第5話:ダンジョンクリア……しません!
「ワタシ、ハナシ、キク。トツゲキ、ダメ、ゼッタイ」
「うおーい、めっちゃ棒読み~。とりあえず突っ込むなら話聞いてからにして」
「分かったってば……」
なんて会話をしながら俺は、部屋の中央に出現したワープ石を手に取った。
***
・ワープ石!
・まんまダンマスと同じだな
・使うのかな?
・使うだろ
***
「あれ? ボス行くんじゃないの?」
そうミカが聞いてくるので俺は少しだけ考え、それに答える。
「いや……気が変わった。戻ろう」
「初期レベルでもボスは倒せるって言ってなかったっけ」
「うん、可能だよ。でもそれだと……
このダンジョンを攻略しながら考えていたのだが、実はこのセーフティモードのダンジョンがあるうちにレベリングとマイニングをしておいた方がいいんじゃないのか?
なぜかと言うと――
「この後に出てくるダンジョンがセーフティモードとは限らないからだよ。もしそれが俺の作ったダンジョンではない未知のものでかつ、ハードモードなら……大変なことになる」
その可能性は決してゼロではない。
「ああ……そっか。だから全部分かるこのダンジョンで、稼げるだけ稼ぐって話だね」
ミカがすぐに理解してくれた。その通りなんだけども、問題が一つある。
「ただ……正直クソつまらん作業になる。なんでかというと、このダンジョンに出てくる雑魚モンスターは今倒してきたやつが全部なんだ。今はレベル1だからそれなりの稼ぎになるけど、正直レベル20ぐらいからは頭打ちになる」
さらにブラックゴブリンはドロップ品がショボい。まあ幸いなのは、HPや攻撃力といったステータスを上げるジェム――通称<基礎ジェム>を何種類か落としてくれることだ。
「じゃあレベル上げてかつ、基礎ジェムを掘る感じ?」
「だね。知ってると思うけど、レベル20でプレイヤーのスロットが全部解放されるから、そこまではやりたいところ」
ジェムをセットできるスロットは、プレイヤーに最大五個あるが、レベル1から全て解放されているわけではない。なので五個全て解放されるレベル20が、ダンマスにおけるスタートラインと言われている。
「了解! 効率悪そうだけど、仕方ないね」
「そもそもそういう稼ぎをするダンジョンじゃないからね」
そこで、ふと気付く。
一体誰が何の目的で、このコードダンジョンを出現させたのかは分からない。というかもはや超技術すぎて、超常現象かファンタジーの類いだ。
ただそれが誰にしろ、俺が作った百を超すダンジョンの中からこのダンジョンを最初に出現させたことに、何か意図があるはずだった。
「このダンジョンは攻略法さえ分かれば……
そんな独り言が思わず出てしまった。
思考が回る。策が頭の中で張り巡らされる。
「ん? すぐにクリアしたらダンジョンも消えるだろうし、いいんじゃないの?」
「いや、さっきの気掛かりが本当だとすると……このダンジョン自体が、
コードダンジョンを出現させた奴……仮にここではそいつを〝コードマスター〟とでも呼称するとして、そのコードマスターは当然、俺の存在を知っているはずだ。
そして俺が、コードダンジョンが自分の作ったダンジョンだと気付くことも想定済みのはず。
気付いた俺はどう動くかというと――当たり前だがダンジョンをクリアしようとするだろう。まさについさっきまでの俺がそうだ。
「俺とミカがこのダンジョンを考えなしにクリアしたあとに――ハードモードの鬼畜ダンジョンが出現したらどうする?」
「えっと……がんばる?」
「死ぬかもしれないのに?」
「それは……」
さらに今日、俺らがクリアしてしまうと――今、このダンジョンを攻略している配信者、あるいは攻略しようとしている配信者はどうなるだろうか。
「クリアせず、しかもワープ石を使ってないなら――レベルは1のままだ。使っているなら、おそらくある程度はレベルも上がっているだろうけど、意図的にレベリングやマイニングをしている配信者はまだいないはず」
「そうだね。私もいくつか配信を見たけど、そこまでガチってる人はまだいないと思う」
「だとすると……下手にこのダンジョンをクリアすることは――
「え?」
俺はさっきまで、自分達のことばかり考えていた。
レベリングしてマイニングをしてクリアすれば、次のダンジョンにも対策が立てられると。
でも、他のプレイヤーは?
次のダンジョンがハードモードの鬼畜ダンジョンで、俺らがクリアに手間取っている間に、知らずに攻略しようとした初期装備に近いプレイヤーはどうなる?
「俺達のせいで……被害者が出るかもしれない」
「嘘……」
「そこまで面倒見切れるか、って話かもしれない。でもここをすぐにクリアするのは悪手だと思う」
これはコードマスターが、俺へと仕掛けた巧妙な罠だ。
俺がこのダンジョンで使った、<知っている罠は避けたくなる>って心理と同じだ。
知っているダンジョンは当然クリアしたくなる。
「だから――
そう言って、俺はミカへととある考えを伝えた。
「うーん。私は賛成だけど、篠田さんがなんて言うかなあ」
それを聞いてミカが唸る。まあ確かにこれは篠田さんにお伺いをしないといけない案件だろう。
「やる価値はあると思う。そうすれば……被害者は減らせるかもしれない」
「分かった。一度相談してみる」
「よし、じゃあレベリングとマイニングをしようか。その前に――」
俺はさっきから俺らの様子を見ている、コメント欄の連中へと言葉を伝えるべく、スマホから弄れる配信設定のマイクをオンにした。
「あー、視聴者の皆さん。聞こえますか?」
***
・陰キャが喋って草
・いえーい、見てる?
・どうした急に
・ワープ石を使わないのかよ
***
「皆さんにお願いがあります。このダンジョンの攻略法をこれから実践しますので、拡散してもらえませんか。もちろん、やるのは僕の
そう言って俺はミカを前へと押し出した。俺よりもビジュアルが、何よりおっぱいが最強なミカを前面に出した方が多分、人は集まるはずだ。ついでに従姉設定にしておくことも忘れない。
カップルだと思われるのも面倒臭いしね。
「み、ミカです! よろしくお願いします!」
なぜか緊張気味なミカを見て、コメント欄が盛り上がる。
***
・ミカちゃんかわええええええええ
・推せる
・攻略配信ってやつか!
・確かに初見とは思えないほど凄かったしな
・陰キャニートじゃないなら、まあ
・生声最高!
・ちと、スレ建ててくる
***
その後、俺達はワープ石を使って入口に戻ると、改めてミカによる攻略解説配信をはじめた。
その配信は、最初は十人程度の同接だったが――二時間後には千を超える数になっていた。
しかしそれはまだバズというほどのものではなく、コードダンジョン配信界隈というまだ小さなコミュニティ内で少しだけ話題になった程度のものだ。
だけども、俺の目論みは見事に成功したのだった。
一週間後。
***
・くそーミカちゃんの配信見ても、ボスが倒せねえ!
・無理ゲーじゃね?
・ミカちゃんもボスの攻略配信は出してないし、苦戦してるのかも
・誰か討伐報告はないのか?
・レベルは上がってきたが、飽きてきたな……
・もう黒ゴブを罠で倒す作業は嫌でござる
・ボス、倒す方法ないのかねえ
***
そんなコメント欄を、株式会社ミノスの会議室にあるモニターで見つつ、俺は愉悦に浸っていた。
「ふっふっふ……見事に引っかかったな」
そんな俺を見て、今日は仕事中なのでスーツ姿のミカが露骨に嫌そうな顔をする。
「やっぱり……カナタって性格悪いよね。私は胸が痛いよ。胸痛だよ」
「そういうツッコミ辛いボケはやめろ」
「でもさ、本当でこれでいいの?
攻略配信をする際に、気を付けたことはたった一つ。
ボスの仕様について触れないことだ。
「俺らの配信を見た誰かにクリアされたら意味ないだろ? だからとあるギミックについては、あえて間違った方法を教えた」
そうすることで俺らの攻略配信を見たプレイヤーは、ボスまではいけるが、
俺の計算通りである。
「こうすることで、プレイヤー達はレベリングとマイニングに精を出しはじめた。どれだけしたところでボスには勝てないのに。あるいは気合いでレベル50まで上げればゴリ押しでいけるかもしれないが……まあそんな奴はすぐには出てこない」
なんせコードダンジョンはゲームとは違う。自らの肉体で動く必要があるのだ。当然、疲れてくるし飽きてくる。
「正直言えば、この状態がずっと続けばいいんだが……」
まあ、いずれはバレるだろう。
そう思っていたら。
「おい、お前ら! 急いで配信番号1254番を見ろ!」
そんな言葉と共に会議室に飛び込んできたのは、篠田さんだった。
「どうしたんですか? 藪から棒に」
「足立、それ使い方間違っ――いや合ってるな。じゃなくて、すぐに見ろ!」
篠田さんに言われ、俺は急いで配信サイトで言われた配信番号を入力する。
するとそこには一人の女性配信者が映っていた。長い黒髪に涼しげな目元の美人で、胸の大きさはミカに分があるが、どこか儚い雰囲気が妙に男心をそそる。
そんな黒髪美女の背景はあのもはや見飽きた〝黒鬼の崩窟〟の入口だ。
『えー、皆さん。こんにちは、
そう言ってその椿とかいう配信者が、ビシッとカメラの方へと細く長い指を向けた。
『ですが、私が真の攻略方法を発見しました。これでボスも簡単に倒せます。その様子を今から配信したいと思いますので、皆さん是非拡散してください』
その言葉と共に、コメント欄が沸き始めた。
***
・マジ?
・スレ建ててくる
・ボス討伐配信くるー?
・ミカちゃん嘘つき説?
・いや、間違えてただけだろ
・ミカ擁護派乙。俺は椿派
・おっぱいを崇めよ……
・攻略はよ!
***
「マズい。まさかバレたか?」
俺は焦りとともに、そう思わず声を出してしまう。
「この椿って人……私知っているかも」
「こいつは今コードダンジョン配信者でかなり人気のある奴で、確信がなきゃこんな配信はしないはずだ」
篠田さんのそう言うと同時に――椿の攻略配信が始まったのだった。
そしてそれは、このダンジョンを作った俺が認めるほどに――正しい攻略方法だった。
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