ヒメカ

「あたしはヒメカ。よろしくね。」

 ヒメカは、手を差し出した。

 

 初対面なのに、ヒメカと名乗る女はおれを警戒している様子は微塵もなかった。

 少し、ヒメカという人が心配にもなってくる。

 危なっかしい印象を憶えた。

 

 「よろしく。ハルトです。」

 おれは、ヒメカの手を握った。

 

 どこか、同じ生き物とは思えない程、細く柔らかく、冷たい手だった。

 

 「へえ。ハルトくんっていうんだあ。ありがとう、教えてくれて。」

 ヒメカは、愉悦に浸った様子で、僕の名前を反芻していた。

 

 「でハルトくん。ゴールデンウィークだってのに、こーんな何もないとこに来てるってことは、君も10年前の生き残り?」

 

 君もということは、おそらくヒメカも生き残りなのだろう。


 「ああ、そうだよ。」

 

 「やっぱり。なんか同じ匂いがしたんだよね。家族も大事な人みーんな、お亡くなりになられたんでしょ?」

 

 ききにくいことをズカズカと質問してくるな。

 遠慮というものがないように思われた。

 

 「ああ、そうだ。でも妹だけは助かったよ。運がよかったと思うしかない。」

 おれは、妹を思い浮かべた。

 

 「ああ、そうなんだ。あたしは、もうあたししかいなくなったよ。あれから10年、友だちはできたけれど、なかなかに大変だったよ。」

 ヒメカは、憂鬱そうに、両手で顔を抑えた。

 

 一緒だ。

 ヒメカの苦労がじぶんのことにように感じられた。

 

 「気持ち悪いわね。あなた今あたしと似ている境遇だなとか思って、共感憶えてない?あたしはあなたみたいな陰キャコミュ障童貞野郎とは違うわよ。」

 

 ん?

 ちょっと待て。

 今、おれバカにされてないか。

 

 「ちょっと、ヒメカさん、陰キャコミュ障童貞野郎は、あんまりじゃないかなあ。あははあ。」

 

 「あー。だから、いつまでも童貞なのよ。顔に書いてあるわよ。友達だって1人もいないんでしょ。」

 

 図星だ。

 僕は童貞だ。

 でも、陰キャでコミュ障だと言われるとなんだか腹が立つ。

 

 「あなたは陰キャでコミュ障なのよ。友達が1人もいない、弱者男子なのよ。自覚ないの?それを受け入れて、前向きに生きない限り、永遠に孤独な儘よ。しかもシスコンと来ている。」

 

 なんなんだ。

 こいつ、めっちゃ毒舌だぞ。 

 胸が痛くなる。

 

 「そうですよ!あなたのいうとおり、おれは陰キャコミュ障童貞野郎ですよっ!。」

 

 「わかればいいのよ。自分の現状を自覚するところからはじめなさい。あとシスコンもね。」

 

 一言余計なんだよなこいつ。

 おれってシスコンなのか?

 確かに妹は好きだけれど、恋愛感情はないぞ。


 「わるかったわよ。気を悪くしないでね。あたし、あなたには利用価値があると思って話しかけたのよ。使えそうな駒がライブ配信なんかしちゃってるなあと思って―。」

 

 駒?

 こいつ、人をなんだと思っているんだ。

 おれが使える駒ってどういうことなんだ?

 使えるといわれて少し嬉しいような気もした。

 ダメだ。ヒメカという女に好感を感じているじぶんがいる。

 いっていることは、最悪なのに。

 

 「使える?」

 

 「ええ、使えるわね。丁度、頭がちゃんと回ってある程度会話ができて、かつ黒い手のことを忘れていない人間を探していたのよ。あと、あたしのいうことをきく下僕の素質のある人をね。」

 

 下僕?

 本当に最後が余計なんだよな。

 なんだよ下僕って、おれはおまえの下僕にはならないぞ!

 

 「あなたはオホ国がどうして10年経っても未だに、主要都市の1つも復興出来ていないのかわかる?」

 

 ヒメカの雰囲気が少し変わった。

 シリアスに暗い影を落とし俯いている。


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