第2話:密談


 翌日。

 俺は昨日の電話で指定された店へとやってきていた。


 そこは昼からやっている全室個室の焼き鳥屋さんで、俺みたいな貧乏学生ではとても手が出せないような金額の店だった。


 その個室にて。

 俺の目の前には、スーツを着た、煙草を吸っているなんだか厳つそうなオッサンが座っていた。


「……えっと」


 俺がどうすればいいか分からずに個室の入口で立ち尽くしていると、そのオッサンが口を開いた。


「君が穂宮君だね。まあ、座ってくれ」

「足立……さん?」


 念の為に聞いてみた。俺に記憶が正しければ昨日電話してきた足立さんは若い女性で、もっと丁寧な感じだった。


「あん? ああ、そうか、昨日電話したのあいつか。俺はこういうもんだ」


 オッサンが名刺を差し出してきたので、どういう作法で受けとればいいか分からず、とりあえず両手で受けとった。


 そこには――<株式会社ミノス ゲームディレクター 篠田しのだあきら>と書かれていた。


「篠田さん!? 篠田さんってあの、ダンマスを――」

「――そう。俺が、ダンジョンマスターズを作った。まあもちろん部下達のおかげだけどな」


 当然、俺は彼の名前を知っていた。ゲーム雑誌やサイトによくあるインタビュー記事でなんどもその名前を見たからだ。


「足立は後からくる。とりあえず……二人で話そうか」


 俺が篠田さんの前に座ると、それを見た彼が通りすがりの店員に飲み物を頼んだ。


「未成年だよな……じゃあウーロン茶一つと生中」


 昼から飲む気だこのオッサン! じゃなくて。


「えっと……今日、俺が呼び出されたのって……」


 昨日、電話ではざっくりとしか聞かされてないが、要約するとこう言うことだった――〝コードダンジョンについて聞きたいことがあるから、ちょっと出てこいや〟。


「まあ、知っていると思うがコードダンジョンについてだ。あれ、どう思う?」


 その言葉に、俺は咄嗟に上手い言葉を返すことができなかった。


「凄いですよね」


 ……もっとなんかあるだろ、俺!


「そうだな。というか意味がわからん。なんでゲーム内で作ったダンジョンが現実化する?」

「その言い方だと、やっぱりあのニュースは本当なんですね」

「当たり前だ。そんな技術あればとっくに特許取って金儲けに使ってる。おかげで、うちの会社は大迷惑だ。下手したら潰れる」


 店員の持ってきた生ビールをグイっと煽って飲む篠田さんの姿は、妙に様になっていた。


「じゃあ、誰が?」

「知らんよ。だがまあ、そうだな……って部分は嘘だな」

「へ? じゃあ……」

「ダンジョンマスターズ2のデモ版を、ランキング上位のプレイヤーに送ったのは事実だ。これは非公表だがな。君も知っているはずだ」

「え、ええ」

「だが、そこで一人のプレイヤーが作ったダンジョンが現実化するなんてのは、想定外だ」

「で、ですよね」


 俺はさっきから冷や汗が止まらない。すると、篠田さんが目を細めて俺へと鋭い眼光を浴びせた。


「……あれ、


 ぎゃああああああ! バレてる!! 


「す、すすすす、すみません!! すぐに出頭します!!」


 俺が慌てて個室から出ようとするも、腕をグイッと引っ張られてしまう。

 強制的に篠田さんの横へと座らされた俺の肩へ、篠田さんが腕を回す。


 それは親しみの表れというよりも、逃がさないようにという側面の方が強いように思えた。


「まあ、落ち着けよ。こちとらずっと君の作ったダンジョンを見てきたんだ。誰よりも詳しいさ。だからすぐに分かったよ、あのコードダンジョンは君が作ったものだって。それに、足立も言ってたしな――〝あれは絶対に<カナタ>が作ったダンジョンだって〟」


 <カナタ>――それは俺のダンマス内でのプレイヤーネームだ。


「で、でも俺は何の関係もないですよ! ただデモ版でゲームを作ってただけです!」

「それも分かってる。多少、調べさせてもらったがな……サボり気味のどこにでもいそうな大学生にこんな大それたことが出来るわけがない」

「ですです!」


 あまり褒められていない気がするが、今はそっちの方が嬉しい。


「つまり俺らのゲーム内で、君が作ったダンジョンを、どっかの馬鹿がわけわからん力と方法で現実化したわけだ」

「そ、そういうことになりますね」

「困るよな? それが公表されると」


 篠田さんが俺の肩を掴む力を強めた。


「うちは、社運をかけた次回作がこんな大事件に関与していると知られたら確実に潰される。そしてこの先、このダンジョンで、それを作った君にも責任能力がある――と言われるかもしれん」

「ひ、被害者!?」


 その言葉に、俺はハッとする。


 いや、確かにあのダンジョン内で死にそうな目にあったが、現実に戻った時は一切怪我はなかった。


 だけども、本当にそうなのか?


「あれで終わりならいいが、もしあれがセーフティモードじゃなくて、ハードモードなら? 俺は想像するだけで震えるね」

「それは……」


 俺は絶句してしまう。まだどこかゲーム感覚だった。


 だけど違う。あれはゲームではなく間違いなく現実だ。

 わざわざ入る前に、モードの項目があることから気付くべきだった。

 

 それはつまり――セーフティモード以外も有り得るということだ。


「つまり、コードダンジョンはあれだけじゃないと」

「最悪の場合、な。今回の<黒鬼の崩窟>だけで終わればそれでいい。だけど、そうじゃないなら……なんとかしないといけない」

「だったら全部、警察に話して」

「信じると思うか? この話を」

「でも……」


 今朝のニュースでは、警察と日本政府はコードダンジョンへの侵入を禁じる方針で検討を進めていると言っていた。


 しかし誰がどういう理由で、どうやってコードダンジョンを出現させているかは未だ不明であり、何より――突如作られた謎の配信サイトが厄介だった。


 それは例のコード画面からいける配信サイトで、常にダンジョン内がリアルタイムで見れる上に、現在侵入している全ての者をカメラで追跡させることができるという。


 サーバーも第三国をいくつも経由しているのか特定できず、サイトを作った者も不明。

 これを利用して、何人もの若者やゲーム配信者がこのコードダンジョンの攻略配信を行っていた。


「我々はもちろんダンジョンマスターズ2のデータを全て提出したよ。でもあんなデータがあったところで、何の足しにもなりはしない。それに君が今、ダンジョンを作った者です~って警察にいったところで適当な事情聴取を受けて帰されるのがオチだ」

「確かに……」


 あれを俺がいくら、自分が作ったものだ! と主張したところで誰も信じないだろう。信じたところで、どうしようもない。だって本当に俺は関係ないのだから。


「だがそれは、まだ被害者が出ていないからだ。もし出たら……俺もお前もタダではすまないだろうさ」

「そんな……」

「だから――俺達で解決するしかない」

「へ?」


 俺達で解決する? どういう意味だ?


「うちで調べたところによるとあのコードダンジョンは、ほぼほぼダンマスと同じルールが適用されている。ムカつくことにな」

「ああ、そんな感じでしたね」


 もし、ダンマスの世界に入れたとしたら――と想像するとしっくりくる、


「だったら簡単だ。アップロードされたダンジョンはどうやったら消える?」


 その問いに少しだけ俺は考えてから、こう答えた。


「――


 そう。ダンマスのオンラインはかなりシビアであり、一度でも誰かに攻略されるとそのダンジョンのデータは消えてしまう。それで俺は何度涙を流したか。


 渾身のダンジョンを、初見プレイヤーにあっさりクリアされたあの悲しみを、誰よりも俺が知っている。


「つまりコードダンジョンも同じだと……予測できる」

「クリアすれば消えるってことですか」

「そう。だがこれがまた厄介でな。なんせ作ったのは……ゲーム内で唯一〝迷宮王〟の称号を持つ君だ」


 それこそ、褒め言葉のはずなのに――俺は全く嬉しくなかった。


「だったら君が責任を持って、ダンジョンをクリアして消すべきじゃないかね?」


 なんてことを篠田さんが言い出しやがった。


「いや無理ですって! 昨日だって即死しましたし!」

「何度も言うが……作ったのは君だろ? いわば君がコードダンジョンのダンジョンマスターだ。これは誰よりも有利な条件だと思うけどね」


 そう言って、篠田さんが煙草を再び吸い始めた。その顔には憂いと疲れが浮かんでいる。


「無茶を言っているのは分かっている。だが今俺達にできるのはそれぐらいしかないんだ。ダンジョンに対する知識が開発者である俺らよりよっぽど深い君が適任なんだよ。当然、出来うる限りのサポートを行う。例えば――」


 そんな篠田さんの言葉の途中で――


 部屋の外からバタバタとした足音が聞こえてきて、個室の扉が開いた。


「お、遅れてすみません! まだ焼き鳥残ってます!?」

「食い物の心配かよ」


 呆れたような顔を浮かべる篠田の視線の先には――スーツ姿が初々しい、ショートボブがよく似合う女性が立っていた。社会人にしてはやけに若く、俺と同じ十代後半にしか見えない。


 彼女は焦ったような表情を浮かべているが、その顔は女優のように整っている上に、ブラウスを押し上げる二つの山が俺の目を引く。


 おっぱいデカいな!!


 すると、そのおっぱい――じゃなかった、謎の女性が俺へと迫ってくる。


「あんたが〝迷宮王〟<カナタ>ね! 何度お前のダンジョンのせいで枕を濡らしたか! ここで会ったかが天王山! リアルで成敗してやる!」

「え? え? え?」


 困惑する俺の目と鼻の先まで迫った彼女から、甘い匂いが漂ってくる。その端正な顔は、怒っていても可愛かった。


「足立、落ち着け。それに天王山の使い方を間違えてるぞ。つーかそもそも彼は君が誰か、まだ分かっていない」

「……? ああ、そっか。それもそうですね」


 あっさりと俺から離れた足立さんが、篠田さんの横へと何事もなかったかのように座る。


 いや、マジで誰?


「自己紹介が遅れたな。こいつは俺の部下の足立だ」

「昨日の電話の?」


 いやでも声が微妙に違う気がするし、そもそももっと言葉も丁寧だったし、こんなに馬鹿っぽい感じの人ではなかった。


「……? ああ! あれは私のお姉ちゃん!」


 その女性が嬉しそうにそう教えてくれた。だけども、それは余計に俺を混乱させる一方だ。


「お姉ちゃん?」

「ややこしい話ですまんな……姉妹揃ってうちで働いているんだ。色々あってな……」


 なぜだか、篠田さんが頭が痛いとばかりに首を小さく横に振った。


「細かいことはいい。こいつについてはこう紹介した方が話は早いな。彼女はダンマスのプレイヤーで、プレイヤーネームは――<デス☆アダー>だ」

「まさか……あの!?」


 その名前を聞いて、俺は今日一番の衝撃を受けた。


 <デス☆アダー>というプレイヤーネームを知らないダンマスプレイヤーはモグリだ。


 なんせその名は、ダンマス内のもう一つのランキング――、探索者ランキングで、常にトップスリーに入っているからだ。


 そのハチャメチャでストロングなプレイングのせいでダンマス界隈で彼女は、こんな忌名で呼ばれていた――〝ダンジョンブレイカー〟、と。


「要するにだ。最高のダンジョンマスターである<カナタ>と、最強の探索者である<デス☆アダー>が組めば……コードダンジョンなんて余裕だろ?」


 そう言って、篠田さんは――腕を手を差し出したのであった。


 それを握る以外の選択肢があったら、今すぐ教えてほしい。

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