HHYK

 「ヒメカ。」

 

 指示を執っているヒメカの背後から、合間を狙って、話かけた。

 

 「話がついたのか?」

 

 ヒメカは振り返って、おれをみた。

 日は沈み、午後7時を過ぎようとしていた。

 

 「学校は、しばらく休学することにしたよ。」

 

 「よかった。」

 

 ヒメカは、嬉しそうに、声を弾ませた。

 

 ヒメカの少し照れて赤くなった表情を隠すように少し俯いた様子をみて、おれは胸が少しキュンとなった。

 美しく、かわいらしい。

 

 「おい。気持ち悪い顔でこっちみんな。」

 

 ヒメカは、おれのデレデレとした様子をみて、貶した。

 

 「あ。」

 

 「あ。」

 

 「ごめん。」

 

 「またそれか。」

 

 ヒメカは、にっこり笑った。

 

 「配信はしないのか?」

 

 「配信ねえ。なんだかゆっくり休みたい気分だよ。」

 

 おれは、配信への熱をすっかり失ってしまっていた。

 もう満たされていた。

 ただ、ヒメカを傍にいられればよかった。

 

 高校2年で、大した技能もないじぶんが、できることなんて限られていた。

 できることも殆どない。

 オホンヌ復興に、大人たちも集まっていて、もはや一大事業になってしまっていた。

 

 おれは、役に立てているだろうか?

 ヒメカに釣り合う男でいられているだろうか。

 

 おれには、何もない。

 凡人もいいところ凡人だ。

 

 考えてもわからないや。

 兎に角、おれは、ヒメカの邪魔にならないように気を付けよう。

 

 「ヒメカ、何か手伝えること、ないか?」

 

 「あんたは、動画撮ってればいいのよ。あとは、好きにすればいいわ。」

 

 「わかった。」

 

 おれは結局、動画を撮り始めた。

 

 面白くもなんともない動画を撮った。

 ただヒメカの姿を撮っていたかった。

 

 「やっぱり、撮るのが好きだなあ。」

 

 オホンヌの街並みや人々の姿を撮りながら、目を細めた。

 

 だいぶん瓦礫は片付いて来たな。

 オホンヌは、この2~3日の間に随分と綺麗になった。

 あの瓦礫塗れの景色もどこか懐かしく感じられる。

 

 まだまだ人が住める状態ではないけど、こうやって、街を作っていくのは、心が満たされていい。

 生きているという感じがするのだ。

 

 「こういうのいいね。」 

 

 ユキがこっそり後ろから、ふいに話かけてきた。

 

 「うん。」

 

 おれは後ろを振り向いて、返事をした。

 

 「ハ~ルト。」

 

 カナちゃんが、おれとユキが話しているところをみて、駆け寄って来た。

 

 「動画撮ってんの?いいの撮れた?。」

 

 カナちゃんは、カメラを覗き込んだ。

 無邪気でかわいい。

 

 オホンヌの街を復興させる為に、集まった人々が頑張っている中で、サボタージュして、動画を撮ったりしつつ、過ごすのは心地いい。

 

 おれ、苦手なんだよな。

 皆が同じ方向に向かってく雰囲気とか生きづらい。

 ちょっと、息抜きがしたくなる。

 

 カナちゃんがいて、ユキでいて、ヒメカがいる。

 それだけで、おれは、十分、満たされていた。

 

 いつの間にか、おれたちは大きく膨れ上がって、巨大な団体になろうとしているが、この4人で一緒にいることに、この上のない幸せを感じていた。

 

 って―。

 おれって、当初は何が目的なんだっけ?

 オホンヌの再興じゃなくて、オホ国の再建だったよな…。

 果てしなく遠い夢をみているんだな。

 

 夢でしかなかったけれど、ヒメカと出会ってから、ただの夢ではなくなってきたような気がする。

 実現しうる夢だ。

 

 「話があるから、来て。」

 

 のんびりと、考えつつ、動画を撮っていると、ヒメカの声がきこえてきた。

 

 「話?」

 

 カナちゃんは首を傾げた。

 

 「ええ。3人に話があるの。」

 

 ヒメカのところに集まる。

 

 「ちゃんと、あなたたちとは契約を結んでおいた方がいいかなあと思って―。」

 

 ヒメカは話始めた。

 

 「あなたたち4人は、初期メンバーとしてちゃんと登録しておきたいのよ。つまりは重役ね。」

 

 つまり、特権が与えられるということであろうか。

 特権といっても、小さな社会だが―。

 

 「オホンヌにしても、ユキテクノロジカにしても、常に、4人は話し合って行動を共に決めていくわよ。」

 

 どうして。

 おれたちなんだろう。

 ユキはまだわかるけれど、もっとすごい大人の人たちだって、もはや味方なのに。

 

 「不服そうな顔をしてるわね?」

 

 「いえ。もっとふさわしい人がいるのではないのか。と思いましてね。」

 

 「いないわよ。」

 

 ヒメカは、言い切った。

 

 「もちろん、オホンヌは民主的に物事を決めていくつもりだし、大人たちの力も借りさせてもらうけど、あなたたちは特別よ。」

 

 特別ねえ―。

 

 「あまり矢面には立ちたくないなあ。」

 

 「今更、なにいってんのよ。もう後には退けないわよ。」

 

 「うう。」

 

 「覚悟しなさい。」

 

 「わかってるよ。」

 

 「来る時が来れば、あなたたちの役職に名前を与えるよ。」

 

 「え~、面倒くさい。」

 

 おれは、こういうのが嫌いだ。

 役だとかを決められるのは、責任も重いし、役というものに縛られ、身動きが取れなくなる。

 ヒメカは、おれたちを束縛しようとしているのかも知れなかった。

 切れない鎖で縛って、離したくないのだろう。

 

 「僕は、なんでもいいよ。好きにやってくれ。」

 

 ユキは、つまらなさそうにヒメカの話をきいていた。

 ユキにとっちゃ、役なんてものも、特権なんてもものも、どうだっていいのだ。

 ただ、思うがままに生きれれば。

 何者にも縛られず、思ったらすぐに行動する人だ。

 

 「役だなんて、大袈裟だよ。みんな仲良くしよ~よ。遊ぼうよ。」

 

 カナちゃんに至っては、大きな事より、みんな仲良く、楽しくできることの方が大事なのだろう。

 結果なんて殆ど求めていない。

 一緒に、何かが出来た思い出や、経験に大事なのだ。

 

 とりあえず、わかった。

 おれたち4人は結束を強めればいいんだな。

 

 「おれたち4人の結束は強いよ。定期的に集まって会議をしよう。」


 おれは、機転を利かせて提案した。

 

 「いいわね。」

 

 正直、ヒメカは、もっと先のことを考えているのだろうと思う。

 おれたちが想像もしていない未来を考えて行動しておられる。

 

 「会議の名前は、HHYKダブルエイチワイケーでどうかしら。」

 

 HHYK。

 おそらく、4人のイニシャルを取ったのだろう。

 中学生あたりがやりそうなネーミングだが、悪くない気がした。

 

 「いいね。」

 

 

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