第9話:想定外
俺達が毒沼を走り始めると同時に、その音を聞き付け毒沼からモンスターが出現する。
それは、ボロボロの騎士鎧を纏った腐乱死体――<デッドナイト>と呼ばれるアンデッド系モンスターだ。墓標の下で眠っている騎士達の死体が蘇ったという設定のため、持っている武器のパターンも何種類かある。
「これがその例のモンスター!?」
それを見て、先頭を行くミカが俺へと叫ぶ。
「違う! こいつらはこのダンジョンの全層で出てくるモブで、戦ってたらキリがない! スルーで!」
全員が毒状態でHPも徐々にだが減っていっている。こんな状況でまともに敵と戦うのは危険すぎる。
「了解っ!」
目の前で錆びた盾と剣を構えるデッドナイトへとミカが棍棒を振り抜き、ノックバック効果で無理やり進行方向から退かせた。
そこを俺と椿が通り抜けていく。
「ナイスだよミカ」
俺がそう褒めると、ミカが嬉しそうにはにかんだ。
「ま、まあね~」
「でも足が止まってますよ」
そんな言葉と共に、椿がミカの横を駆け抜けていく。
「あ、こら! 抜くな!」
「遅いからです」
「んだと~。浅草の韋駄天少女の実力を見せてやる」
「……その二つ名はダサくないですか?」
そんな感じに二人が仲良く? 並走しながら毒沼を進んでいく。
一応、デッドナイトってレベル30でそこそこ強いから倒さなくてもいいとはいえ、そんな片手間であしらえる相手じゃないんだけどね……。
***
・潔い毒沼突っ切りである
・棍棒やっぱいいなあ
・ダメージはあんまり出てないけどな
・なんか競争してる二人がワンコみたいで可愛い
・となると陰キャニートが飼い主か
・裏山すぎる
・しかしやっぱり毒沼走り抜けるのが最適解かねえ
・俺も一回試したが……お勧めはしない。死にかけた
・触手……触手……
***
毒沼の半ば。時間的にはそろそろアイツが出てくるはず。
ここは位置的に正規ルートである墓標の島までが遠く、何かあっても毒沼から避難し辛い。
さらに少し西にいけば小さな島があり、分かりやすく回復アイテムが置いてあるが……もちろん、罠も仕掛けられている。
つまり――ここは
「来るぞ!」
毒沼の水面は泡立つのを見て、俺が鋭い声を発した。
「っ!」
「ミカさん、来ますよ!」
武器を構える二人の前で、水面が爆発。
そこから現れたのは――赤い表皮に覆われた巨大な芋虫のようなモンスターだった。
そいつが頭をこちらへと向けると、まるで蕾が開くようにその先端が割れて、巨大な口が露わになる。棘だらけの口内とそのヌメヌメした表皮が、生理的嫌悪感を抱かせた。
こいつこそが、特殊な出現条件を満たした時にのみ出てくる強敵――<沼漁り>である。
「うげー、キモッ」
「やりますよ」
ミカが少し躊躇っている間に、椿が風のような速さで<沼漁り>へと接近。その槍をその体表へと突き刺した。
傷口から青色の血が霧状に噴き出すのが見えて、俺は違和感を覚えた。
あんな仕様……あったっけ?
「ピギャアアア!」
「もう一撃!」
<沼漁り>が不愉快な声を上げながら悶えているところへ、椿が更に追撃をしようとした瞬間――<沼漁り>の口から何本もの触手が飛び出し、彼女を襲う。
「っ!?」
その攻撃を避けようと椿が動こうとした瞬間、その動きが一瞬止まってしまう。
「椿!」
俺が叫ぶも、間に合わず触手がなぜか棒立ちの椿へと伸びる。
ヤバい! 捕まったら絶対にマズいぞ! なんで動きを止めたんだ椿!
なんて俺が焦っていると、
「おりゃああああ!」
椿の前へと飛び込んできたミカが迫る触手を棍棒で打ち返し、さらに伸びてくる数本を盾で受け止める。
するとようやく動いた椿がバックステップし、俺の横へと並ぶ。
「大丈夫か!?」
「ええ……大丈夫です。すみません」
そう言いながらも彼女は納得いかない表情で、右手を何度も閉じては開いてを繰り返した。
「で、これどうしたらいいの!?」
触手を捌いていくミカがそう叫ぶので、俺は一回下がることを指示しようとすると、椿が再び突進。
「少し確かめたいことがあるのでミカさん、フォローお願いします!」
「むー、仕方ない!」
椿が槍を<沼漁り>へともう一度突き刺した。再び青い血霧が噴き出す。
「ミカさん、
椿の指示に、ミカが驚きながらも頷く。すると触手がまた伸びてくるも、やはり椿の動きが止まっていた。しかしすぐ横にいたミカは普通に行動できている。
ミカが触手を棍棒で殴っていると、椿がようやくまた動き始めた。
「……やっぱり。ミカさん、本体に攻撃すると噴き出すあの青い霧は危険です! おそらく吸ったものに二秒ほどのスタン効果を与えます!」
そう椿が叫ぶ。
「なんだ……それ。そんなの俺は――
<沼漁り>の行動パターンはシンプルだ。
まず攻撃は巨大な胴体を作った薙ぎ払いか、口からこの沼で食べた<デッドナイト>の残骸を吐き出すブレス攻撃しかない。ダメージを喰らった際に、カウンターとして使う触手を使った拘束攻撃を含めると、この三つしかないはずだった。
なのにスタン効果のある血霧? そんなの俺は知らない。聞いた事が無い。
俺は悪寒を感じながら慌てて指示を出す。
「二人とも下がれ、俺の想定と違いすぎ――」
そう俺が叫ぼうとした、その目の前で。
「タネが分かれば問題ありません」
「キモ虫死ね!」
椿の鮮やかな槍さばきと、ミカの力強い連撃によって――
「ギュワアアアアア」
<沼漁り>が青い光となって消えていく。代わりに白い宝石がその場に残り、静かにその存在感を訴えていた。
***
・うおおおおおおお!
・ミカつばTUEEEE!
・息の合ったコンビネーションだったな
・ふつくしい……
・あのワーム倒せるんだw
・ジェムなんだろ
・レアジェムだろ
・クソ……触手プレイが
・パンツ穿いた……
・触手プレイ一つもできずに死ぬとは……
・ワームの風上にも置けないやつだ
***
「やった! 倒した!」
「ジェムもドロップしましたね!」
椿とミカがハイタッチする。
俺は見ていることしかできなかった。
でも分かったことがある。例え想定外があってもこの二人は強い。ミカはすぐにフォローに入ったし、椿はモンスターのギミックを見抜いた。
俺が心配しすぎだったかもしれないな。
そう思って俺はフッと小さく笑ったのだった。
「凄いよ二人とも。これなら、この先も楽――」
その言葉を、俺は最後まで言い終えることができなかった。
なぜなら――
「嘘だ……なんで」
喜ぶミカと椿の背後に――巨大な黒い影が現れたからだ。
それはデッドナイトを二回りほど大きくした、巨大な騎士だった。その鎧はやはりボロボロで、その中の腐った肉体が見える。
手には、黒いモヤを纏った巨大なハルバード。
「なんで……<沼騎士>が」
ありえない。ありえないありえないありえない!
<沼騎士>は、この第一層の入口から見て北東の一番奥に設置されている強モンスターである。周囲にはこの先で有用なジェムやアイテムが置いてあるが、当然それはプレイヤーをおびき寄せるための餌だ。
それにホイホイ釣られたプレイヤーを圧倒的な力で粉砕する、そんなモンスター。
レベルは――
そんな沼騎士が、俺が警告を発する暇も与えずに手に持つハルバードを振り抜いた。
「え?」
「っ! ミカさん!」
ミカへと迫るハルバード。椿がミカの前へと飛び出る。
「妹を、お願いしま――」
ハルバードが、ミカを庇った椿を切り裂き、あっけなく青い光へと変えた。
「椿っ!」
俺が叫ぶと同時に、薙ぎ払われたハルバードが回転。その反対側にある鋭く尖った石突が、未だ動けずにいたミカの体を貫通する。
***
・ああああああああ!
・うわああああああ!
・なんであいつこんなとこにいるんだよ!
・あの強モブってもっと北東側にいなかったっけ?
・ミカちゃああああああああああん
・椿様……
・は?
・あっけなく全滅しそうだな
・陰キャニートも終わりか
・いや、これマジでどうすんの?
・なんとかしろニート!
***
「う……そ?」
「ミカ!」
「ごめん……油断しちゃっ――」
ミカが、申し訳なさそうな表情を浮かべると同時に……青い光となった。
「あああ……あああああああああ!」
ミカが、椿が……あっけなく死んだ。
「俺のせいだ。俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ!」
俺が絶望と共に、迫る沼騎士を見上げた。
兜の下にある顔には目がなく、がらんどうとなった眼孔に赤い火が揺らめいている。
「コオオオオオオオ!」
沼騎士が無慈悲にも、ハルバードを俺へと振り下ろしたのだった。
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