―水蓮―

maria159357

第1章【月札】

―水蓮―

第1章【月札】


 登場人物




    暁星 朝日ぎょうせいあさひ


    天満月あまみつつき 真袰まほろ


    希     (のぞむ)


    マジシャン


    ペイジ


    ストレングス


    チャリオット


    タワー 


    フール


    アダム


    天花 一生 (てんげ いつき)
























 臆病者は勝つと分かっている戦いしかできない。だがどうか、負けると知りつつも戦える勇気を。時に勝利よりも価値ある敗北というものもあるのだから。


         ジョージ・エリオット




































 第一章【月札】


























 真っ暗でもない、だが決して明るくはない、ほんのり、薄ら、なんとなく明るい、といった感じの場所で、2人の男が会話をしていた。


 「最近、新規の顧客が減っててさ。どうにかならないかなーって思ってるんだよね。良い得意先とか知らない?紹介してよ」


 「生憎知らねえな。そういうのは俺の仕事でも得意分野でも無いんでね」


 「そうかい。がっかりだ」


 「あれ?そういや最近新しい取引先が出来て、結構売れ行きが良いって言ってなかったか?」


 「あー、それ。まあね。良い顧客様だけどね。ちょっと気になってて」


 「気になってるって何が?」


 「んー、勘だからなぁ。説明が難しいなぁ」


 「ペイジの勘は当たるからな。ま、俺の方でも調べてみるから」


 「ありがとう」


 「で、本題は?」


 「ああ、そうだった。忘れるところだった」


 そう言って、赤茶の髪にツギハギだらけの男は、どこからか書類を取り出す。


 文字がぎっしりの上、写真まで丁寧に貼られたそれを、なんとも奇抜な髪色をした男へ渡す。


 資料を渡された男は、口に棒付きの飴を含みながらペラペラ捲っていく。


 「これか。前から気にしてたもんな」


 「そ。ほら、昔どっかで人体実験しててさ、そこが確か火事になったとかで被検体が少し逃げ出したって噂があったでしょ?それの生き残りかなーと思ったんだけど」


 「人体実験って言やぁ、他にもあったよな?よく覚えてねぇけど」


 「欲しい。すごく欲しいんだよ。アダムってやつ」


 「で、俺に居場所を探せと」


 「そう。それともうひとつ・・・」








 「ういーっす」


 薄い青の短髪を揺らしながら、男が部屋へと入ってきた。


 先にその部屋にいた別の男たちは、遅れてやってきたその男に対して目を細め、やれやれと慣れた様子で、男が椅子に座るのを待つ。


 「朝日、遅いぞ。もう昼前」


 「わかってるって。俺だって時計くらい持ってらぁ」


 「じゃあ時間を守れよ」


 「天花、警察官のくせにパーカーで出勤してくるお前には文句言われたくないからな」


 「それは一生も朝日も同じだよ。朝日だってシャツでしょ」


 「いやいや、あまみだってジャージじゃん」


 「動きやすいからいいんだよ」


 部屋に集まった三人の男は、自分のことを棚に上げながら、お互いのことについてああだこうだと言い合っていた。


 遅れて来た朝日が鞄を下ろして席に座ると、早速会議を始める。


 「さて、現時点でわかってることだけど」


 真袰が話し始めると、朝日と一生は静かに資料を見ながらメモを取る。


 「前から噂があった“やばい薬”、これを売りさばくブローカーについては判明した」


 「名前は“希”、通称ペイジとしてやりとりしてる奴だな。で、薬を作ってるのは“マジシャン”。こっちは未だ全然正体がつかめていない」


 「実際に会ったことあるのは希だけ。本当にいるのか?そもそもそのマジシャンは」


 「希に調合とかそういう知識、技術があるとは思えないな。それに、口調からしているのは確実だろ」


 「とんだ引きこもり野郎なのかな」


 そう言って真袰が一台スマホを取り出し、メールのチェックをする。


 どうやら、朝日が来るまでの間に何件かメールが届いていたことに気付いていて、ずっと気になっていたようだ。


 ふと、一生が何かに気付き声をかける。


 「真袰、お前スマホ変えたのか?」


 「え?変えてないけど?」


 「昨日濃い青のやつじゃなかったか?」


 一生にスマホの色を指摘された真袰は、今手に持っているスマホをひらひら揺らしながら答える。


 「ああ。だって三台持ってるから。ほら」


 そう言って、真袰は他の二台のスマホを取り出して軽く見せる。


 色が微妙に違うそのスマホは、まるでグラデーションのようだ。


 しかし、一生が気になったのは色よりもその台数だったようだ。


 「は?お前三台も持ってるのか?」


 「うん、そうだけど。何?」


 「意味分かんねえ」


 「え、なんで」


 眉間にシワを寄せてそんなことを言われたものだから、真袰は思わず不機嫌そうに低い声を出した。


 折角出したスマホを全てしまっていると、朝日も平然とスマホを出してこう言った。


 「俺も三台だけど」


 「え、朝日も?なんで?」


 一生は目を丸くして驚く素振りを見せると、真袰が指を折りながら、持っている台数の詳細を話し始める。


 「なんでって、ここの三人用と、通常業務用と・・・」


 「いや、お前も別のスマホ持ってるじゃんか。俺見たぞ」


 真袰の説明を遮って口を出してきた朝日に、一生は思い出したように二台のスマホを見せる。


 「俺はこれだけだし。お前らみたいに三台も持ってねぇし」


 これだけありゃ充分だろ、と言いながらスマホをしまう一生に、朝日は怪訝そうな表情を見せる。


 「お前潜入捜査してるって自覚あんのか?」


 「話戻していいかな?」


 真袰の言葉に、逸れてしまった話が戻る。


 「取引されてる薬だけど、なんか、未知の薬っぽくて詳細不明」


 「なんだそりゃ」


 「仕方ないじゃん。マジシャンっていうくらいだから、ものすごい変わったものなんだよきっと」


 「これまでに作成された薬の効果って、どういうものがあるんだ?」


 一生が真袰に尋ねると、とても困ったように赤茶の短髪を軽く乱す。


 「そこもね、不老不死だとか、記憶改造だとかいう話もあって、なんかこう・・・。現実味に欠けるものばっかりで」


 「だろうな。ま、色んな可能性は残しておいた方がいいだろ」


 気付けば、一生は資料に何か落書きをしていたようで、自分では上手く描けたと思ったらしく上機嫌だった。


 そのとき、一生のスマホが鳴り響き、この日の集まりはここまでとなった。


 お互い連絡をこまめに取り合おうということで、朝日は大欠伸をしながら、真袰はイヤホンを耳につけてそれぞれの仕事に戻る。








 「ふんふん♪ふんふふーん♪」


 ペイジは鼻歌を歌いながら地下室への階段を下りて行く。


 地下室とはいっても、綺麗で広く、カビ臭そうなイメージのそことは全く違う景色が広がっている。


 壁はまるで水槽のようになっており、そこには何かが浮いている。


 全ての階段を下り終えると、ペイジは右目を覆う髪を少しだけずらし、重くもないその扉をゆっくりと開ける。


 植物に囲まれた部屋に中に、ぽつん、とそこだけには植物がなにもなく、ただ無機質な機械と寡黙な人型の何かがいるだけだ。


 ペイジはその後ろ姿を確認すると、更に機嫌良さそうに鼻歌の続きを口ずさみ、驚かす心算があるのかないのか、その姿の肩にぽん、と手を置く。


 「ばあっ」


 「・・・・・・」


 「あれ、驚かないや」


 クツクツと笑うペイジは、近くにある自分用の椅子を持ってくると、そこに座ってテーブルに肘をつき、頬杖をする。


 足を組んでその人物の横顔を見つめれば、指先を器用に動かしながら、言葉だけが向かってくる。


 「なんだ」


 「さすがの手捌きだなぁ、と思ってね。ほら、最近新しい発注も無かったし?でもね、また良い顧客が出来るかもしれないから、楽しみにしててね」


 「別にどうでもいい」


 人物の言葉に、ペイジは頬を膨らませる。


 「まあ、マジシャンにとっては金儲けなんてどうでもいいことだもんね。でも俺は金儲けがしたいんだよ」


 「知ってる」


 マジシャンという男が何をしているのか、ペイジはまったくわからない。


 だが、これが巡り巡って自分の懐に入る金の成る木なのだということは分かっている。


 頬杖をつきながらじーっとしていたペイジだが、ふと、見覚えのない植物が育っているのが目に入る。


 「それどうしたの?何に使うの?」


 「・・・・・・」


 マジシャンは何も言わないまま、スッとペイジに紙を出してきた。


 それは“依頼書”であることはすぐに分かった。


 「なにこれ」


 「ハーミットからの依頼だ」


 「え、直接?なんで?なんの?」


 ペイジの質問に答えるのが面倒なのか、マジシャンはまた口を閉ざしてしまった。


 またしても頬をぷくーっと膨らませて拗ねてみせたペイジだが、その依頼書をよくよく読んでみると、ただの睡眠薬であることがわかった。


 つまらないと、ペイジが適当にその依頼書を投げようとすると、マジシャンがちらっと見てきたため、そっと戻す。


 「そういえば」


 ポケットにしまっていたガムを取り出して口に含むと、ペイジはそのガムを風船のように膨らませながら尋ねる。


 「タワーってどんな奴?会ったことないんだよね」


 「・・・・・・」


 「いつか会いたいなぁ。仕事出来るんでしょ?俺嫌われてるのかなぁ?」


 「・・・・・・」


 「ここ数年で一気に増えたでしょ?ジャスティス、エンペラー、チャリオット、ワールド、あとストレングスにデビル。手広く商売出来るようになったのは有り難いんだけど、あんまり多くなりすぎると制御出来なくなるからなあ。それに、俺みたいに金儲け好きな奴が増えちゃったら、俺の取り分減るかもしれないし」


 ペイジの話を適当に聞き流しながら、マジシャンは薬品を混ぜて行く。


 黄色かったそれは徐々にピンクになり、その後緑へと変化していく。


 「それ何?」


 「脳に作用するやつ」


 「ざっくり説明ありがとう」


 一人で黙々と作業をしているマジシャンを一通り眺めたあと、あまりに相手にしてもらえなかったため、ペイジはその場を後にしようと席を立つ。


 「あ」


 そして帰り際、思い出したようにマジシャンに写真を見せる。


 「ずっと気にしてたこいつら、今探してもらってるからね。見つけたらすぐ連絡するよ」


 「・・・・・・」


 マジシャンがその写真を手に取ると、少しだけ写真が歪んだ。








 地上へと出て来たペイジは、誰からか連絡が来ていることに気付き、送り主を確認していると再び同じ人物から連絡が入る。


 慌てる様子もなく電話に出ると、のんびりとした調子で話す。


 「はい、もしもし」


 『ペイジか』


 「どうかしたのかい、ストレングス」


 『この前紹介した奴が、また新しいの注文したいらしいんだけど、マジシャンに依頼出来るか?』


 「出来るけど、なんか他の依頼もあるらしいから少し時間かかるかもよ」


 『それでも構わないらしい。前回の二倍出すって言ってるから、二倍作ってほしいって』


 「わかった。伝えておくよ。詳細はメールで送ってね」


 そう言って電話を切ると、ペイジはにこにことスキップをする。


 すぐにマジシャンに連絡を入れてみるのだが、手が放せないのか、それとも面倒なのか、しばらく出なかった。


 もう一度戻って直接依頼をしようかとも思ったのだが、戻るのも面倒だと思い、そのまま何度も何度も何度も何度もかけ続けたら、ようやく連絡が取れた。


 さすが特殊地下室だな、と感心していると、マジシャンが用件だけいって切るように言ってきたため、大人しく言う通りにする。


 どのくらいで作れそうかを確認したところで、ストレングスにメールでいつ頃なら交渉可能か連絡を入れる。


 【例の件はどうなっている】


 《予定通りです。現在製造を進めている最中。完成したら改めてご連絡いたします》


 【一刻も早く対応するよう伝えろ。これは奴らを社会的に抹殺するための手段であることを忘れるな】


 《もちろん、わかっています》


 【正体はバレていないだろうな】


 《今のところは問題ないかと思います。ですが、今後も細心の注意を払い関係性を保って行きます》


 【何の為にお前を私達の仲間として引き入れたかをよく考えておけ】


 《肝に銘じております》


 【頼んだぞ、ストレングス】


 《了解です》








 「ふう・・・」


 スッスッ、と指先で誰かへの連絡を終えた朝日は、壁に凭れかかりながらため息を吐いていた。


 ブルーライトはきつい、と思いながらもう一度ため息を吐いたところで、後ろから聞き覚えのある声が二つ、聞こえてくる。


 「誰に連絡してたんだ?」


 緑の髪に黒のメッシュが入った男、一生が首筋を摩りながら聞いてきた。


 隣では真袰が目を擦っている。


 「いや、別に」


 朝日を見る一生の目が、一瞬だけ鋭かった。


 それを三人とも気付いていながら気付いていないふりをして、またいつもの部屋へと向かっていく。


 会議室とは名ばかりの、密室性のある部屋。


 盗聴などもされないか事前にチェックを行い、音なども聞かれないように防音効果のあるものを使い、集音もされないように厚く塗られた壁は少し違和感がある。


 特に自分の席が決められているわけではないが、すでに何回か集まっている間に自分の席となっているそこに向かって椅子に腰かけると、朝日と真袰はリュックを背負っているため荷物を下ろす。


 一生にいたっては服に全て収納出来ているらしく、特に荷物を下ろすこともなく椅子に座って足を組む。


 「定期報告はこの前したばっかだろ?今日はなんなんだ?」


 座ってすぐ、一生が不機嫌そうに言う。


 連日こうして集まっていれば、何か勘ぐられてしまうことは確実だ。


 頬杖をつきながら文句を言う一生に、真袰が口を開く。


 「希が何か探してるって情報が入ったんだけど、知ってる?」


 「なんだそのざっくりした情報は。何か探してるってなんだ?失くし物か?鍵とか?財布?スマホ?なんでそんなこと一々俺達が」


 「そうじゃなくて」


 一生がちゃちゃを入れるように話したが、真袰が少し強めの口調で言う。


 ため息を吐き、真袰の援護ではないまでも、自分のスマホも取りだして何か操作しながら朝日が話す。


 「何かの場所だ。詳細はわからないが、どうしても特定したいらしい」


 「あー、なんか俺んとこにも来てたかも。でもこんな情報じゃ探せねえじゃん。どうやって見つけろっての」


 「あの希が、あの希がだよ、金払ってでも探してほしいかもって言ってたって」


 「かもってなんだよ。まだ出し惜しみしてるのかよ」


 「守銭奴だからね」


 三人とも直接何かを頼まれたわけではないらしく、希とのやりとりをしていて、そんな感じの話になったようだ。


 だが、詳細に関してはある人物に依頼をしているから話せないとのことだった。


 「そういや、最近入ったっていうあいつは?」








 「あいつって?」


 「ほら、最近入ったばっかりなのに希のお気に入りだっていう・・・」


 「ああ、“フール”な」


 「そうそう。そいつの正体は?わかってるのか?」


 「ぜーんぜん。マジシャンと同じで誰も会ったことないらしいよ」


 噂にしか聞いたことのないその人物のことをしばらく話していたのだが、予想したところでどうにもならないと途中で止めた。


 そうこうしている間に、真袰のスマホに何か連絡が来て、別の仕事が入ってしまったらしく慌ててそちらに向かっていった。


 残された朝日と一生は、しばらくその場に留まるのだが、特に2人して何か仲よさそうに話すこともなく、時間だけが過ぎていく。


 それぞれスマホをいじったあと、朝日が先に椅子から立ち上がってリュックを片方の肩にかけて出口に向かう。


 「なあ」


 ふと、一生に呼びとめられたため、軽く後ろを振り返る。


 スマホに目を向けたままだった一生が、視線だけを朝日に向けてくる。


 「なんだ?」


 「お前さぁ、さっき誰と連絡してたんだ?」


 「あ?なんだよ急に」


 鋭かった視線を緩めると、一生はスマホの操作を止めて朝日をじっと見る。


 そして、一度ニッと笑う。


 「まさかとは思うけど、繋がってねぇよな?」


 「・・・何とだ?」


 お互いを見る目つきは、いつものそれとは異なっていた。


 にらみ合っているわけでもなく、かといって微笑み合っているわけでは決してなく、獲物をみつけた野獣というわけでもない。


 簡単に言ってしまえば、目を背けた方の負け、といった感じだ。


 先に頬を緩ませたのは、一生だった。


 スマホを持っていない方の手をひらひら動かして、にへらと笑う。


 「いやいい。わかったよ。悪かったな、足止めて」


 そのまま何も言わずに出て行った朝日の背中を眺めたあと、1人一生は再びスマホに視線を戻す。








 「何か分かったのかな?」


 『ああ。例の場所はまだだが、とっておきの情報がある』


 「さすが。仕事が速いね、“フール”は」


 フールからの連絡に、ペイジは心躍らせる。


 胸をルンタッタと弾ませながら、電話の向こうにいるフールから、どんな言葉が綴られるのだろうかと心待ちにする。


 右目にかかる前髪を揺らしながら、ペイジは微笑む。


 『スパイがわかった』


 「わお!それはとっても嬉しい情報だなぁ。で、そいつは一体誰なのかな?」


 『そいつじゃない』


 「?どういうこと?」


 『そいつら、だ』


 フールの言葉に、ペイジは一瞬ぽかんとしたかと思うと、すぐにニヤリと笑う。


 唇を舌でぺろりと舐めあげながら、無意識に少しだけ声が低くなる。


 「ふふふ。面白いね。まったく、本当に、どこにでもネズミは入りこむもんだ。意地汚いというかなんというか」


 一人ごとなのか、それとも電話越しの話しかけているのか、わからないくらいの声量でペイジはそう呟いた。


 ペイジのその言葉には特に反応を示さなかったフールだが、ペイジがいつまでもブツブツと何か言っていたため、途中で咳払いをして存在をアピールする。


 思い出したようにペイジは話しを促す。


 「ごめんよ。で?一体誰なのかな?」


 焦らすこともないまま、フールは淡々とペイジに名前を告げる。


 『ストレングスとチャリオット』


 「わお」


 『今のところ他はいなさそうだが、可能性を考えて調査は続けるよ』


 「そうしてくれると助かるな」


 何度もペイジと連絡を取っていた、数年前からの関係がある二つの名前だが、ペイジはがっかりした様子はない。


 そんなペイジに、フールは尋ねる。


 『何とも思わないのか?長年一緒だった奴らが裏切ってたんだぞ?』


 フールの言葉に、ペイジは唇を尖らせたかと思うと、「うーん」と首でも傾げているのだろうか、そんな感じの声が聞こえてくる。


 その後すぐに「ふふ」と笑うと、特に声色も変わることなくフールに応える。


 「もともと信じてないからね。たった数年の関係さ。君やマジシャンのように長い付き合いでもない。そうだろ?」


 『まあそうだな』


 「人を心から信じるには相当な時間とそれに伴う行動が必要だ。彼らはそれが出来ていなかった。それだけのことさ」


 ペイジはとても美しく微笑んでいた。


 それは誰にも見られることはないが、電話越しにその様子が想像出来たのか、フールは慣れたように言葉を続ける。


 『すぐに始末するか?』








 フールの言葉に、ペイジは片方の頬を膨らませて愛らしい顔をしながら首を傾け、人差し指を顎にあてて何か考えている。


 傍から見れば可愛らしいその仕草さえ打ち消してしまうほど、ペイジは痛々しい姿をしているのだが。


 十秒ほど経ってから、ペイジが「うん」と言ってから答える。


 「もう少し稼がせてもらってからにしよう。良い顧客持ってきてたし。丁度今、マジシャンがその薬を作ってるって言っていたから。その取引が終わってからでもいいかな。新しい取引先も見つかりそうだし」


 『わかった。で、その客の方も始末するのか?』


 「始末出来そうなの?」


 『・・・俺一人じゃ難しいと思う』


 「じゃあそのままにしておこう。仲介役がいなくなって、もしかしたら別の奴を仲介してまた接触してくるかもしれないし。そしたらまた俺稼げるし。またネズミが見つかるかもしれないし」


 『楽しそうだな』


 電話越しにでも至極楽しそうにしているのが見えているのだろうか、フールはペイジの声だけで全て見通す。


 というよりも、ペイジがとてもわかりやすいのだろう。


 お気に入りのチョコチップクッキーを見つけ、少しボロボロになってしまってはいるが、味は変わらないだろうとそれを口に含む。


 ペロリと舌で唇を舐めると、指先についたクッキーの欠片も舐めとる。


 「だって楽しいからね」


 子供の無邪気な声とも、大人の欲に塗れた声とも少し違う、その感情をなんと表現したらいいのかわからないが。


 ペイジはずっと指先を舐めながら、まだ電話を繋いだままのフールに伝える。


 「フール、この世で一番楽しいことってなんだろうね?」


 『なんだ急に』


 右目の下、首筋、いたるところのツギハギ部分を指で摩りながらのペイジの問いかけに、フールは呆れたようにため息を吐く。


 ふふふ、という笑い声だけがしばらく続き、電話を切ってしまおうと思ったフールだが、それを察知したのかペイジが「待って待って」と声をかける。


 「俺の冗談に付き合ってよ」


 『まだアダムの居場所を突きとめてねぇから。仕事あるから』


 「仕事熱心だね」


 『お前が頼んだんだろ』


 「そうだったね。でも、そうは言っても検討くらいついてるんだろ?場所がわかったら教えてね」


 『一緒に行くのか?』


 「行きたいなぁ。直接見て色々調べたいなぁ。ちゃんと俺の言う事を聞くかも知りたいし。生意気だと嫌だなぁ」


 『・・・反抗したらどうすんだ?』


 「わかってるくせに」


 クスクスと笑うペイジに、フールはやれやれと呆れた様子だ。


 電話を切ると、ペイジはスマホをその辺に適当に放り投げ、ソファにぼふん、と沈みこむ。


 天井を見つめながら、1人笑っていた。








 とある場所に佇む施設内で、幼い顔立ちをした若者が一人、訪問してきた男を見て嬉しそうに微笑んでいた。


 「天女だ!天女がきた!!!」


 「だから男だって」


 「久しぶりだね。元気にしてた?しばらく見なかったけど何かあった?イヴはね、今お手洗いに行ってるよ」


 「アダム、そういうことは言わなくていい」


 「そっか。デリカシーが無いって言われるんだった。でも大丈夫だよ。幼イヴはそんなことで怒らないから」


 天女と呼ばれた男は、幼い顔をしたアダムという男からの抱擁を適当に受け流すと、アダムが描いたのであろう壁に描かれた絵を見て驚く。


 「これアダムが描いたのか」


 「そうだよ!イブと一緒に描いたんだよ。これはね、外の世界を描いてみたんだ!こんな感じなんでしょ?」


 「・・・ここまで動物で溢れてはいないけど」


 壁一面に描かれたこと自体に圧巻されるのだが、それよりもそこに描かれた動物と思われる絵の多さに驚きを隠せない。


 天女がびっくりしているのを見て、アダムは嬉しそうに説明を始める。


  「そうなの?おかしいなぁ。これ!この前持ってきたもらった本を見て描いたんだよ!あれはね、クジラっていうやつ!あっちはクラゲでねー、これはアナグマだよ!これイブが描いたウサギだって!」


あちこちを指さしながら、同時に本も開いてどの動物を描いたのかを伝える。


確かに先日ここへ来たとき、暇つぶしにでもなればいいなと思って色んな動物に関する本を持ってはきたが、ここまでになっているとは思っていなかったようだ。


 ふと、そこに一番最初に描きそうなものが描かれていなかったため、天女は壁を何周も見渡してそれを探す。


 そして顎に手を当ててこう言う。


 「人間がいないな」


 天女の言葉に、アダムは首を傾げる。


 「人間?何それ?だって本には載っていないよ?」


 「ああそうか」


 通常の動物図鑑などには人間は載っていないのかと、天女は納得する。


 「あー!天女が来てる!」


 「だから女じゃねえっての」


 「イヴ、人間がいないって言われたよ」


 「人間?」


 幼い顔をした女の子、イヴもアダム同様に“人間”という言葉に首を傾げる。


 説明をしてほしそうな顔をしていた2人だが、色々と面倒そうだと判断した天女は、アダムとイヴを椅子に座らせる。








天女の背中には、いつでも保護出来るよう羽衣、ではなく遠距離用のごつい銃が装備されている。


 大人しく椅子に座ったアダムとイヴは、ニコニコと天女を見上げている。


 「最近変わったことはないか?」


 どうも嫌な予感がすると、天女は真剣な面持ちで2人に質問をする。


 しかし、この2人はどうも緊張感というものがないらしく、互いの顔を見合わせたかと思うと、キラキラした目を向けて来た。


 そして両手を思い切り広げて言う。


 「あのねあのね!!!こおおおおおおんなに大きい鳩が襲ってくる夢を見たの!!」


 「僕も!こおおおおおおおおおおおおおおんなに大きいオリーブに潰される夢を見たの!」


 「アダムったら可哀想!大丈夫だったの?」


 「イヴ、怖かっただろう?もう大丈夫だよ」


 「私は大丈夫よ。オリーブなんて怖いじゃない。泣かなかったなんて、アダムはやっぱり男の子ね!」


 「そんなことないよ。イヴが襲われてるなら助けに行ってあげたかったよ。ごめんよ」


 「アダムったら、本当に優しいのね。アダムのそういうところが大好きよ」


 「僕はイヴのためならなんだってするさ」


 そんな2人のやりとりをしばらく眺めていた天女だが、どうやらまだ続きそうだったため、一旦制止をかける。


 やっとのことで大人しくなった2人に、天女はもう一度問いかける。


 「最近、変な奴が来たとか、連絡があったとか、誰かと接触したとか、そういうことはあるか?」


 少しわかりやすく聞いてみたが、2人は特に思い当たることはないようだ。


 首を左右に動かしているその姿に、天女は「もういいぞ」と伝える。


 同時に首を動かすことを止めた2人に、天女は2人のデータが入っているパソコンを開いて何か細工がしていないかを探す。


 天女が真剣に何かしているためつまらなかったのか、アダムとイヴは天女の後ろから顔を肩に乗せて、パソコンの画面を見つめる。


 「何これ?僕たち?」


 「そうだ」


 「何これ?この変な形のは何?」


 「こっちがアダム、こっちがイヴ。体調に変化が無いかとか、おかしなところがないかとか、とにかく色々調べてくれてるんだよ。監視カメラとかも一括してあって便利なんだ」


 「ふーん?」


 「分からないなら絵でも描いてろ」


 「描きたいけどもう壁がいっぱいなんだ。どうしたらいいの」


 ふと、そういえば一面絵で埋め尽くされていたな、と思った天女は、パソコンの画面を何かいじる。


 すると、描いてあった絵が全て天井に綺麗に収縮した形で並び、また全ての壁が真っ白なものへと変わる。


 「わー!!!!すごいすごい!!」


 「魔法みたいね!!!」


 また絵を描けると、アダムとイヴは大喜びしている。


 すぐに画材道具を持ってくると、2人はキャッキャと楽しそうに身体中を汚しながら絵を描き始める。


 その様子を確認しながら、天女は監視カメラで誰かが近づいてきていないか、ここがバレていないかなどを調べる。


 「(今のところ特に問題なしか?いや、でも気になるな。そもそも、なんでこの2人の存在が?どうにかして上手く切りぬけないと)」


 パソコンでセキュリティのチェックも済ませると、他の部屋の確認を行う。


 「(あの人から頼まれた重大な任務だ。ちゃんと全うしないと)」


 一通り部屋を確認し終えると、天女はアダムとイヴに声をかける。


 「じゃあ、そろそろ戻るからな」


 「えー!!もう行っちゃうの!?もっといてよ!折角人間を描いてるのに!」


 「そうよ!アダムが天女のこと描いてるの!とっても上手なんだから!!!」


 2人に腕を引っ張られそちらに向かうと、確かにそこには人間、らしき姿のものが描かれていた。


 「なんだこれは」


 「だから天女だって」


 「なんで茶色いんだ」


 「だって、アダムが自分は土くれから作られたって。だから茶色にしたのよ。天女も男の子なんでしょ?」


 「まあ、そうなんだろうけど・・・」


 「気に入った?」


 ニコニコと純真無垢なその笑みで聞かれてしまったら、もはやNOとは言えなかった。


 天女がコクンと頷けば、アダムとイヴはとても嬉しそうに喜び、その汚れた顔や身体のことなど気にもせず、さらに人間を描いていく。








 「・・・・・・」


 男は、廊下を歩いていた。


 色んな人とすれ違うが、見知った顔などほとんどなく、会釈することもなくただ歩く。


 一昔前の黒い携帯を取りだすと、指をカチカチと動かしてどこかへと連絡をする。


 少し指が止まったかと思うと、返信が来たのかまたすぐに指を動かす。


 どこか適当な部屋に入ると、そこに人がいないことを確認し、一昔前の携帯でどこかに電話をかける。


 何度かコールが鳴ったあと留守電サービスになってしまい、もう一度かけてみるがやはり相手は出なかった。


 諦めて携帯をしまったとき、青いスマホが動き出した。


 「・・・・・・」


 指紋認証で起動させると、指先を動かして通話状態にする。


 『やあ。調子はどうだい?』


 「連絡しようと思ってたとこだ」


 『それなら良かった。何か収穫があったんだね?』


 「ああ」


 男はその部屋にある段ボールを触り、潰れ無さそうであることを確認すると、そこに腰掛ける。


 スマホを持つ手を換えると、別のスマホに書いてある何かの情報を眺める。


 「片方、始末する準備が出来た」


 『おや。それは随分とおぞましい言葉だ』


 「お前が言ったんだろ」


 『そうだったかも』


 喉を鳴らして笑う電話の相手、ペイジ。


 『面白そうだから、絵は頂戴ね?』


 「その面白そうだからっていうの、結構面倒臭ぇからな。こっちだって色々大変だってのに」


 『そうだよねぇ。君は一応そっち側ってことになってるわけだしね。万が一バレたら大変なことになっちゃうよね』


 「わかってるなら自由に電話かけてくるの止めろよ。せめてメールで連絡しろ」


 『そうしようかとは思ったんだけどさ、マジシャンのところに行ったら、忙しいとかで全然相手にしてくれないし。あと遊んでくれそうなのはフールだけかなーと思って』


 「俺だって暇じゃねえって言ったろ。てかなんだ、お前は彼女か」


 『え、俺一応男なんだけど』


 「知ってるよ。俺だってお前みたいな野郎相手にしたくねぇよ」


 『でさ、始末の件なんだけど』


 「てめぇこら」








 先程までの会話は一体なんだったのかと、フールは前髪をかき乱す。


 しかし、電話越しの相手はまったく悪いとは思っていないらしく、フールの言葉に耳を傾けることもなく話し続ける。


 『出来れば、跡形も無く消してもらえると助かるな』


 「跡形もなく?」


 『そ。人間の生命力って怖いからさ。信用出来ないんだよね。だから、燃やしちゃうとか、海に沈めちゃうとか、とにかく確実にこの世から消し去ってほしんだよ。頼めるよね?』


 「それが俺の役目だからな」


 『たのもしいなぁ。さすがだよ。君を信頼出来ているのは、ちゃーんと俺のお願いを聞いてくれるからだよ』


 「“お願い”じゃなくて“命令”だからな」


 『嫌だなぁ。お願いだよ。彼らとはまだ仲良くやってるのかな?』


 「ああ。あいつら、俺が潜入捜査してるって信じきってるからな。アホらしい」


 『ダメだよ。仲間は大事にしないと。信頼関係って何よりも大事だよ』


 「金の亡者が何言ってんだよ」


 『ああ、それからもうひとつ聞いておきたかったんだった』


 「マイペースに話し進めやがって」


 興味が無くなるとすぐに別の話に向かってしまうペイジに対し、フールは慣れているため小さく笑う。


 「で?なんだ?」


 『あのさあ、君はタワーって知ってる?』


 「タワー?聞いたことはあるけど、性別も知らねえし、そもそもペイジが知らねえなら俺が知ってるわけねぇだろ」


 『そうだよね』


 「おいこら」


 『マジシャンがさ、教えてくれなくて。もしかして名ばかりなのかな?マジシャンも会ったことないとかってある?』


 「俺が知るか。なんでそんなに知りたがってんだよ。別に脅威なわけじゃねえだろ?」


 『・・・脅威じゃないけど、ちょっとね。タワーだからさ』


 「ん?」


 『ほら、タワーだから。ジョーカーっていうか。一発逆転でもされたら怖いなーと思ってね』


 「よく分かんねえけど、そっちも調べてみるか?」


 『んー、いや、大丈夫。それよりさ、なんで君は最近入ったってことになってるの?』


 「面白ぇじゃん。情報操作って」


 『本当に悪い子だねぇ』


 「互いにな」


 『ああ、そうだ。忘れるところだった。この前話した大きな取引、無事に終わったよ。取引無事終了。ってことで』


 「遠慮なく始末開始だな」


 『さっきも話したように、跡形もなく、ね』


 「お安い御用だ」


 スマホをしまうと、白いガラケ―を取り出してどこかへと電話をかける。


 しかしいつまで経っても通話にはならず、静かに閉じてポケットにしまう。








 「朝日、何処に行ってた?」


 「悪い。ちょっと射撃の訓練してた。今月まだ全然ノルマこなしてなくて」


 「なんだそうか。この後柔道に付き合ってもらおうと思ったんだけど、体力大丈夫か?」


 「おう、全然いける」


 「朝日、今度バイクの運転教えてくれよ」


 「任せとけ」


 同僚たちに声を次々にかけられた朝日は、柔道場へ向かい柔道着へと着替える。


 数人の相手をして水分補給をしていると、今度は剣道の相手をしてくれと頼まれ、そちらにも顔を出す。


 体力、力、耳の良さには自信があり、交通課から捜査一課、三課など他部署を経験している若手のホープでもある男。


 薄い短髪に濃い青い目をした、暁星朝日。








 「少しズレたな」


 「いやいや、これだけの距離でたかが一発、ほんの少し、一ミリにも満たないくらいのズレはズレに入らねえだろ」


 「そのズレが命取りになることがあるんだよ。だからこうやって、日々精密さを確かめてんだ」


 「偉いねぇ。この国に、そこまで精密さを求めても、腕を発揮出来る機会はそうそうこないだろうけどな」


 「その方がいいんだよ」


 男は、銃を分解し始めると、メンテナンスの準備をする。


 視力が良く、その銃の腕前には右に出るものはそうそういないとか。


 大人しそうに見えて意外と噛みついてくると、問題児扱いされたこともあるそうだ。


 赤茶の短髪に茶色の目をした男、天満月真袰。








 「相変わらずの運動神経だな。お前、逃げ足まじで速い」


 「パルクールが得意なんだよな?」


 「視野も広い最強イケメンって言えば俺のことだろ?」


 「はははは!てめぇで言ってればわけねえわな!!!」


 「下戸だけどな」


 「別にいいだろ下戸だって!すーぐ赤くなるんだよ!調子乗って飲むと吐くからな!絶対飲ませんなよ!」


 「自分で飲まねえようにしろよ」


 「なんだとこの野郎」


 運動神経抜群、身軽でまるで忍者のよう。


 酒は弱いが直感が鋭く、その目立つ容姿からたまに上層部に呼びだしをくらっているようだが、本人は気にしていない。


 緑の髪に黒メッシュの髪、茶色の目をした男、天花一生。









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