ヒメカの配信への想い

「ぼくに性別はなくてね。男でも女でもない。ジェンダーレスってやつだ。生殖器もない。」

 ユキは、じぶんの性別を告白した。

 

 「産まれた時は、男だったらしいが、機械と融合するにつれて、男を失った。そして、女でもない。ぼくに性別はないが、心はある。」

 

 ユキは、胸に手を当てた。

 ユキは心のイメージを胸に持っているのかも知れなかった。

 心臓は心と密接に繋がっているのかも知れない。

 機械と人の交じり合った存在だとしても。

 あるいは、設計上、人と近しくされているのかも知れなかった。

 

 「恋愛とかはしないの?」

 

 おれは、気になってきいた。

 失礼な質問だったと後で、少し後悔した。

 意地悪とでもいればいいか。

 

 「恋愛はしてるよ。ぼくは、世界に恋してる。今日出会った君たちにだってね。生殖器がなくても、恋はできるよ。愛することだってできる。そう思ってる。」

 

 「素敵な考えだね。」

 

 「ありがとう。でも、僕は、誰かと深く親しくなったことは一度もないんだ。ずっと1人で旅をしてきた。」

 

 「1人でねえ。」

 

 「だから、ヒメカに、仲間に誘ってもらえた時は嬉しかったんだ。」

 

 ヒメカも、時にはいいことをするな。

 彼女からすれば、ユキに利用価値があると思っていただけだろうが。

 ずっと1人ぼっちだったユキにとっては、誰かと時間を共にして、深い仲になっていくことは、意味があるのかも知れなかった。

 ある意味、利害関係が一致しているのだ。

 

 「あ、配信。今どうなってる?」

 

 ふと、配信のことを思い出して、声に出していた。

 

 「あんたが瓦礫に埋もれて、あんなになっちゃたもんだから、心配のコメントで埋め尽くされてたわよ。」

 ヒメカは、呆れた様子でいった。

 

 「そっか。おれ、大丈夫だったって、みんなに伝えないと―。」

 

 「そうね。一応、カナちゃんに動画は撮っておいてもらってたから、あんたが怪我で死にそうなところとか、手術の時の雰囲気とかは残ってるわよ。」

 

 ヒメカは少し、気恥ずかしそうにいった。

 

 「でも、あたしの取り乱したところも、映っちゃってるから少し恥ずかしいのよね。」

 

 ヒメカも、おれを心配してくれていたということだ。

 それは、おれじしんが一番近くで感じていたことだ。

 ヒメカは口には出さないものの、おれを大切に思ってくれている。

 

 「それはそうと、配信するわよ。準備してハルト。」

 

 配信か。

 なんか、1日ぶりくらいなのに、久ぶりに感じるな。

 たった2日ほどで、おれの人生は大きく変わった。

 転機はある日突然、劇的に訪れて、急速に変わっていくものなのかも知れなかった。

 

 「わかったよ。」

 

 おれは、スマホを開いて配信の準備をした。

 

 「ユキさんは映っても大丈夫ですか?」

 

 「大丈夫だよ。」

 

 配信をつけようとした時ふと、思った。

 ヒメカが配信をする意味はなんだろうと。

 ヒメカは別に、再生数や同時接続数、なんて必要ないだろうし、そういった数値にあまり頓着していないようにみえる。

 

 「どうしてヒメカは、配信をするの?」

 

 おれは、なんとなく疑問に思ってきいていた。

 

 「本当のことを伝えたいのよ。あとは、やっぱり影響力がないと、出来ないこともある。一緒に街を作ってく仲間を集めたいのよ。」

 

 なるほど。

 配信からおれたちのことを知った人が、労働力になってくれるかも知れない。

 壊滅された街は、おれたちだけでは到底、復興できるものではないのだ。

 

 「今のオホ国はとても暗い。誰もかれもが、もうオホ国の復活を諦めてしまっている。でも、あたしはできると思う。」

 

 だとしても、わざわざ毎日配信する必要はないように思えた。

 必要なことだけ伝えれば十分なのだ。

 どこか、ヒメカは配信を楽しんでいるような気がする。

 

 たぶん、じぶんでは気が付いていないけれど、ヒメカは配信が好きなのだ。

 

 「じぶんが配信したいだけじゃないの?」

 

 おれは、少し意地悪な質問をした。

 

 「そうかも知れないわね。配信してると、気分がいいの。」

 

 ヒメカは、正直にいった。

 案外、じぶんの気持ちに素直になれる気質なのかも知れないと思った。

 ヒメカは、頭がいいのだろう。

 じぶんのことをじぶんでちゃんと、認知できている、じぶんの気持ちをじぶんで把握できている。

 いわゆるメタ認知というやつだ。

 これは、頭がある程度よくないと、できることではない。

 

 「ま、あんたの方が配信歴は長いだろうけど、あたしは昨日今日はじめたばかりだもの。」

 

 「どうして、おれの配信に出るようになったんだ?」

 

 「成り行きよ。なんか、できそうな気がしてね。使えそうなものは全部使ってやろうと思ってたの。」

 

 「普段は何をしてるの?」

 

 「家で、ずっとお嬢様として、勉強勉強勉強勉強勉強―、ずっと勉強よ。来年は大学受験だから気が億劫よ、ま、成績は全国摸試10位以内だから問題ないけど。」

 

 「うっ。かしこすぎる。」

 

 「あなたは、ミジンコ以下だから、大学にさえ入れないでしょうね。未来の高卒無職引きこもりおじさんくーん。」

 

 舐めてやがるこいつ。

 確かに、おれは殆ど勉強してないけど、いちおう、地方の偏差値45自称進学校普通科の中では、上位の成績なんだぞ。

 現代文は、満点しか取ったことないんだぞ。

 数学は終わってるけど、国語はまあまあ勉強してなくても、点数取れるんだぞ。

 

 「そんなお嬢様がどうして、旧首都の危ないところになんて来たんだよ。」

 

 「曽曽爺様が死んでから家がゴタゴタしてて息苦しかったから、ちょっと旅をしてたの。ルイじいの協力もあって、高校は通信にして、定期的に授業もサボタージュしつつ、こうやって、旅をしてるの。」

 

 いいな。

 おれは、ゴールデンウィークが終わったら、学校再開だ。

 でも、そうなると、放課後か休日しか配信できなくなるな。

 今日は、5月5日金曜日。

 土日休みが終わった7日からまた学校だ。

 

 「富めるものは資本を増やしてさらに裕福になってく、あたしの家はお金に困らないし、むしろ年々資本が増えてく一方で、何を目標に生きてけばいいのかわからないのよ。」

 

 贅沢な悩みだなあと思った。

 

 「あたしは、刺激がほしいのよ。なかったものを作り出して、世の中の仕組みそのものを作り変えて価値観を逆転させたい。」

 

 ヒメカはイノベーション的なことに憧れているのかも知れなかった。

 

 「それはそうと、はやく配信開始しなさいよね。」

 

 「了解。」

  

 おれは、スマホの配信をONにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る