第10話:トラップマスター


 絶望が、ハルバードという形となって俺へと振り下ろされた。


 死が目前に迫る瞬間――俺はなぜか走馬灯ではなく、ミカと椿の死の瞬間が脳内で再生された。


 二人の顔。青い光。


 そうだ。青い光だ。二人は青い光となって消えた。


 モンスターは死ぬと青い光となり、経験値として倒したプレイヤーに吸収される。

 だけども二人は青い光になっても、沼騎士に吸い込まれるようなことはなかった。


 もちろん、プレイヤーとモンスターでは仕様が違うのも分かっている。


 でもあの消え方は……どこかで見たことがあった。


「ああ……そうだ。あれは――ワープ石を使った時と同じだ」


 俺はそう呟いて、迫る凶刃を――


 すぐ真横でハルバードが地面へと叩き付けられ、激しい衝撃音が響く。


 だけども俺の思考は極めて冷静だった。


 もしあれが仮にワープ石と同じだとすると、二人はダンジョンの入口に戻っている? いや、それならこのダンジョンで行方不明者が出るはずがない。


 つまり入口以外のどこかへ飛ばされたかもしれないということだ。


 それがどこかは分からない。当然、俺が作ったダンジョンにも、ダンマスにもそんな仕様はない。


 ただ一つだけ思い当たるギミックがあった。


 それは、〝そのダンジョンで死ぬと、ゲームオーバーではなく特定の場所へとワープする〟というギミックだ。死んでやり直しだと思ったプレイヤーを大体驚くし、転送先は隠しステージだったりするのだが……。


「もしそのギミックが実装されているなら……ミカも椿も生きている可能性がある」


 沼騎士がハルバードを再び振るうも、俺は再びそれを避けた。


 敏捷性が<トラップ・マスター>のジェムで底上げされているおかげで、体が自然と動く。


「どうすればその隠しステージにいける? あるいはそこは牢獄のような場所か? このダンジョンで死んだ者はそこに転移され……何らかの条件で解放される?」


 もちろん――あのエフェクトは関係なく本当に死んだだけかもしれない。


 それでも……希望は微かにだが見えた。


 僅かな可能性かもしれない。ただの俺の妄想かもしれない。


「それでも……少しでも可能性があるなら、俺は諦めん!」


 沼騎士の連撃を全て避け、俺は左の方向へと駆け出した。

 その先にあるのは小さな島で、上にはわざとらしくアイテムが置いてある。


「でもあの島で本当に欲しいのは、

 

 俺の目には、それとは別のモノが見えていた。


 走りながら、背後から仕掛けてくる沼騎士の攻撃を刹那で躱す。

 ギリギリだが、体が思い通りに……いやそれ以上に動いてくれる。


 島に近付くと、アイテムの他に複数のものが地面の上で光っている。


 それが何か、きっと俺以外の奴だったら分からないだろう。

 でも俺はこのダンジョンを作ったダンジョンマスター――設置した罠も、


 その光の正体は、本来なら発動するまで見えないはずの罠、そのものだった。


 俺が罠へと触れると、それは小さくなり手のひらに収まった。

 

 理解した。なるほど、確かにこれは<トラップ・マスター>という名前が相応しいスキルであり、そして何よりも俺向けのスキルだった。


 俺が振り返ると、沼騎士が島へと上がってきていた。


「よお、散々好き放題しやがって……お前は絶対にブチ殺す」

「コオオオオオオ!」


 沼騎士がハルバードを振り上げ、俺へと薙ぎ払うべく……


「その一歩が命取りだぜ、クソ騎士」


 その足下には、さっきまではなかったはずのものが俺の手によって設置されていた。


 カチリ、という音と共に――沼騎士の周囲が爆発する。


だよ。踏んだものを攻撃する、モンスターを複数召喚する罠だけども――ここで召喚されるのは――」


 沼騎士へと、触手が絡みつく。


「キシャアアアアア!」


 沼騎士を囲む様に現れたのは、三体の――沼漁りだ。

「コオオオオオ!」


 沼騎士が拘束を解こうとするも、触手はほどけない。

 そりゃあそうだ。沼漁りの拘束攻撃はどれだけ筋力があろうと、どれだけレベルが高かろうと絶対にほどけない。


 拘束された沼騎士のすぐ傍へと近付いた俺が、その足下へとさらに罠を設置する。


 それもまたこの島に仕掛けられていたものだ。


 一体ですら苦労する沼漁りが三体も出現し、初手で拘束攻撃してくる特殊仕様。それによって拘束されればそのまま死亡。もし運良く避けられたとしても――その先に置いてあるのはシンプル、かつ凶悪な罠だ。


 その罠を、沼騎士が踏んでしまう。


「オオオオオオ!?」


 足下から強烈な酸が吹き出し、沼騎士の強固な鎧を溶かしていく。


 それは、いわゆる<装備破壊アーマーブレイク>と呼ばれる類いの効果が発生する罠であり、防具の耐久力を著しく下げてしまう。


 普通の防具でも、一回喰らえばボロボロ、二回喰らえば破壊されるのが確実なのだが――沼騎士は見て通り、元よりボロボロの鎧を着ている。


 つまり一度でもこの<アシッド・トラップ>を喰らえば――


「ゴギャアアア!」


 その鎧は完全に破壊され、脆い腐乱した肉体が露わになる。


 その状態で、沼漁りの拘束攻撃に耐えられるわけもなく。

 巻き付き、締め上げる触手によって――その体がバラバラに砕けてしまう。


「ゴ……ギャ……アア……」


 沼騎士が断末魔を上げ、巨大な青い光となって俺の中へと吸い込まれていく。

 さらに足下にはサイズが人間用に小さくなったハルバードとジェム。


 沼漁り達は一仕事終えたとばかりに、沼の中へと消えていく。


 静寂が辺りを包み込み、俺の乱れた呼吸音だけが響いた。


「はあ……はあ……やった」


 沼騎士を、一人で倒せた。


 俺は思わずガッツポーズを取ってしまう。


「二人を、他の行方不明者を救えるかもしれない以上……俺は独りでも進むしかない」


 そう決意して俺はジェムを拾い、ハルバードを拾った。


「これがあればとりあえずは戦える」


 そのハルバードの名は、<竜殺しのハルバード>。物理攻撃が一切通じないアンデッドドラゴン系モンスターに対して特攻を持つ、強武器だ。


 沼騎士を倒すと高確率でドロップするのだが、沼騎士を倒せるレベルとビルドであれば、なくてもアンデッドドラゴンは倒せるので、あまりありがたくないドロップ品ではある。


「でも今の俺にとっては有用だ」


 この武器と、<トラップ・マスター>のスキルがあれば……俺はまだ戦える。


 それに俺はどうしようもなく怒っていた。


 ブチ切れたと言ってもいい。


「俺の作った完璧なダンジョンを……


 そもそも沼騎士はあんなところにいない。

 沼漁りだってあんな仕様ではない。


 だとすれば考えられることは一つ。コードマスターが、俺を嵌める為にダンジョンの構成や仕様を弄りやがったのだ。


 それは、許されないことだった。


 完璧な計算とバランスの上に成り立っているがゆえに、<クソ鬼畜だが、クリアできなくはない>と、俺のダンジョンは評価されていたのだ。


「それを壊しやがって……クソが」


 分かったよ。やってやるよ。

 これまではどこかまだ他人事というか、少し遊び感覚だったかもしれない。


 でも今は違う。


「てめえのダンジョン……俺が全否定してやる」


 俺はそう決意を言葉にして、駆け出した。

 目指すは第三層のボス討伐。


 最速で、最強で。


「生きててくれ……ミカ、椿」


 俺はそう祈りを言葉にした。


 きっと、誰かに届くはずだと。


***

・うおおおおおおおおおお!

・いや、待てなんでモンスターに罠が発動したんだ?

・陰キャ君がなんか罠をアイテムみたいに拾って使ってたな

・そういうスキルか?

・しかし、あのコンボ強すぎだろ

・陰キャがなんかカッコ良く見えてきた

・ミカと椿は……どこ……?

・もしかしてさ、ダンジョンクリアしたら解放されるんじゃね?

・↑ありえるな

・だから、陰キャが燃えているのか

・まじかよ、応援するしかねえじゃん

・ちょっと応援スレ建ててくる。俺の友達も帰ってこないんだ

・俺、このダンジョンの攻略情報ないか探してくる

・これ、コメント欄陰キャ見てないな。気付け!

・応援してるぞ!

***

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