第6話:ボスの倒し方
黒髪の美女――椿の配信はその名前の如く、鮮やかで美しかった。
俺の仕掛けた罠を危うげなく躱していく。
『本当にこのダンジョンを作った人間が陰湿であることが窺えるギミックばかりですね』
椿がそんなことを言いやがる。
「誰が陰湿だよ」
と俺が一応ツッコミを入れるも、ミカも篠田さんも何の反応もしてくれなかった。
陰湿じゃないよ……じゃないよね!?
だけども、問題はここからだ。あの武装したゴブリンが中央に三体いる部屋の先については、俺はわざと嘘を教えている。
『この先の丁字路ですが通路自体には罠はありませんし、突き当たりで右の通路を進めばボスです。ですが、皆さんもご存知の通り、そのままボスに行っても今のレベルでは絶対に勝てません』
その通り。おそらく殆どのプレイヤーがそうやって挑んでは散っていったはず。なぜならこのダンジョンのボスは正面から挑めばまず勝てないようになっているからだ。
『なので、正解はまず左の通路に行くことです。皆さんご存知の通りその先にある通路も部屋も罠だらけの地獄です。しかも奥には思わせぶりな宝箱』
椿がそんなことを言いながら左の通路に入っていき、その先の罠を避けていく。
床のスイッチを踏むと矢が飛んでくるもの、天井が落ちてくるもの、槍が床から飛びでてくるもの……etcetc。
それらをくぐり抜けた先にある、少し広めの部屋もまた罠だらけだでその先には、大きめの宝箱がある。
『当然、あの中にボスを倒す何かがあるだろうと考えますよね? ところが――』
椿が見事な動きで部屋の中の罠を避けて、正しい順序で部屋の中を進んでいく。
***
・上手いな
・分かっててもここで死ぬんだよなあ……
・そもそも宝箱に辿り付くのが難しいんだが
・それな
***
椿が宝箱へと到達する。宝箱の前に立つと床が少しだけ沈み、カチリという音と共に宝箱の蓋が開いた。
その中には青い結晶――ワープ石が一個入っている。
『このように、この宝箱にはワープ石が入っているだけです。苦労して辿り付いたプレイヤーはさぞかし憤慨したでしょうね』
うんうん。まあ、そういう顔を見るのが俺の趣味みたいなところはある。
***
・キレそうになったな
・クソゲーだと思いました
・すぐにワープ石使ったわ
・戻りも地獄だしなあ
***
『ええ。その通りです。苦労したわりには手に入るのはさっきの部屋でも手に入るワープ石。しかもこの部屋もさっきの通路もなぜか罠は解除されず、戻るのも一苦労。当然、プレイヤーは……ワープ石を取って入口に戻ってやり直すことを選ぶでしょう』
その椿の解説を聞いて、俺は確信した。
やっぱりこの子、本当のギミックを見抜いてやがる。
『ですが……それこそがダンジョンマスターの罠です。見ててください』
それから椿は宝箱の中のワープ石を取らずに、棒立ちしていた。
***
・あん?
・どういうこと?
・なんだよこれ
・何の時間だ
・ワープ石を取らないの?
***
そうして、きっちり五分後。
『見てください』
椿が宝箱の中を指差した。
すると――ガコンという音と共に宝箱の底に穴があき、ワープ石がその穴の中へと落ちていった。
***
・なにそれ!?
・はあ!?
・ワープ石が消えた
・まさか、これがボスを倒すギミックになるのか?
***
『今見たように宝箱の中のワープ石を五分放置すると、なぜか穴が開いてどこかへ落ちていきます。これで準備完了です』
椿はくるりと回転すると、再び罠だらけの部屋と通路を素早く抜けて、ボスの方へと走っていく。
『ここを急ぐ必要があります。罠の避け方は私のやり方を参考にしてください』
そうして、ついに椿がボス部屋へと辿り付いた。
扉を開けるとその先は広い空間になっていて、奥には骨でできた祭壇があった。そこには何やら大仰な飾りを頭に付け、曲がりくねった杖を持つブラックゴブリンが立っている。
そいつこそが、このダンジョンのボス――――〝
レベルはたったの10。初期装備でも勝てるぐらいに弱い。
普通に殴らせてくれれば、の話だが。
***
・出たな、クソボス
・マジでこいつ嫌い
・へたれゴブリンが!
・はいはい、召喚召喚
***
『ではボス戦を開始します』
椿の声と共にボスが杖を掲げた。その瞬間、ボスの周囲に重武装のゴブリン達が召喚される。さらに、それぞれのゴブリンからとボスが光の線で繋がっていき、ボスが白いオーラに包まれた。
『皆さんご存知の通り、ボスはあの白いオーラに包まれている限りは無敵。ではどうすれば解除できるかというと、あの周りにいる十体の〝ゴブリンヘビーアームズ〟を倒す必要がありますが――まず不可能です』
そう。〝ゴブリンヘビーアームズ〟はなんとレベル60。さらにガチガチに武装しているので、同レベルでも相当に武器やスキル、ビルドを整えないと勝てない相手だ。
しかもそれが十体。さらに、ボスによるバフを受けて強化されている。
そして、ボスも遠距離からチマチマ魔法攻撃を仕掛けてくるという鬼畜っぷり。
『どう考えても、高レベルで装備の揃ったプレイヤーが複数いないと勝てません。現時点でそこまで育てるのは難しいので、実質的にクリア不可能となります。ですが――』
椿がそう言って、ボス部屋の入口で棒立ちしていると――
***
・ん?
・あれは
・マジか!
・そんなの知らねえw
***
突如、ボスの頭上にある天井に穴が開き、何かが落ちてくる。
それは、青い光を放つ――
それがボスの身体に当たると――ワープ石を使った時と同じエフェクトが出て、ボスの姿が消えた。
***
・え?
・ボスが消えたw
・え? これだけ?
・倒してなくね?
***
『皆さん、気付いていますか。ボス部屋ってのは大抵、入ると出入り口が封鎖されます。ところがなぜかこのボス部屋は――
***
・まさか
・ワープ石を使ったら……
・入口か!
・うおおおおお!
***
『そうです。この状態になったら――入口まで急いで戻ります』
椿がボス部屋から出て、入口まで走っていく。
ああ、そうだ。完璧じゃないか。
そうやって、彼女があの埃っぽい入口に戻ると――そこにはボスが独りで突っ立っていた。
「ゴブゴブ!」
ボスがプレイヤーを見付けて、攻撃を仕掛けてくるが――椿がそれを一蹴を。棍棒で思いっきり袋叩きにすると、あっという間にHPが削れていく。
***
・倒せるぞ!
・いけえええ!
・ぶっ殺せ!
・ついにクリアか!
***
そうして、ボスのHPが完全に削れると――白い光と共に消失。
<ダンジョンを制覇しました>
というメッセージと共に、白い光が椿へと吸い込まれていく。
『つまりこのボスの攻略法は――罠部屋の宝箱を開けて、中にあるワープ石を放置することでボス部屋に出現させるというギミックを起動させ、それによって孤立したボスを叩く――ということになります。ちなみに、ギミックを起動させてから五分以内にボス部屋に入らないとワープ石は出現しませんのでご注意ください。是非、皆さんも真似してくださいね』
その言葉と共に、椿の配信が終わった。
***
・クリアおめ
・早速やるぞ!
・俺もやるかあ
・流石だぜ、椿ちゃん
***
「……見事だ」
俺は思わずそう声を出してしまう。
しかし篠田さんとミカの顔には信じられないといった表情が浮かんでいる。あるいは、呆れているのかもしれない。
「……お前、性格悪いな。あんな攻略方法、分かるわけないだろ」
「ノーヒントですよねこれ!? 酷すぎる。クソゲーにもほどがある」
あれ、なんで俺が責められているの!? 凄いギミックだね! って褒められるべきじゃない!?
「いやでも、こうしてクリアした人もいるわけですし……」
俺が慌てて言い訳じみたことを言うも、
「お前、あいつにこっそり攻略法を教えたんじゃないか?」
篠田さんが俺を疑いはじめた。
「いやいや! 誰にも教えてませんって!」
「ほんとにぃ? 色気に騙されて、ついうっかりポロったんじゃないの?」
ミカにまで疑われて、俺は大変心外だった。
「誓って誰にも教えてない! マジだって! というかそれよりも――ダンジョンは消えたんですか?」
俺がそう聞くと、篠田さんがSNSを調べはじめた。
すると、こんな書き込みが出てきた。
***
・ダンジョンから強制的に追い出されたんだが?
・データは残ってるっぽいが
・ワープ石を使った仕様になってるから無駄になってないっぽい
・ダンジョン入れない!
・コード消えた?
・誰かクリアしたらしいぞ
・ええ、次のダンジョンは?
***
「……どうやら推測通り、クリアしたら消えるらしいな」
「ですね」
俺も部屋に戻ったら消えてるかどうか確認してみよう。
「ま、いずれにせよお疲れさん。まさか他の奴がクリアするとは思わなかったが」
「いえ、これでいいんです。むしろここまでクリアされずに残ってのが奇跡みたいなもんです」
ダンジョンの攻略情報をネットで共有できる以上、必然的に攻略方法はすぐに拡散する。だからこそ、あんな回りくどい罠を俺は仕掛けたわけだが。
だけどもそのおかげで、殆どの配信者がコードダンジョンに潜るのをやめたか、あるいはレベリングとマイニングをしたかのどちらかだった。
つまり配信者全体のレベルと装備は、初期状態からかなりマシになっていた。
「そうだな。そこについてはお前の手柄だよ。次にダンジョンが出るかは分からないが……初期装備で突っ込む奴の数は減っただろうさ」
篠田さんが認めてくれて、俺の肩を軽く叩いた。それを正真正銘の賞賛だと受けとって、俺は嬉しくなる。
「もう、ダンジョンが出ないことを祈りますけどね」
「だな。だが期待しない方がいい。こんな大それたことをした奴が……これで終わらせるわけがない」
そんな篠田さんの予言めいた言葉は――やはり現実になるのだった。
コードダンジョン:〝黒鬼の崩窟〟が消えてから二日後。
あっけなく、そのコードダンジョンは現れた。
俺はそれを見付けて、すぐに篠田さんへと連絡をした。
「やっぱり出ましたよ」
『ああ、こっちでも確認できた。ネットは大盛り上がりだよ。それで、そいつは――お前のやつか』
篠田さんの問いに、俺はため息をつきながら、こう答えたのだった。
「……その通りです。現れたダンジョンの名前は、〝死竜の寝床〟。入口だけなので、断定はできませんが、おそらく俺製のやつです。推奨レベルはやはり50。ですが危惧していたように――
いよいよ……ガチのダンジョン攻略が始まろうとしていたのだった。
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