第8話:〝死竜の寝床〟第一層


 「さてと。本来なら二人のビルドの方向性に合わせて、レベリングとマイニングをすべきなんだろうけど」


 俺は目の前に広がる――を見て、ため息をつく。ところどころから巨大な墓標が顔を出していて、それが島のような形で奥へと続いている。


 そこは洞窟内とは思えないほどに広い空間で、本来は地下墓地だったという設定だ。


「なんかもう帰りたいんだけど。ダンマスよりなんかダンジョンのリアルさが増しているというか。いや、現実に現れているからリアルもクソもないけどさ」


 ミカが毒沼を覗き込んで嫌そうな顔をする。


「毒ステージは、ゲーマー誰もが嫌う要素ですからね」


 椿がそれに同意とばかりに頷いた。


「作る側は好きなんだよ! 毒沼! 多分!」


 文句を言う二人にそう返しておいて、俺は思考を切り替える。


「という話は置いといて……レベリングとマイニングをしている暇は残念ながらない。ただそれぞれの動きに影響が出るだろうから、最低限希望に添えるように攻略法を作った」


 そう言って俺は二人の仲間へと視線を向けた。


 残念ながら前回のダンジョンでは防具類のドロップするモンスターはいなかった。

 なので俺達は防具は初期装備のまま、武器だけは各々好みのものを選んだ。


 俺はとある理由から武器はなく素手のままだが、ミカは右手にあの〝黒鬼の棍棒〟、左手には〝粗末な鉄盾〟を。椿は両手武器である〝黒鬼の槍〟を装備している。

 

 この二人、話を聞く限りかなり対極的なビルドを好むようで、俺はどういうルートで攻略べきかで頭を悩ませた。


 例えばミカは――


「防具が欲しい! あとは防御アップジェムと属性耐性とオートリジェネと――」


 なんて延々と言い続けていた。蛮族プレイのわりにはガチガチのタンクビルドを好み、彼女のプレイングスタイルを知っている俺からすると、納得しかない。


 彼女は防御や生存力に全振りするタイプで、〝どんな罠や強いモンスターも正面からぶつかって、砕く〟というのがモットーだという。


 生半可な罠もモンスターも、鉄壁と化した彼女の前では何の意味もなさない。

 ゆえについた名が――ダンジョンを壊す者、〝ダンジョンブレイカー〟


 ダンジョンを作る側として、俺がもっとも苦手するプレイングスタイルだ。きっと前回のダンジョンも初期装備でなければ、あっけなくミカはクリアしていただろう。


 どんなギミックもボスも、彼女の前で無力だ。


「私はとりあえず火力ジェムとスキルが欲しいです」


 その一方で、椿は分かりやすい火力主義者だった。

 身軽さを重要視し、当たらなければ問題ないとばかりに、基礎ジェムも火力に直結するものばかり装備していた。槍を選んだ理由も、一番攻撃力が高いからだ。


 罠やギミックについては、どうやらこのダンジョンで行方不明になった妹の楓ちゃんが攻略法を見付け、それを実践するというやり方だったようだ。あの前回の鮮やかな攻略っぷりを見る限り、身体能力はかなり高そうだ。


 今回は、俺がその妹の代わりに攻略法を教えるという役割である。


「で、カナタは、どうするの?」


 ミカがそう言って、俺が手に持っていた白いジェムを見つめた。

 それは前回のダンジョンで、一番最初にゴブリンを倒した時に手に入れたジェムだ。


「……正直未知数すぎて、計算には入れたくないんだよね」


 そのジェムが鑑定された時、俺は驚いた。


 なぜならそれは、少なくともジェムだからだ。


 そのジェムは、種類自体はスキルジェムと呼ばれるもので、プレイヤー自身に装備することでステータス上昇と特殊なスキルが使えるようになる。


 だけどもこのジェムで使えるようになるスキルが、俺も、そしてミカと椿すらも聞いた事のないものだった。


 その名は――<>。


 上がるステータスは敏捷性だけだが、その効果量はかなり多かった。それは良いのだが、そのスキルの使い方がサッパリ分からない。


「名前的にはカナタにはぴったりだけどね!」


 ミカが笑顔でそう言うので、俺は頷きながらジェムを装備する。


「使い方が分からないから、アテにはできないよ。一応装備はするけどさ」

「名前からすると、罠の設置や解除ができる……とかでしょうか」


 椿の推測を俺は否定しないでおく。おそらくダンマス2で実装予定のジェムなのだろうけど、なぜそれがドロップ設定されていたのかは分からない。


「ま、これは考慮しないでおこう。だけどもこういう未知な部分がこの先にあることは、ちゃんと考えておかないと」


 未知数を計算に入れられるほど、俺の頭は良くない。なら、そういうことがあると想定して慎重かつ大胆に攻めるしかない。

 

 このスキルについては、罠を解除できればラッキーぐらいの気持ちでいた方がいいだろう。


「で、どうするの?」


 ミカがソワソワし始めたので、俺は念の為もう一度攻略法を説明する。


「このダンジョンは三層になっているけど、この第一層は基本的にスルー推奨だね。毒沼を安全に渡るには崩れた墓標を渡っていくしかないけど足場が悪い上に、敵もアンデッド系で強くはないけど厄介だ。まともに進むとかなり時間が掛かる」


 せっかく作った毒沼を存分に味わって欲しいので、そういう作りにしているんだけどね。

 足場は悪いが、降りれば毒沼で状態異常と継続ダメージ。敵は毒無効なので、平気で毒沼の中でも襲ってくる。


 自分で言うのもなんだが、嫌らしい作りになっている。


「しかも基本的にする。レベリングには一見良さそうに見えるが、経験値効率はイマイチだ。なので、最短経路で突っ切る」


 俺は毒沼の奥に見える光を指した。それはセーブポイントの光であり、毒沼の地下に位置する第二層へと続く階段の手前に置かれている。


「うへえ……毒沼を突っ切るのか」


 ミカが躊躇いを見せるので、俺は思わず苦笑してしまう。


「ミカはそういうプレイングスタイルが好きだろ?」

「毒沼は別! 大体こういう毒沼って、そういう突っ切るプレイヤー向けになんか仕掛けてるし」


 ジト目のミカから、俺は思わず目を逸らしてしまう。


「……まあな」

「で、私の出番ですか」


 椿が嬉しそうな顔で槍を構えた。


「その通り。この毒沼には、〝一定時間以上毒沼にいると出現する特殊なモンスター〟ってのがいてね」


 俺も毒沼を最短距離で突っ切るプレイヤーは想定しているわけで。


「そいつはさして体力も防御力もないが、火力が高い上に拘束攻撃を多用してくる。捕まったら最後、周囲のモンスターにボコられて死ぬ。一番の攻略法は――恐れずに一気にダメージを叩き込んで倒すこと」

「なら私にお任せを。ミカさんは後ろで見てていいですよ」


 椿がビビり気味のミカをそう挑発した。

 いや、だからそういうのやめません!?


「はあああ!? 私もやるし! いいでしょ、カナタ!?」

「まあ、二人で殴った方が早いしね……」

「じゃあそういう感じで! 行くよ二人とも!」


 ちょっとムキになったミカが、勇み足で毒沼へと入っていく。


「はいはい。じゃあ全員、モンスターもアイテムも無視して……ダッシュ!」


 その合図と同時に――俺達は毒沼の中へと入り、駆け出したのだった。


 いよいよ、ダンジョンの本格攻略の開始である。


 だが、一つだけ。俺はすっかり忘れていたことがあった。

 初のハードモードのダンジョン攻略ということもあり、その表示をオフにしていたことを。


 それは――


***

・ミカと椿様のコラボ配信始まったあああ!

・やっとかよ

・陰キャ裏山

・最強の二人だな。

・きっとまた鮮やかに攻略してくれるに違いない

・スレ建ててく――ってもう建ってやがる

・でも、このダンジョン行方不明者が出てヤバいんでしょ?

・クリアしたら戻ってくるとかなんとか

・まあ見る分には安全だべ

・さて、どうなるか楽しみだな

・やばっ! 某有名配信者もリアルタイムで視聴してるっぽいぞ!

・マジ?

・誰だよ

・さあ、頑張ってくれよミカちゃん

・陰キャニートは仕事しろ

***


 

 まさか俺達の攻略がバズるなんて……この時思ってもみなかった。

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