当なストレスだっただろう。

 兵器として、利用され、ずっと戦ってきたのだ。

 本来は性質は、「楽に好きなことして生きていたい。」

 その為に、戦ってきたのだろう。

 楽なんて出来なかった。

 永遠に闘いだったのだ。

 死ぬことも出来ず、何十年と悪夢に魘されていた。

 

 目覚めてもまた、兵器としての活躍を期待され、また戦争に駆り出される。

 戦争の時代の呪いにかかり、戦時中のOSが起動したかのように、思考が支配されてしまう。

 どれほどの苦しみがあっただろうか。

 

 「ハルトが好きなんだ。ヒメカもユキもオホンヌのみんなも好き。ただ、仲良くしたいだけ。アヘ国とか、アンアン国とも仲良くしたい。戦争なんかしたくない。」

 

 わかる。

 誰だってそう思ってる。

 けれど、戦争してしまう。

 殺し合いはなくならない。

 カナちゃんは、矛盾に苦しんでいた。

 

 平和を望んでいるのに、平和でいるには、強くある必要があることに苦しんでいた。

 力があるからこそ、平和を維持できるという矛盾に苦しんでいた。

 力がないと、餓死が増える。

 力がないと、滅ぼされる。

 力がないと、犯罪が増える。

 

 カナちゃんは、心の奥底では、ずっと願っていた。

 難しいことは何も考えずに、ただ楽に好きな事だけして生きていきたいと。

 

 「あ、ちが、ごめ…ん。」

  

 カナちゃんは、死にかけの灰となったヒメカをみて、動揺し、今にも崩壊しそうに、異常な表情とただならぬ雰囲気を出した。

 

 「だ…大丈…夫だ。」

 

 ヒメカは、死にそうな掠れた声で、カナちゃんを宥めるようにいった。

 

 カナちゃんの赤黒い渦も、おれたちに攻撃しなくなっていた。

 次第にそれがぬくもりだと感じられるようになってきた。

 

 「カナちゃんありがとう。」

 

 「わからない。答えなんか。私は、ただ、力になりたかっただけ。」

 

 「そう。」

 

 ヒメカは気を失った。

 

 「おい。大丈夫か。ヒメカ。」

 

 おれはヒメカをお姫様抱っこで抱き上げて、すぐにユキのところへ連れて行った。

 

 

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