第4話 カイのお話
後悔するような人生は送るものではない。
だがしかし、後悔するからこそ人は失敗を繰り返さぬものなのではなかろうか?
もしくは後悔してまでも、今手にしたいなにかがあるとか……
とかく人の心は様々で、わがままなものである。
後悔(くやむ)、愉快(わらう)、迂回(回避)、誓い(決心)、破壊(こわす)、理解(なっとく)、和解(なかなおり)。
「えー、カイ! カイはいらんかえ〜! 採れたて新鮮のカイだよ〜!」
カランカラン、と手にしたハンドベルを鳴らしながら、体長10センチほどの野ネズミが声を張った。
「ちょいと、そこの野ネズミさん」
「はい、毎度どうも!」
その体に合った小さな屋台を引く野ネズミが、声の主を振り返る。
「これはこれは、艶っぽいお姉さん?」
「ふふ、よく間違われるんだけれどね、僕は男なのさ。女型の役者をしていたから、着ているものもこんなで……だから、余計に艶っぽく見えるのさ」
薄紅色の女物の着物に身を包んだ、身長165センチほどの男が、野ネズミに視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「さっき、君は新鮮なカイを仕入れたと言っていたよね……いったいどんなカイなんだい?」
男は首を傾げ尋ねる。
「その仕草を見るとホント姉さんって呼びたくなりますねぇ……ごほん、気を取り直して……さてお兄さん、今日の仕入れはですねぇ……」
野ネズミは引いていた屋台を見た。そこには七つの鍋が並んでいる。
「
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の各色の鍋をそれぞれ覗き込みながら、野ネズミは陽気に答えた。
「えぇ、なにかご所望で?」
「うん、最近下界にいる子達がつまらなさそうにしているから、少し非日常的な刺激を与えてあげようと思ってね」
男は七つの鍋を端から端まで眺めながら言った。
「確かに毎日同じことの繰り返しでは、飽きがきてしまうでしょうからね、適度な刺激はあった方がようごさんすよ、きっと」
野ネズミはうんうんと頷いた。
「で、何色にします?」
「そうだねぇ……でも、愉快は楽しそうだけれどさ、後悔とか破壊はえらいことになりそうじゃないかい? ……そんなものを選ぶ客などいるのかね?」
男は不思議そうに首を傾げる。
「お客さん、需要がないもんはあっしは仕入れたりしませんぜ。これでも、こちとら商売歴が長いんですから。後悔にしろ破壊にしろ……なんにしたって、要は気の持ちようなんでさぁ」
「気の持ちよう?」
「後悔して、破壊して……さてそれをどう思い、その後どう行動するか……その人次第でカイは毒にも薬にもなりまさぁ」
ふむ、と男は顎に手を当て考え込んだ。
「ほぅ、なるほどね……では緑色の鍋……『誓い』にしようかな……なにを誓うのかによって、だいぶ人生が左右されそうだからね」
「包装はどうします? リボンの色は鍋と同じ色のものがありますぜ」
「そうなんだ……じゃあ、赤を頼むよ。情熱的な色だからね」
「はいよ、毎度あり」
野ネズミはいそいそと、鍋の中から3センチ程の緑色いアメフラシを取り出した。
それを手際よく瓶に入れ、コルクの蓋を嵌める。
「瓶の色は
野ネズミは、鮮やかな赤いリボンがついた瓶を男に手渡した。
「わあ、素敵な品をありがとう。はい、代金だよ」
男は笑みを浮かべ、野ネズミに水色の金平糖を渡す。
「これはまた上物を……毎度あり!」
野ネズミは満足そうに笑って頷くと、金平糖を一口齧って残りを屋台の隙間に載せた。
男は8センチ程の小さな宇宙色の瓶をポケットに入れ、歩き出す。
退屈そうに欠伸をする、下界の子ども達に向かって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます