第2章【こいこい】

 傷あとを残しちゃいけない。その傷が君を君らしくしているんだ。

         フランク・シナトラ


















  第二章【こいこい】














 「はい」

 『おい、どうなってるんだ』

 「何かありましたか?」

 『何かありましたか?じゃないだろ!!例の件はどうなってる!?居場所はわかったのか!?』

 「すみません。居場所はまだわかっていません」

 『何の為に潜入させてると思ってるんだ。ちゃんと与えられた仕事くらい全うしろ』

 「はい」

 『あいつらの存在を確認して、すぐに居場所をつきとめろ。火の無いところに煙は立たない。わかるだろ?噂がある以上、必ずどこかに奴らはいるんだ。今日まで見つかっていないということは、誰かしらが匿っているに決まってる』

 「・・・その匿っているのが、彼らだと?」

 『いや、監視をつけているがそんな素振りはない。多分別の奴だ。まだあいつの息がかかった連中がいて、そいつが手引きしてるに違いないんだ』

 「検討はついていらっしゃるんですか?」

 『ついてないからお前に頼んでるんだ』

 「失礼しました」

 『それから、先日取引した件だが』

 「何か不備でも?」

 『いや。薬は完璧だ。だが、取引はこれで最後だと言われたぞ。お前、何かしでかしたんじゃないだろうな』

 「いえ、身に覚えはありませんが・・・」

 『なんだ?なにかありそうだな』

 「ちょっと気になることはありますが、確実ではありませんので、少し調べてみます。逐一報告させていただきますので」

 『ああ、頼んだぞ。それから、取引の方もどうにかならないか聞いてみてくれ』

 「わかりました」




 「あー、風が生温い」

 額を指でぽりぽりかきながら、非常階段で大きな欠伸をしていた真袰。

 もう少しで朝日や一生との待ち合わせの時間だが、ギリギリまで、忙しい日々を忘れるためにのんびりしていたい。

 若干のそのタレ目の目じりがさらに下がって行き、徐々にその場で寝そうになる。

 その時、タイミングが良いのか悪いのか、真袰のスマホが光り、相手を確認すると一旦出ずに切ってしまう。

 「あ」

 わざとなわけではないが、もう少しのんびりしていたいという気持ちが先走ってしまい、思わず、無意識に、勝手に切ってしまっただけなのだ。

 申し訳ないな、と軽い謝罪の気持ちを持っていると、またすぐに電話がかかってくる。

 「今行くよ」

 それだけ言って電話を切ると、今日は屋上へと向かっていく。

 いつも使用している部屋で社内恋愛相談というサボりが発生しているらしく、入ってくるなと言われてしまったようだ。

 こういとき、男より女が怖いと実感する。

 屋上にはいつもは鍵がかかっているが、すでに到着している者が開けたのだろう、というか壊しのだろう、無残な姿で床に転がっていた。

 少し重たくて冷たいその扉を開けて外に出れば、先程まで感じていた生温い風が、また真袰を襲う。

 「着いたよ」

 「珍しいな。あまみが遅れてくるなんて」

 「なんか最近眠くてさ。それより、朝日何かあった?顔色悪くない?」

 「別に。いつも通りだ」

 「一生は?」

 「天花も遅れてる。なんかパルクール勝負してたら、急に部屋に入ってきた上司の顔蹴飛ばしちまって説教くらってるって」

 「元気だね」

 「そういう問題か?」

 少し雑談をしたあと、希についての話を始める。

 「とは言っても、まだ何もわからないな」

 「だよな。直接会う事がまずそうそうねぇからな」

 「直接会うって言えば、マジシャンもそうだよな。なんで会わせてくれないんだろう」

 「情報漏洩防止なのか、信用してねぇか」

 「後者だろうね」

 「そんな希でさえ、会ったことがねえ奴がいるって話だが、お前知ってるか?」

 「あー、なんだっけ。タワー?だっけ?なんで希も会ったことないんだろうね?どういう状況?そもそもさ、一回くらいは顔合わせみたいなことしてるんじゃないの?」

 「してねえんだろうな」

 「なんで?」

 「俺が知るか」

 「電話でのやりとりだけだったみたいだぜ」

 「あ、説教終わったの?」

 「おー、長ェ長ェ。あまりに暇すぎておっさんの頭頂部見てた」




 ここでようやく、上司の説教から解放された一生が屋上へとやってきた。

 説教された後とは思えないほど飄々としていて、うーん、と思い切り身体を伸ばして、解放された喜びに浸っている。

 そして、両隣りにいる朝日と真袰の背中を、思い切りドン、と叩いて謎に喝を入れる。

 「電話でのやりとりだけって?」

 少し痛かったのか、真袰がやや眉間にシワを寄せながら聞いてみる。

 一生が項垂れるように、屋上にある手すりに腕を置いたところで、真袰が尋ねる。

 「俺も気になっててよ、聞いたんだよ。なんでタワーの顔知らないのかって。そしたらそう言ってたんだ」

 「電話だけって、それで重要なポジション任せたのか?」

 「マジシャンは知ってると思うとは言ってたけどな。そもそも、タワーなんて奴、存在するか疑わしいけどな」

 「そこだな」

 「え、じゃあそっちも調べる?」

 「調べるしかねえよな」

 お互いの現状報告が終わると、まずは朝日がさっさと出て行く。

 その後ろ姿を見て、一生は何かを思い出したように「あ」と言うが、すでに屋上の扉が閉まってしまったため、スマホを取り出して何かを送る。

 真袰も戻ろうとすると、一生が声をかける。

 「真袰」

 「何?」

 「この前希と連絡取ってたときによ、『ようやく探してた物が見つかる』とか言ってたんだけどよ、何のことか分かるか?」

 「・・・さあ?なんだろうね?何か失くしてたんじゃないの?」

 「だよな。悪い。気にしないでくれ」

 「うん、じゃあまた」

 「おう」

 真袰は扉を閉めると、急ぎ足でどこかへと向かっていく。

 一方、一生は首を傾げながらため息を吐き、ガムを取り出して口に含む。

 それからすぐに電話が鳴り、それに出ると待ち合わせをする。




 「で、何の用だ。お互い暇じゃないだろ。なんでわざわざファミレスに呼びだしたんだよ」

 「え、お腹空いたから」

 「だからって、こんな大勢の奴がいる場所を選ぶな。署内に食堂あんだからそこで喰えばいいだろ」

 「お前分かってねえな!」

 「あ?」

 朝日を近くのファミレスに呼びだした一生だが、すぐに要件を伝えるわけでもなく、来てそうそう何品か注文をする。

 なんで先にデザートを頼むのかなんて聞かないが、一生はまず先にチョコレートケーキを頼んでそれを口にする。

 「署内の飯だってそりゃ美味い。美味いけどな、いっつも同じもん食ってるなんてつまらねえだろ?日々変化って大事だろ?うっわこれすげぇトロトロで美味いけど食い辛ェ」

 「・・・・・・用件は」

 「あ、すんませーん。このエビドリアとアボカドサラダ、あとコーンスープ追加でお願いします」

 「お前なぁ」

 「いいじゃんか。別にお前に奢ってもらおうなんて思ってねぇんだし」

 「当たり前だ。さっきも注文したのになんで追加するんだよ。頼まれても払わねえよ。腹壊すぞ」

 「食っても食っても腹が減るんだよ。生きてるからさ」

 「頭おかしくなったか?」

 本気なのか冗談なのか、一生は運ばれてきた、先に注文した料理が並ぶと、黙々と食事を続ける。

 自分が一体何の為に呼ばれたのかが未だわからない朝日は、一生が食べ終えるのをただ待つことしか出来ない。

 途中で仕事に戻ろうかとも思った朝日だが、その度に一生に話しかけられるため、逃げることが出来なかった。

 「ふう」

 「終わったか」

 「今度は食後のデザートかな」

 「まだ食うのか」

 「不思議だな。なんで腹は減るんだろうな」

 会話が成り立っているのかいないのかよくわからなかった朝日だが、どうやらあと一品、二品くらいで終わるのだろうと思い、もう少しだけ待つことにした。

 ふと、どこからか連絡がきたのだが、その表示された名前を見ると出ることが出来ず、メールにて連絡を取る。

 「会いたいってさ」

 ふいに言われた言葉に、思わずぽかんとする。

 「何がだ?」

 まだデザートを食べている一生が、頬を膨らませながら朝日を見る。

 「ペイジが、お前に」

 「俺に?なんでそんなことお前に」

 「伝言頼まれたんだよ。なんか最近つれないーって言ってたぞ」

 「何処に行けばいい?」

 「んー、待って。俺案内頼まれてんだ」

 「なんで」

 「知らねえよ。俺だって暇じゃねえって言ったんだけど、1人じゃ心細いだろうから案内ついでに一緒に来ればいいって」

 「なんだ心細いって」

 「だから俺が知るかって」

 腕組をしながら、言われたとおりじっと待っていた朝日。

 それからすぐに一生は食事を終え、やはり食べ過ぎてしまったようで、少しだけ休むといってその場で寝てしまった。

 とはいっても五分ほどで起きてきて、会計を済ませるとスマホを操作しながら道を確認する。

 「よし、じゃあ行くか」




 「あ、見ろよ。あのバイクすっげえかっけぇな」

 「俺あっちのインテリアがいい」

 「そういや筋トレ最近してねぇなぁ」

 「うーわ、もう新曲出てんじゃん。やっべ。買ってなかった」

 「何お前CD派?」

 「何お前DL派?」

 「今時買う奴いるんだな」

 「買うわ。当たり前だろ。お前この円盤の良さ知らねえの?可哀想だな」

 「好きな曲だけ買えば済むんだぞ、こっちは」

 「ここからの出会いもあるんだよ。それに、歌詞とか見ながら歌聴きてェじゃん。こういうの揃えたいんだよ俺は。コレクターなの」

 「あほらしい」

 「お前みたいに筋トレグッズ集めてるよりマシだけどな」

 「なんだと」

 「俺の部屋見に来るか?絶対お前の部屋より洒落てるからな」

 「別にお洒落は求めてない」

 「朝日に洒落は無理だ。ごついから」

 「天花みたいになよっちくねえからな」

 「なよくねえよ。脱ぐとすげぇから」

 「それよりお前、こっちで合ってんだろうな。さっきから脱線してるぞ」

 「大丈夫だって。ちょっと道逸れたくらいで文句言うなよ。人生なんてな、ちょっと道逸れたくらいが丁度良いって誰かが言ってたかもしれねぇじゃん」

 「適当だな」

 まるで一緒にショッピングをしていたようだ。

 朝日としては、裏道などを通って人目を避けるものだと思っていたが、一生は堂々と人通りの多い道を歩いていた。

 この時点ですでにスマホを見ていなかったため、どこから正しい道なのか定かではない。

 その道中、見つけた店にそれぞれ自由に入ったりしていると、時間はあっという間に過ぎてしまっていた。

 こんな時間になってしまったが大丈夫だろうかと少しだけ心配していた朝日だったが、一生が平然としているからまあ大丈夫なのだろうとそれ以上何も言わなかった。

 「ああ、こっちだこっち」

 歩きスマホはいけないが、許してほしい。

 一生はスマホと目の前の道を照らし合わせながら進んで行き、朝日はその後ろを大人しくついていく。

 「あとどのくらいだ?」

 「んー、ちょっと道逸れたからなぁ。スマホだとあと三十分って出てる」

 「どれだけ逸れたんだ」

 「まあまあ。着けばいいんだよ」

 しばらく黙って歩いていた2人だが、ふと、朝日が一生の背中を眺めながら気になっていたことを聞いてみる。

 「天花、お前さ」

 「んー?」

 「なんで警察官になったんだ?」




 「はあ?なんだその質問は。俺を馬鹿にしてんのか?」

 「そうじゃなくて。お前ほら、見た目派手じゃんか」

 「・・・罵ってる?」

 「違うって」

 それまでスマホに向けていた視線を朝日に向けると、朝日は真剣な顔で続ける。

 「俺たちみたいな影の仕事じゃなくてよ、もっと他の仕事があっただろうと思って」

 「なんだそんなことか」

 「そんなことって何だよ」

 「朝日、お前って本当向いてねえよ」

 「何が」

 「人欺いたり嘘吐いたする仕事だよ。なんでお前みたいな馬鹿真面目な奴がこんなことしてんのか、俺の方が聞きたいくらいだ」

 「俺は・・・守りたい人がいるから」

 「・・・え、何その言い方。女?お前女のためにこの仕事してんの?」

 「違う」

 「なんだ、つまんねぇ。朝日も真袰も全然女の気配ねえし」

 「あったらなんなんだ」

 「紹介してもらおうと思ってた」

 「こんな仕事してたらそれどころじゃないだろ」

 「まあな。でも分かんねえじゃん。それこそ仕事だって嘘吐いて女と会ってる可能性もあるわけじゃんか。忙しい仕事って便利だよな」

 「便利とかいうな」

 はあ、と大きなため息を吐くと、朝日が歩き出したため、一生もまたスマホを見ながら歩き出す。

 それから少しして、急に一生が口を開く。

 「こういう仕事してるとさ」

 「ん?」

 「たまに、何が正義かわかんなくなるよな」

 「まあな」

 「そういうとき、お前どうしてる?」

 顔だけを後ろにいる朝日に向けて来た一生は、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 再び足を止めた朝日に気付くと、一生も足を止める。

 「俺の正義は、あの人の正義だ」

 「・・・同感」

 朝日の言う“あの人”というのが誰のことなのか分かったのか、一生は歯を見せてにかっと笑って答える。

 「そろそろ着くぞ」

 そう一生に言われ、朝日は無意識に表情をこわばらせる。

 木製の扉を一生があければ、古いせいか、ギギギ、となんとも耳障りな音が響く。

 思っていたよりも殺風景な場所に連れて来られ、朝日は左右だけでなく後ろを振り返って辺りを見渡す。

 「ペイジは?」

 「まだ着いてねえのかも。ちょっと連絡取ってみる」




 一生がどこかへ連絡をしている間、朝日は木造のその建物の棚に無造作に並べてある、本や写真などを見ていく。

 「もうちょっとかかりそうって」

 「なんだそりゃ」

 「ちょっとおしゃべりでもしてるか」

 そう言うと、一生はその辺にある木製のテーブルに腰掛けたため、朝日も同じようにその辺の木箱に腰掛ける。

 しばらくスマホをいじっていた一生が、なんとなく朝日に話しかける。

 「そういやさぁ」

 「ん?」

 「朝日って、いつから潜入捜査してるんだっけ?」

 「おまっ・・・!!あんまりでかい声で話すなよ。聞かれたらどうすんだ」

 「悪ィ。けど入ってきたらさっきみてぇな音すんだろ」

 そう言って、一生は先程自分達が入ってきた入口を指さす。

 確かに先程すごい音がしたため、開いたら気付くだろうが、防音がしっかりされているわけではないため、朝日は顔を顰める。

 「そうだろうけど」

 「俺ずっと気になってたことがあってさ」

 「なんだよ」

 そこまで言うと、一生はスマホをしまう。

 そして獲物を射程圏内に収めた猛獣のような目つきを朝日に向ける。

 思わずゴクリと唾を飲みこんだ朝日だが、表情はいたって平然としている。

 「お前さ、誰と繋がってんだ?」

 「またその話か。一体何のことだか」

 「スマホ」

 「あ?」

 一生は朝日のポケットを指さす。

 そこには、いつもお互いの連絡を取り合っているスマホが入っていて、朝日はそのスマホを取り出すと怪訝そうな顔を見せる。

 「朝日お前、スマホ三台持ちって言ってたけどよ、もう一台あるよな?」

 「何言ってんだよ」

 「白いスマホ、シルバーのスマホ、それとグレーのスマホ。だいたい使ってるのがこの三台。それともう一台」

 「・・・・・・」

 「もう一台、白いスマホ持ってるよな?」

 「見間違いだろ?似たような色で揃えてるから、違う様に見えただけだ」

 呆れたようにため息を吐く朝日に、一生はいつもの会話と同じ口調、声色で話し続ける。

 「若干、大きさが違ったんだよ」

 「大きさ?」

 「多分買った時期が違うんだろうな。最近はスマホも入れ替わり激しいから、在庫がなかったとかだろうけど。お前知ってるか?サイズが違うんだよ、ちょっとだけどな」

 「それこそわかるわけないだろう。お前の見間違いだ。勘違いだ」

 「お前の手のサイズと比べりゃわかることだ。俺の勘違いだって言うなら、お前の荷物検査させてくれよ。いいだろ?」

 「・・・・・・」

 「どうした?」

 朝日も一生も身動きひとつしない時間が続く。

 しばらく沈黙が続いた後、一生がフッと口元を歪めて笑いながら息を吐く。

 「俺の妄想を話そうか」

 「妄想っていう認識があるなら構わないぞ」

 朝日の答えに、一生は目をぱちくりさせてからケタケタ笑う。

 「じゃあ、時間つぶしに聞いてもらおうかな」




 「朝日、お前はある上層部と繋がっていて、その人物に頼まれてこの潜入捜査をしてる」

 「上層部とはざっくりだな」

 「その上層部の奴は今別のことで手いっぱい。だが欲望もいっぱい。全部を早く手に入れるためにペイジと取引をしたがった。だが欲をかきすぎた。ペイジを仲介するとその分金がかかる。余計な金を支払うことになる。だから、お前を使ってマジシャンと直接交渉出来ないかと考えた」

 「・・・それがペイジにバレて、取引を強制終了させられたってわけか」

 「そういうことだな」

 「じゃあ、なんでバレた?俺が何か失態をおかしたのか?どう思う?お前の空想でも妄想でもいいから教えてくれ」

 「そうだな・・・」

 一生は腕組をして、笑みを浮かべたまま首を傾げてどこかを見つめている。

 数秒もせずに、一生は答える。

 「お前が馬鹿真面目だからじゃねえか?」

 その一生の答えに、朝日は眉をピクリを動かして、明らかに不快そうな顔を見せる。

 そんな朝日の表情にさえ、一生は面白そうに微笑み返すと、腕組していた腕を解き、自分が座っているテーブルにつく。

 「天花、お前、馬鹿にしてんのか」

 「いやいや、褒めてんの。真面目だって。ま、心配もしてっけど」

 「心配?なんのだ?」

 「そんな真面目な朝日くんは、ちゃーんと仕事を全う出来るのかってね」

 「天花に心配されるようなことはねえぞ」

 「そうか?」

 「それより俺は、お前の方が心配だよ」

 「俺?なんで?」

 「お前だって、いつ身バレするかわからない立場なんだぞ。あんまり確信に近づきすぎると、今度はこっちが危険に晒される。わかってるだろ」

 「わかってるよ」

 「なら」

 「そうだそうだ。朝日、ちょっと立ってくれ」

 「は?」

 唐突に話の腰を折られ、朝日はずっこけそうになる。

 平然と一生が話しを続けてくるものだから、思わず身体を動かす。

 「いいから」

 一生に言われた通りその場に立つと、一生も同じように立ち上がって朝日に近づいてくる。

 何だろうと思っていると、朝日の身体をぽんぽんと、まるで職務質問を受けている容疑者のように、不審な物を持っていないか確認されているようだ。

 「なんだよ」

 「んー?そういや、ペイジに荷物の確認しとけって言われてるの忘れてたな―と思って。ま、持ってたとしてもそんなに問題じゃねえんだけど」

 「持ってるって何をだよ」

 「例えばそうだなー・・・。仲間に位置情報を報せるためのGPSとか?あとスマホも確認しておこう。この会話を録音されてても厄介だからなぁ」

 「GPS?録音?何で俺がそんなこと」

 「俺の立場が危うくなるから」

 「は?お前さっきから何言って・・・」




 「マジシャン、これからどうなると思う?」

 スマホ片手に、ペイジが話しかける。

 「まったく困ったものだよね。本当に俺達の思想に賛同してくれるのって、ほっとんどいないってことかな」

 電話の向こう側にいるマジシャンは何も答えないため、ペイジはただ一人で思っていることを口にしていく。

 「それに、折角間に入ってあげてるのに、その俺をさしおいて、直接マジシャンと取引しようだなんて、なんて傲慢なんだろうね」

 あまり人と会いたがらない、というよりも人に興味のないマジシャンに変わって、話しを聞いたり要望に応えているペイジは、自分が無視されることが少し嫌らしい。

 パソコンを操作しながら、そこにずらりと並ぶのは、これまでに取引のあった顧客の名前やそれらの情報の数々。

 カタカタと片方の手だけで器用に操作をしながらも、口はマジシャンに向けて発する。

 「あーあ。良い取引先出来ないかなぁ。もっと大口のさ、こう、頻繁に注文が入って、ばーっと大金が入ってくるようなさ」

 ふと、別の電話がかかってきたが、その名前を確認すると、ペイジはごそごそとポケットから何かを取り出し、それをパソコンに装着する。

 最初は少し画質が荒かったようだが、パソコンで何か設定をすると鮮明に見えるようになる。

 「ふふ、マジシャン、待っててね。今すごく面白いところだから」

 別にマジシャンは何も思っていないだろうが、ペイジはそんなマジシャンに対してずっと話しかける。

 画面に映る映像たちに、まるで映画を観ているかのように頬を緩める。

 「本当に優秀な人間っていうのはさ、自分をいくらでも殺せるんだよ。ああ、もちろん物理的にじゃないよ?そんなことしちゃダメだね。絶対。俺が言ってるのは、あくまで精神的な部分ね。スピリチュアル的な感じで言うと魂とでもいうのかな?ふふ。そこを殺せないと、紛れこむことは難しいんだよ、とてもね。自然界の動物ってすごいよね。うまく溶け込んでそこで生きて行くんだ。じっと待って餌を喰らうこともあるし、敵から逃げ切ることも出来る。でも人間には実質不可能だ。でも俺はマジシャンならそれが出来るって信じてるんだよ。俺のこの若さだって、君のお陰だからね」

 マジシャンは一向に返事をしてこないが、電話は切っていないらしく、だからなのかペイジは話し続ける。

 「みんな君の素晴らしさを分かっていないよね。はあ。嘆かわしい。けどまあ、きっと君の実力を理解してくれる人が俺以外にも出来るだろうからね」

 ふと、ペイジはパソコンをいじる手を止める。

 先程まで動かしていた指を顎に持ってくると、じっと、そこに映し出される映像に集中するように息を潜める。

 鮮明に映し出されたその映像には、2人の男が前後に重なっているように立っている。

 目を見開いて状況をじっと観察しているペイジは、顎に持っていっていた手を口元に持ってくると、隠す気があるのかないのか、とにかく控え目に口元を覆う。

 そして、ニヤリと笑う。

 「信頼関係は、こうやって成り立っていくものだね」




 「天花、お前、何して・・・」

 「見てわからない?そんなに馬鹿だったのか?朝日は」

 「ちがっ」

 「お前を刺したんだよ。ほら、血が出てるだろ?」

 「理由を、俺はッ」

 朝日の身体検査を終えた途端、急に一生が朝日との距離を縮めてきた。

 そこまではなんともあっさりした流れだったため、はっきりと覚えているのだが、現状を理解するにはあまりにも時間が足りなかった。

 色んな可能性を考えてみるが、たったひとつだけしかピンとこない。

 しかし、その可能性を信じたくない朝日は、自分から離れて行く一生を睨みつけながら、その場にうずくまり、別の可能性を絞り出してみる。

 大きな身体を丸めるようにゆっくり蹲る朝日を、一生はなんともないように見下ろす。

 「てンめェッ」

 一生の履いているズボンを掴むと、一生はその手を振り払うこともなく、その場に両膝を曲げて座る。

 自分のズボンに赤くべったりとつくそれを気にすることも無く、一生はなんとも言えない、優しくも憂うような表情を見せる。

 「お前、匂うんだよ」

 「なにがだ」

 「プンプンな。犬っころの匂いだ」

 「ッ何を」

 一生の目つきが一瞬にして変わると、朝日の髪の毛をぐいっと掴み、顔を無理矢理上に向かせる。

 頭がクラクラしてきて、今にも目を瞑ってしまいそうだが、一生の目つきがそれを許してくれない。

 「何が警察だ。何が正義だ」

 「お前・・・」

 「朝日、この世界はな、何もかもが金で解決できるんだよ。金で成り立ってる。権力、名誉、真実、正義。時間だって金で買える時代だ。お前だってわかってるだろ?ストレングス」

 「・・・ッ」

 激痛すぎるからなのか、痛みをほとんど感じない。

 ただ、意識が飛びそうになる。

 朝日はなんとか一生の言葉を聞き洩らさないよう、耳を傾けるが、あとどのくらい持つかはわからない。

 「真面目すぎるんだよ、お前」

 手放さないようにと思えば思うほど、朝日の意識は徐々に遠のいていく。

 それを分かっているはずなのに、一生は朝日の髪を未だ解放することなく、朦朧と、意識混濁している朝日のことをじっと見る。

 意識を手放すその瞬間。

 「だから言ったろ?」

 薄れゆく意識の中、最後に聞こえた言葉。

 「お前、向いてねえって」




 朝日が意識を手放した途端、一生は掴んでいた髪をパッと放す。

 そのまま顔面から床に倒れた朝日をしり目に、一生はどこかへと一旦姿を消すと、再びすぐに戻ってきて、倒れている朝日の周りに何か液体をまき始める。

 空になった容器をその辺にぽいっと放ると、ポケットからライターを取り出す。

 一応言っておくが、一生は煙草を吸わない。

 何故持っているかというと、この時の為としかいいようがないだろう。

 一旦一生は入口付近まで向かい、それからライターに火をつける。

 「・・・・・・」

 ちらっと、動くことのない朝日の姿を確認してから、一生は何かがまかれたそこへ、火のついたライターを投げ込む。

 勢いよく燃えゆくのを数秒だけ見届けると、一生はその場を後にする。

 「わっ、びっくり」

 その頃、画面に映っていた場所がいきなり燃えだしたのと同時に、そこに設置していたカメラが壊れてしまったのか、いきなりブツッと切れてしまったことに驚いたペイジ。

 しかし、ケラケラと楽しそうに笑ってパソコンの画面を閉じると、すぐにどこかへと電話をかける。

 電話の相手はすぐに出て、ペイジは上機嫌に話しかける。

 「御苦労さま。ちゃーんと見させてもらったよ。よく出来ました」

 『跡形も無く、だろ?』

 「そうそう。やっぱり君は最高の仲間だよ、フール。まあまあ長く一緒に過ごした仲間だったのにね。良心は痛まないのかな?」

 『仲間ってのは、金で繋がった奴のことだろ?』

 「ふふ、そういうところ好きだなぁ。それにしても、一緒に俺を捕まえようとした仲間に対して《向いてない》は可哀想じゃないかな?彼だって一生懸命だったと思うよ?」

 『一生懸命だったとしても、向いてねえもんは向いてねえんだよ。人にはそれぞれ役目ってもんがある。それを全う出来るかどうかだろ。あいつはそれが出来てなかっただけだ』

 「じゃあ、次はもう一人の方かな?それと、ストレングスとはもう連絡取れないって、教えてあげた方がいいんじゃないかな?彼が唯一の俺たちとの繋がりだっただろうし。そのくらい教えてあげても罰は当たらないよね」

 『なんだったら、俺が代わりに繋げてやろうか?どうせ連絡取れなくなってヤキモキしてるだろうからな』

 「それ優しいね。とってもいいと思うよ。新しい取引として俺と接触出来るなら、幾らでも払うだろうから、少し値段釣り上げちゃおうかな」

 『勝手にしろ。俺も分け前弾ませてもらうぜ』

 「今回はすごい活躍してくれてるからね。いいよ。マジシャンはどうせお金には頓着しないし」

 『それと、例の件だが』

 フールの言葉に、ペイジは急に目を輝かせながら、前のめりの体勢になる。

 「もしかして、わかったの!?」

 『ああ。どうやら、もう1人も簡単に餌に食い付いてくれたみたいでな』

 「わー!本当にフール!君は素晴らしいよ!なんて素敵なギフトなんだ!!是非一緒に連れて行ってほしなぁ!!!」

 声色からでもすぐに分かるような、明るくて希望に満ちたような、そんな声。

 『連れて行ってやってもいいが、情緒不安定な奴を連れて行くのはなぁ』

 「誰?あ、もしかしてフール、自分のこと言ってる?」

 『ペイジ、お前自己診断テストをやったことあるか?一回やった方がいいぞ』

 「じゃあ、日時が決まったら連絡してね」

 一方的に切られてしまった電話に、フールは呆れたようにため息を吐く。

 青いスマホをポケットにしまうと、別のスマホを取り出してメールを送る。




 「一体どういうことだ?」

 「どうしたの、刃奈?」

 「あいつからの連絡が取れない。電波が届かないって。・・・逃げたか?」

 「それはないでしょ。本当に電波が届かないところにいるのかもしれないし」

 「そう思うか?」

 「・・・思わない」

 「なら、なんで定期連絡が途絶えるんだ。何が起こってる?!」

 「・・・まさか、本当に何かやらかして消されちゃったとか?」

 「あいつが死ぬのは構わんが、薬が手に入らなくなるのは困るぞ。まったく。あいつの経験を買って引き入れたというのに、無様な結果じゃないか」

 「とにかく、死んだかどうか確認しなきゃだね」

 「ん?待て」

 「どうしたの?連絡来た?」

 「誰だ?こいつは」

 画面に出て来た妙な名前に、男たちは互いの顔を見合わせる。

 怪しいメールかもしれないと思ったが、件名が件名だっただけに、男はそのメールを開いて中身を確かめる。

 すると、すぐに笑みを取り戻した。

 「見てみろ」

 「ん?・・・あ、すごいね。やっぱり何人もいるのかな、こういう奴」

 「あいつはもう使えない。こいつに乗り換えて様子を見よう。もしこいつが怪しい動きをするようであれば、こちらから消しにかかっても構わない」

 「でもさ、俺達って一回取引中止にされてるけど、大丈夫なのかな?」

 「これは勧誘の内容だ。つまり、こいつは我々が以前取引をしていたと思っていないんだろう」

 「ああ、刃奈スマホ替えたからかな?それで新しい取引だと思ったとか?」

 「だろうな」

 「でも以前の顧客名簿と照らし合わせたら合致するんじゃ」

 「今回はお前の名前で全部登録してあるから大丈夫だろう」

 「え、許可取ってよ」

 「今更取ってどうなる。善は急げだ。こいつを取りこむぞ」

 「はいはい。じゃあ、別人だって思わせるためにも俺が連絡取るよ」

 勝手に自分の情報が使われたことが不服だったのか、男は奪う様にスマホを手にすると、自分の言葉としてメールを送り返す。

 無事に返信を終えると、男たちのもとへ別の連絡が入ってきて、そちらへと向かっていく。




 ヴヴ、とスマホが鳴り、スス、と指を動かして内容を確認すると、男は妖艶に笑う。

 「はい、御馳走様」

 そう言うと、今度はまた別のスマホを取り出して何か操作を始める。

 ピッピッ、と点滅をした何かが動いているのを確認すると、その方向へと足を進めて行く。

 一旦カフェに入ってオムライスとコーヒーを頼むと、しばらく動いたままの点滅を眺めていた。

 どのくらい経ったかはわからないが、何度か従業員が水を交換にきたことはなんとなく覚えているから、きっとそれなりに長い時間いたのだろう。

 ようやく点滅が止まったところで、席を立ち支払いを済ませる。

 すでに空が真っ暗なため、場所だけを確認をすると一旦家に帰る。

 シャワーを浴びて、濡れた髪をガシガシかきながらスマホを確認すると、未だに動いていない点滅を見て口角をあげる。

 まるでその人物の居場所を確認するかのように、緑色のそのスマホを指で操作すると、なかなか出ない相手を微笑みながら待つ。

 一体、最初にどういう言い訳をするのだろうと思っていると、留守電になってしまった。

 すぐにかけ直してくるだろうと思っていると、案の定、一分も待たずに相手から電話がかかってきた。

 『ごめん、どうした?』

 「いや、ちょっと朝日と連絡が取れなくなったからさ。心配になって。さっき電話に出ないから何かあったのかと思った」

 『ああ。ちょっと今別の仕事で警備してるから。電波も悪いから繋がりにくいかもしれないけど俺は平気』

 「そっか。それなら良かった。ところで」

 先程のスマホに出ていた居場所を思い出しながら、わかっていながら、聞く。

 「今警備してるのって、北西の森?いつまで?」

 『・・・警備なのに場所や時間を言えるわけないだろう。意味がない』

 「そうだよな、悪い。ああ、でさ、朝日と連絡とってみてくれよ。俺は何回電話しても出ねぇしメールも届かなくて」

 『わかった。じゃあ』

 「おう、じゃあな」

 電話を切ると、再び点滅の確認をする。

 微妙にだが、場所があちこちに動きだしたのが分かる。

 すると、また青いスマホを取り出してメールをする。

 あまりにもそこまでの流れが自然すぎて、意識して動かしているとは到底思えないほどだ。

 先程オムライスを食べたというのに、今度は常備しているカップ麺にお湯を注ぎ始め、さらには待っている間にバウムクーヘンにかじりつく。

 メールの返信がすぐに来て、内容を確認すると丁度カップ麺が出来上がった。




 「楽しみだなぁ!ワクワクするよ!!興奮するね!一体どんな子たちなんだろう!」

 「うるせぇなぁ」

 「フールってば臨時ボーナスあげるからね。さてさて、どうなってるのかな?」

 2人の男の前には、何の変哲もない施設が立っている景色が広がっていた。

 ツギハギの男は、隣にいる男に視線を向ける。

 「フール、どこから入るの?」

 「待ってろ」

 その施設に来るまでには幾つもの道がわかれており、さらには獣道であったり、フェイクの道であったりと、普通には辿りつけないように細工されていた。

 なんとか施設に辿りついた2人だったが、その施設にはあるはずの入口が見つからず、しばらく佇んでいた。

 だが、フールが地面に何かあることに気付き、それを軽くちょいっと動かしてみると、すぐそこに入口と思われる扉が現れる。

 「わ!すごい!道理で普通には見つからないわけだ!マジシャンの部屋みたいだね」

 「入るぞ」

 その頃、施設の中にいた男は、予感だけを頼りにそこから避難しようとしていた。

 「アダム、イヴ、急げ!見つかるぞ!」

 「そんなこと言ったって。僕たちはここに沢山思い出があるよ」

 「そうよ。離れたくない」

 「思い出はまた作れる。でも今死んだら思い出のひとつも作れないんだ。それに、2人を引き放すつもりはない」

 「・・・イヴ、きっと緊急ってやつなんだよ。行こう」

 「わかったわ。アダムが行くならいいわ」

 入口は危険だと、緊急用の出口から脱出するべくそちらへと向かっていく。

 その間も、前後左右を一人で警護し、ようやく出口につく、そう思ったのだが。

 「よう、元気にやってるか?」

 「え、なんでここに」

 聞き覚えのある声に安堵、それからすぐに、本能が危機を察知して銃を向ける。

 「まさかお前!!!!」

 「悪いな」

 一瞬だった。引き金を引こうとしたとき、すでに自分の後ろに立っていて、一撃で気絶させられてしまった。

 床に倒れた元仲間を一瞥したあと、そこにいる2人へと視線を向ける。

 「君は、誰だい?どうして天女は倒れたの?」

 「アダム、私、この人怖い」

 「大丈夫だよ、僕がついてるからね」

 「・・・・・・こいつらで間違いねえみたいだぞ、ペイジ」

 ひょこっと顔を覗かせたペイジは、2人を見て興奮したようにぴょんぴょんはねながら近づいて行く。

 顔や身体、全てを品定めというのか、舐めまわすというのか、とにかくマジマジと見ていたのだ。

 そんな中、アダムはじっとフールの方を見て、それからにこっと微笑んでこう言った。

 「わあ、まるでオリーブのようだ」







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