旧首都にて
「オホ国は、世界一の大国だった。」
おれは、同時視聴者数0のライブ配信をしながら、話しはじめた。
2023年5月3日 水曜日 午後4時11分ごろ、突然それはやってきたのだ。
当時、おれは、7歳だった。
小学生2年のゴールデンウィーク中のことだった。
「今日は5月3日、忘れもしない、10年前の今日この日、オホ国が黒い手にはじめて襲われたんだ。」
粉々に破壊された旧首都の映像をスマホのカメラに映し、おれは、あの日を思い出していた。
旧首都オホンヌは、かつて世界で一番栄えた都市であった。
「ここには、おれが家族と住んでいた実家があった。」
瓦礫まみれの荒廃した場所だけが目の前に映る。
人の姿は、おれを除いて誰もいなかった。
建物らしきものは、すべて瓦礫となっており、人の住めるような住居は1つもない。
「父親はおれを庇って瓦礫に埋もれてお亡くなりになられたんだよな。」
「かあちゃんは、黒い手に掴まれて握りつぶされた。」
「爺さんと婆さんは、逃げ遅れて黒い手に叩きつぶされたんだったよな。」
おれは、無心でぽつりぽつりと当時のことを呟いた。
悲しすぎて、つらすぎて、感情が一部消失してしまっているのだ。
真っ黒で虚ろな目のおれが、スマホの内カメラに映っている。
「あはは。ごめんなさい。ちょっと感傷的になっちゃたかなあ?。」
カメラの向こうの人たちや、後でアーカイブをみるかも知れない人たちのことを考えて、お道化たように笑った。
「大丈夫です、慣れっこですから!心配しないでくださいね。むしろ生き残れて、おれは運がよかったです。」
運がよかったのだろうか。
わからない。
生き残れたのは、奇跡的だった。
8割近くの人がお亡くなりになった。
壊滅的な被害だった。
「妹とおれだけは、どうにか助かりました。必死で黒い手から逃れられた。道中、大人たちに助けて貰いながら、遠くまで車で移動したんだ。」
10年前の記憶が蘇る。
車に乗せてくれたのは、心優しいおじさんだった。
孤独なおじさんだった。
若くして妻を亡くし、子供を黒い手に握りつぶされた、不憫な人だった。
ふと妹の顔を思い浮かべる。
2つ歳の離れた中学生だ。
かわいいかわいい妹だ。
「なんだか、妹の顔が浮かんできました。いい兄でありたいものです。」
おれは、率直に心に浮かんだ言葉を口にしていた。
インターネットで配信をはじめたのは、3年ほど前の2030年12月12日。
手元にあるスマホを片手に、はじめた。
誰もみてくれないのがデフォルト。
じぶんが特別ではないのだと、何度も実感させられた。
スマホをみると、同時接続が1になっていた。
珍しい、いつもだったら同時接続が1になっても数秒でどこかに行ってしまうのに。
『初見。』
コメントがついた。
「ありがとうございます。よかったらゆっくりしていってください。」
ちゃんと会話ができているのかわからないが、それっぽいことを返した。
それっきりコメントはなく、数分後、同時接続が0に戻った。
まあ、そんなもんだよね。
「配信中ですか?」
背後から、若い女の声がきこえる。
こんなところに人がいるのか。
たぶんかなり若い。
後ろを振り返ると、黒い長髪で顔の整った身長150㎝あるかないかくらいの小柄な女がいた。
「ええ。少しお邪魔させていただいてます。」
おれは、かつて首都だった荒廃とした瓦礫塗れの土地へ向かって合掌した。
「悼んでくれているのですね。お優しい方だ。」
女は、目を細めて微笑んだ。
どこか儚げで、浮世離れして雰囲気がある女だ。
色が白く、肌が薄い為に、血色がよくみえた。
黒のオールインワンの服を着ている。
丸みのある上品なネックと、肘くらいまでの長さの袖をしている服だ。
下の方は、少しヒラヒラとした控え目なスカートにもみえるが、ズボンのように足を通せる仕様になっているのだろう。
「配信に映っても大丈夫ですか?ダメだったらすぐ切ります。」
おれは、女を表情を伺いつつ、きいた。
「ああ、全然大丈夫ですよ。」
女は、ネットに顔を出すことを一切躊躇うことはなかった。
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