第7話:新たな仲間
〝死竜の寝床〟――それは三層からなる、中規模のダンジョンだ。
推奨レベルは50。しかしレベルこそ一緒だが、〝黒鬼の崩窟〟とは訳が違う。
「このダンジョンは、王道で真っ当なガチのダンジョンです。手強いアンデッド系モンスターや厄介な地形効果、シンプルに強いボスと、かなりの難易度になっています。前ほどの凝ったややこしいギミックはありませんが、難易度は比較にならないほどに上がっています」
俺がいつもの会議室で、ダンジョンの概要について篠田さんとミカへと説明する。俺の背後には、ダンジョンの全貌や出現するモンスター、ダンジョン内のギミックについて俺が作った資料がプロジェクターで表示されていた。
ミカはどう見ても寝ているが……まあいいや。
「大体のことは分かったが……こいつはシンプルにヤバそうだな」
篠田さんが説明を受けて、難しい顔をする。
「ええ。ですが俺とミカはレベル20まで上がっていて、かつ基礎ジェムと最低限の装備は揃えています。少しキツいですが、無茶をせず堅実に進めば……攻略できないことはありません」
「だが、それじゃあダメだ」
篠田さんがそう言って、違う画面をプロジェクターで映した。
それはコードダンジョンについての書き込みが多い、とある掲示板のスクリーンショットだった。
***
・うはー、今回のダンジョンやべー!
・シンプルに怖い
・いきなり死にそうになってヤバかったw
・最初からワープ石一個置いてあるのはありがたいな
・ドロップうまー!
・経験値もうまいな
・しかし、火属性か聖属性ないとキツいな
・最初のエリアの奥にいるデカい騎士を倒すと、属性付与ジェム落とすぞ
・↑マジ? いってくる
・死ぬほど強いから死ぬなよ
***
「かなりの人数が既にこのダンジョンへと挑んでいる。配信者達も初見実況をしはじめている。さらに……こんな書き込みがあった」
篠田さんが別のスクショを映した。
***
・おい、お前らすぐにダンジョンから出ろ! これダンジョン内で死んだら、戻れないぞ!
・嘘乙
・死んだら入口に戻されるだけだろ?
・そういや、ハードモードって書いてあったな
・中で死んだら、ガチで死んだりして
・俺の友達、ダンジョンから帰ってこないんだが
***
「……マズいですね」
「まだ大事にはなっていないが……既に被害が出ている可能性が高い」
篠田さんの眉間に深い皺が刻まれる。
危惧していたことが、起きてしまった。
「すぐに攻略しないと。前みたいに配信で攻略法を教えて……なんて悠長なことをやっている暇はありませんよ、これ」
俺がそう言うも、篠田さんは何も言わず俺をジッと見つめた。
「……巻き込んでおいてなんだが、お前怖くないのか。今回はガチで死ぬ可能性があるんだぞ」
そんなことを篠田さんが今更聞いてきやがる。
「……そりゃあ怖いですよ」
「俺は社会人として、いやその前に一人の大人として、これ以上未成年の君を巻き込むわけにはいかないなって思っている。今更な話かもしれないが、今はそう思ってる」
おいおい。何を言い出すかと思えば。
「それでも、俺は無関係じゃないですから。責任は一応、ちょっとだけ感じているんです」
「……そうか」
「だから篠田さんに言われなくても、きっと俺はこのダンジョンを攻略すると思いますよ。でも一人なら自信ないですけど……ミカがいるなら」
俺はそう言って、テーブルへと突っ伏して本格的に寝ようとするミカを見つめた。可愛らしい寝顔だが、口元からよだれが垂れている。
それを見て、俺は少し笑みを浮かべながら思い出す。
前回のダンジョンで散々レベリングとマイニングに付き合わせたせいで、彼女の人となりや、プレイヤーとしての実力を嫌というほど見せつけられたが……確かに彼女はランカーに相応しい人物だった。
「ミカがいるなら今回のダンジョンは攻略できます。でもそれを俺は強要できません」
「上司として、怪我どころか死ぬ可能性のある仕事を部下には任せられない。だから、この話はもう終わりにしよう。一応、僅かだが謝礼は用意している」
篠田さんの判断は間違っていない。前はそういう心配がないからこそ出来たことだったが、今回はそうじゃない。
「分かりました。あと、謝礼は取っておいてください。あとでまとめて請求するので」
俺は笑いながら謝礼を拒否すると、立ち上がった。
「……すまん」
そう短く謝罪し、頭を下げる篠田さんに背を向ける。
「ここからは、ただの大学生が興味本位でダンジョンへ挑むだけの話です。大人の出番はありませんよ」
俺はそう言って、株式会社ミノスを後をする。
篠田さんは……最後まで頭を上げなかった。
「さてと……どうすっかな」
手強いダンジョン。味方はなし。
「あはは、でもなぜだが燃えてるんだよなあ」
死ぬ、ということに関する現実感のなさがそうさせているのかもしれない。絶対にこのダンジョンをクリアしてやる、という意欲に満ちていた。
「案外、俺も探索者に向いているのかもしれないな」
これ以上、被害者を出さない為にも――ダンジョンをクリアするしかない。
「しかも最速で。でもそれには……強くなる必要がある」
脳内で何度もシミュレーションを繰り返す。どう動き、どう攻略すれば最速で、最強になれるか。
「やるしかない」
気合いを入れ直して、俺は一人暮らししているマンションの部屋へと戻ると、一心不乱にPCへと最速かつ最強で攻略できる方法を書き出していく。
ミスは許されない。
そうしていると、メールが一通届いた。
それは、篠田さんからだった。
『そういえばうちの会社にこんな問い合わせがあったから、一応報告しておく。以上』
そのあとに、ミノスの問い合わせフォーラムに寄せられたらしき一件のメールが、俺へと転送されていた。
「……これ、個人情報思いっきり流してね?」
と思ったが、今は細かいことは気にしている場合ではない。
そのメール内容は要約すると、こういうことだった。
『妹がコードダンジョンから帰ってこない。警察に相談したが、全く話を聞いてくれなかった。コードダンジョンは明らかに<ダンジョンマスターズ>と同じ仕様であり、今回のダンジョンも、御社が作ったものではないのかと疑っている。もしそうなら、すぐに妹を解放してほしい。あるいは無関係でも、もしこのダンジョンのデータなどがあれば公開してほしい』
それは今、ミノスに大量に送られてきているであろうクレームのうちの一つに思えた。しかし文章の後半、そしてメール送信者の名前を見て、俺は驚いた。
『ダンジョンをクリアすればいいだけなら、自分がやる。自分ならやれる。前のダンジョンも自分が一番最初にクリアしたのだから――
椿という名前。そして、前のダンジョンをクリアしたという言葉。
「まさか、あの椿なのか?」
もしこれが本人なら……いや、きっとそうだ。
でなければ篠田さんがわざわざ俺にメールを転送したりはしない。
妹がダンジョンから帰ってこないという言葉が本当なら、きっと彼女は相当に焦っているはずだ。
そんな彼女のメールを俺へと転送してきた篠田さんの意図を、俺は正しく理解した。
「巻き込みたくないだの、話は終わりだの言ったわりには.……これだから大人は汚い」
俺は笑いながらそう呟いて少しだけ時間を置くと、椿のものと思われるメールアドレスへと一通のメールを送った。
「味方は多いほどいいからな」
俺は脳内のシミュレーションを少し修正して、攻略法を書き直す作業をはじめたのだった。
***
三日後。とある喫茶店の一角。
「……なるほど。色々理解できました」
俺の目の前に、椿本人が座っていた。間近で見ると彼女は本当に美人で、少しだけ緊張してしまう。
「そういうわけで俺はコードダンジョンを最速でクリアするつもりだ。その為なら攻略法や知識を出し惜しむつもりはないし、前みたいにわざとボスの倒し方を伏せるようなやり方もしない」
「知らないとはいえ……ミカさん含め、嘘つき扱いしてすみませんでした……私が軽率にクリアしたばっかりに……」
彼女に全てを話した結果、彼女はあっさりとその話を信じて、さらに謝罪までしてくれた。
「あ、いや、いいんです。クリアされるのも時間の問題でした。むしろ、よくあのギミックを解けましたね」
「あれ……実は妹が最初に見付けたんです。私はそれを聞いて実践しただけ」
「妹さん? というと、ダンジョンで行方不明になった」
俺は彼女からあらかた事情は聞いていた。曰く、彼女の妹が前と同じようにコードダンジョンに挑んだのはいいが、どれだけ経っても帰ってこないという。
「はい。
憔悴したような様子の椿さんを見て、胸が痛くなる。
「それは心配ですよね」
「はい……だから、クリアすれば帰ってくるんじゃないかって思いまして」
現状を見ると、ハードモードのダンジョン内で死亡するとやはり、入口に戻されずに消えるようだ。
ただ、それが本当に死んだということなのかは分からない。
死んでいないことを祈るしかない。
「俺としても、クリアしたい気持ちは同じなんです。これ以上ダンジョンを放置をすれば、妹さんと同じようにいなくなる人がどんどん増えていく」
「貴方が作ったというのなら、当然知っているのですよね――このダンジョンの攻略法を」
彼女が縋るような目で俺を見つめてくる。こうなったら言う事は一つしかない。
「ええ。だから協力しませんか? 残念ながら俺はダンジョンを作るのは得意でも、攻略するのは苦手で。椿さんの攻略配信見てましたが、素晴らしい動きでした」
「……是非お願いします、カナタさん」
彼女がそう言って頭を下げた。
「椿さん、こちらこそよろしくお願いします」
その言葉を聞いて、彼女がここに来て初めて笑みを浮かべた。
「はい! 私のことは気軽に椿と呼んでください。敬語もいりません。多分、同い年ぐらいですよね?」
「十九ですよ」
「じゃあ、一緒ですね」
ニコリと笑う彼女――椿に、俺は不覚にもドキッとしてしまう。
すると――なぜか殺気を感じた。
「……?」
「かぁ~なぁ~たぁ~!!」
そんな地獄のそこから響くような声と共に――俺達の席の前に一人の女がやってきた。
「なんで、勝手に話を進めてるわけ!?」
それは、短パンTシャツというラフな格好が妙に似合う女――ミカだった。
「なぜここに?」
「ご丁寧に待ち合わせ日時のやり取りメールのBCに篠田さんを入れたくせに、そんなこと言う!? 篠田さんも、〝仕事じゃないけどこういう話になってるらしいな。仕事じゃないけど〟って何度も言いながら見せてくるし!」
ミカが腰に手を当てて、プンプン怒っている。
「……そうだっけ?」
俺がとぼけたようなふりをする。篠田さん、俺の意図をちゃんと汲んでくれて助かるが、せめてそうするなら一報くれ。
なんて思っていると、椿がミカへと優雅に微笑んだ。
「初めまして……ミカ、さんですよね?」
「そうですけど!?」
「
なんてことを言いやがる。いやいや、そんなことは言ってないよ!?
「……はあ? いつどこで何時何分地球が何周回った時にそんな話になったんですかねえ!? 私ももちろん一緒に行くに決まってるでしょ! ね? カナタ」
「いや、でも、篠田さんが……」
俺がごにょごにょとそう言うも、ミカは聞く耳を持たない。
「これはお仕事じゃなくてプライベート! もし篠田さんが文句言ってきたら、パワハラとセクハラで訴えて社会的に抹殺する」
「こわっ」
「……というわけで、よろしくね、
ミカが仕返しとばかりに、椿へと笑顔を向ける。
それを涼しげな笑みで受け止める椿。
それを見て、俺はこう言うしかなかった
「……えっと、みんなで仲良く頑張ろうね?」
こうして俺は、ミカと椿という心強い仲間と共に――〝死竜の寝床〟の攻略を開始したのだった。
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