第4話:罠に次ぐ罠
「じゃあ、お先に」
「はーい!」
俺が駆け出すと、同時に視界の片隅に別のウィンドウが開く。
***
・お、始まった
・おっぱいマダー?
・陰キャ野郎はさっさと士ね
・陰キャがいくのかよ……
***
「……げ、配信見てる奴がいる」
俺はそのコメント群を見て、うんざりする。
おそらく、誰かがたまたま俺達の配信を見付けたのだろう。基本的にダンジョン内の様子は配信されているので、常に膨大な数のリアルタイム配信があるはずだ。なのにわざわざここを見に来るなんて暇人がすぎる。
まあ十中八九ミカ目当てだろう。だが残念、ここは俺のターンだ。黙って陰キャニートが頑張る姿を見とくんだな!
そうして俺は、最初の棘天井の罠に辿り付く。
ここは足下にそれを起動させる罠があるので、これさえ避ければ発動しない。
***
・罠に気付くかな?
・初見なら気付かないだろ
・ですよねえ
***
ばーか。
俺がそんな見え透いた罠を分かりやすくただ置いているとでも思うのか?
『え?』
パーティチャットの設定のおかげで、離れていても会話できるようになっていて、ミカの驚いたような声が聞こえた。彼女が驚くのも無理はない。
なぜなら、俺は――
***
・ああ、やっぱり
・初見かよ
・終わったな。はよおっぱいちゃん映せ
***
上から降ってくる棘天井を気にせずそのまま疾走を続ける。
『なんで起動させたの!?』
ミカの疑問に俺が答える。
「起動させないと
俺はそのまま、棘天井が落ちてきている長い通路の右側の窪みへと入った。
***
・やっちゃえ黒ゴブ!
・陰キャ死ぬとこ見ても興奮しねえ
・どんな性癖だよ
***
コメントの数を見る限り、同接は三人程度か。まあ何人でもいいんだけどね。
俺は潜んでいたブラックゴブリンが棍棒を振りあげたのを見て、素早くその背後へと回る。
「ゴブ!?」
ブラックゴブリンはレベル30で、当然レベル1の俺がナイフなんかで斬ったところで倒せるわけがない。
だから――
「
俺はブラックゴブリンを、通路の方へと蹴飛ばした。
***
・は?
・すげえ
・そういうことかw賢いなw
・陰キャやるやん
***
「ゴブゥゥゥ!」
ブラックゴブリンが棘天井にあっさりと潰され、経験値である青い光となって俺に吸収される。
これはセーブポイントでレベル上げに使える他、通貨としてアイテムの購入などにも使える。
さらに足下には白い小さな宝石が落ちていて、それが俺の腰のポーチへと吸い込まれていった。
「お、ラッキー。いきなりジェムドロップ」
『うらやま!』
これこそが最重要アイテムである、アビリティジェムだ。俺達はこれを単にジェムと呼んでいるが、基本的にはドロップでしか手に入らない。
「さて、何になるやら」
ジェムはドロップ時点ではどんな効果を有しているかは分からないので、使いようがない。セーブポイントかダンジョンクリア時に自動鑑定され、ようやくその効果が分かるという仕組みだ。
『天井、上がるよ!』
ミカの言葉通り、目の前で棘天井が上がっていく。上まで行くとまた落ちるので、俺は次の窪みへとダッシュする。
そうして同じ動きを繰り返すこと二回。
俺はついに通路を突破した。
***
・陰キャ上手いな
・まあそこそこかな
・でもこの先がなw
***
通路の先は何の変哲もない小部屋になっている。
しかし俺が辿り付いた瞬間――左右の壁から火矢が発射された。
通路を突破できたプレイヤーが一安心したところを狩るための、必殺の罠。
***
・あれ
・???
・なんかショボくね?
・俺の時と違う
***
コメント欄が困惑しているのが心地よい。まあ、そうなるよね。
俺はあっさりとその火矢を躱すと、ミカへと合図を送る。
「おっけー。もうちょいしたらモンスター復活するし、今の要領でこっち来てよ」
『最初の罠は起動させるの?』
「もちろん。でないと――この部屋に入った瞬間、俺と君は死ぬぞ」
『??? まあいいや、言われた通りにやるね』
それからミカが同じ動きをして、俺のいる位置までやってきた。するとやはり火矢が発射されるが、飛んでくる場所が分かっていれば避けるのはたやすい。
***
・なんでだよ
・ここ確か、天井や床からも火矢出てきたよな?
・初見では絶対に回避不可能だったぞ
・どういうこと?
***
「え、ほんとどういうこと?」
ミカが不思議がるので、俺はちょっと得意気になって語ってしまった。
「実は、この部屋の罠とあの通路の最初の罠は連動しているんだ。
「……???」
全く理解できません、みたいな顔をしているミカを見て、俺をもう少し噛み砕いて説明する。
「あの罠はさ、まあ基本的に全員が一度は掛かるものだろ?」
「うん」
「で、大体のプレイヤーがその次の棘天井通路で死ぬ」
「うん」
「そうすると――そういうプレイヤーは次にどう動くと思う?」
「当然、もう一度挑戦するけども」
「最初の罠は?」
「避ける」
「だろ? だから
俺がそう説明すると、ミカが露骨に嫌そうな顔をする。
「……罠をあえて起動させないと、絶対に死ぬ罠があると」
「その通り。システム的にもこういう全周囲系の罠は、事前に回避方法や起動させない方法がないと設置できないんだよ」
要するに、最初の罠を起動させないと基本的にプレイヤーはこの部屋で詰んでしまうのだ。あるいは火矢に耐えれる体力や防具、スキルなどがあればいいが、初期装備プレイヤーにはまず不可能だ。
罠を避けたくなるプレイヤー心理を応用したこの連動罠こそが、俺のダンジョン作りの真骨頂とも言えるだろう。とはいえ、ダンジョン内に設置できる罠のコストも決まっているので、こればっかりというわけにはいかないが。
「あのさ……君、性格悪いってよく言われない?」
ジト目でミカがそんなことを言いやがるので、俺は大変心外だった。
「今初めて言われてとてもショックだよ」
「嘘つけ」
「ま、それはともかく次にいこうか。この先にモンスターのいる小部屋とその先に丁字路があるんだけど、正解の道は右」
俺が、部屋の先へと視線を向ける。
「罠は?」
「あるけどそれもあえて起動させる」
「また、連動罠?」
「うんにゃ、モンスターを倒すために使う」
次の部屋に行くと床がタイル状になっていて、赤と青のタイルが交互に並べられている。しかし部屋の中央部分だけは円盤になっていて、その上に槍と盾で武装したブラックゴブリンが三体。
***
・げ、槍ゴブかよ
・ここまで来れた奴、まだそんなにいねえんじゃねえの?
・陰キャやるじゃん
・おっぱい……
***
そんなゴブリン達を見たミカが、どうやら先ほどの通路でブラックゴブリンがドロップしたであろう武器、<黒鬼のボロ棍棒>を早速装備して、笑みを浮かべた。
うーん、棍棒が妙に似合ってる。アマゾネス的なアレだ。
「やっと私の出番なわけだ! うおおおおお!」
「いや、ガチンコで倒すことは想定していな――」
しかし俺の言葉を待たずに、ミカが棍棒を振り回しながら走り出した。
だからレベル1で勝てる相手じゃないってば!
***
・www
・おっぱい蛮族w
・いや、無理だろw
・いけー!
***
「っ!」
突撃するミカへと、ブラックゴブリン達が冷静に盾を構え、その隙間から槍を突き出している。
うーん、自分で行動ルーティンを決めといてなんだが、こうしてみるとムカつくぐらいに統率された動きだな。
ミカが槍も臆さず、そのまま地面を蹴って飛翔。
「とうりゃあ!」
槍を避けると同時に――真ん中のゴブリンの盾へと強烈な跳び蹴りをかました。
「ゴブ!?」
ブラックゴブリンはそれなりに強いモンスターだ。小さい上に武装していて、低レベルかつほぼ初期装備縛りでは、絶対に勝てないのだが……。
「教えてないのに最適解な動きをするとは、流石……」
思わずそう呟いてしまう。これなら問題なさそうなので俺は
ブラックゴブリンは、確かに強い。だがその小さな体躯ゆえに体重は軽い。
ゆえに――ミカの飛び蹴りを喰らったブラックゴブリンはあっけなく、吹っ飛んでしまう。さらに彼女は棍棒を思いっきり振り回して、両隣にいたブラックゴブリンに攻撃。
当然それは盾で防がれてしまうが、彼女が今装備している、棍棒をはじめとした<グラブ>と呼ばれる武器種には、ダンマスではある付与効果が備わっていた。
その効果は――
例え盾で防がれてダメージは入らなかったとしても、これは必ず発生する。
その効果のせいで、両隣のブラックゴブリンもその発生したノックバックによって、数歩ほど後ずさってしまう。
***
・おお!
・強いw
・でも、ダメージは出てなくね?
・あれ、陰キャなんで通路にまた戻ってるんだ?
***
その結果、部屋の中央にある円盤の上にはミカが一人だけになった。
「……あれ?」
ガコン、という音と共に、ミカの立っている円盤が沈む。
「あれあれあれ!?」
次の瞬間――ミカのいる中央部以外で罠が発動。青のタイルから鋭い氷柱がそそり立ち、赤のタイルから火柱が立ち昇る。あっけなく武装したブラックゴブリン達は青い光となって消えた。
さらにミカの目の前へと、青く輝く石――ダンジョンから脱出できる唯一のアイテムである<ワープ石>が出現する。
*
・どゆこと?
・すげええw
・魔法?
・罠だろ
・なんか、メチャクチャ順調だな。このままクリアしたりして
*
そんなコメントを見て、俺はほくそ笑む。そのまさかがこれから起きるんだよ。
「はい、これでここも攻略完了。あとは通路とボスだけだ」
通路へと避難していた俺は小部屋へと戻って、ミカに向けて笑顔で親指を立てた。
するとミカが笑ったまま、俺の方へとつかつかと歩いてくる。
あれ? なんだろ?
彼女は、笑顔のまま怒るという女子にしかできない特有の表情で、俺へと声を浴びせた。
「……こんなことなるなら最初に言ってよ! めちゃくちゃ怖かったんだけど!?」
そんなミカに対し、俺はこう言わざるを得なかった。
「だったら、動く前に俺の話を聞け!」
その言葉は、この先俺が何度も言うハメにある言葉であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます