第六話三章 ルキフェル失脚
「なりません、筆頭将軍! いかにあなたでも事前のお約束もなしに
大聖堂ヴァルハラ。
その表情は唇を真一文字に結んだ確固たる決意を示すもので、なにを言っても無駄そのもの。衛兵たちもそれと察して力ずくで押しとどめようとした。だが――。
「
ルキフェルはまとわりつく衛兵たちを腕の一振りで払いながら叫んだ。
その叫びに、と言うより、ルキフェルの全身から噴きあがる覚悟に気圧されて、衛兵たちは道を空けた。ルキフェル自身はもちろん知る
「私は
その叫びと共にルキフェルは『天上との架け橋』と呼ばれる長い廊下を足音高く進んでいく。
その声。
その表情。
全身から噴きあがるその覚悟。
そのすべてに圧倒され、衛兵たちはもはやルキフェルをとめる気力をなくしていた。
もとより、筆頭将軍と言えばすべての軍事部門を統括する身であり、衛兵たちにとっては雲の上の存在。最高司令官とも言うべき人物。それだけでも力ずくで
まして、ルキフェルと言えば、パンゲア内に隠れもない最強の騎士。そのルキフェルが揺らぐことのない覚悟をもって進んでいるのだ。いかに、信仰に篤く、使命に忠実な衛兵たちであっても手出しできるものではない。その姿に息を呑み、不吉な予感に青ざめながら後ろ姿を見送るしかなかった。
ルキフェルはただひとり、天上への架け橋を歩いていく。
燃える瞳に限りない
神の栄光を描いた
アルヴィルダの脇にはアルヴィルダとルキフェル、そして、いまひとり、アルヴィルダの双子の妹アルテミシアにとっても『
「
ルキフェルは叫んだ。
確固たる決意にその表情を固めたまま、
「どうしたのです、ルキフェル。
「
アルヴィルダが、ソロモンが、それぞれに口にする。
そう声をかけるふたりは気がついただろうか。ルキフェルの胸。誇らしく掲げられていた筆頭将軍たることを示す階級章がいまはないことに。
ルキフェルは、アルヴィルダの前に進み出ると片膝をついた。その瞳にかわることのない決意を込め、
「
「一命を
アルヴィルダはそう前置きしてからつづけた。
「パンゲアの誇る筆頭将軍にして最強の騎士。そのルキフェルともあろうものが命を
「
「なにを言い出すかと思えば」
アルヴィルダはルキフェルの訴えをせせら笑った。あまりにも冷淡なその態度。あまりにも冷ややかなその口調。とてもではないが大切な幼馴染みであり、
もし、いまこの場に、ロウワンがいてアルヴィルダの態度を見ていたなら激しい違和感を覚えずにはいられなかっただろう。それぐらい、いつものアルヴィルダとはちがう印象だった。
「〝神兵〟は我がパンゲアが手にした力。大陸統一という我らが
「忘れてはおりません。大陸統一は我が
「なにを言うのです、ルキフェル。〝神兵〟があればこそ、我らは大切な兵士を死なせることなく、大陸統一のための戦いを進めることができるのではありませんか」
アルヴィルダが言うと、ソロモンもつづけた。
「ルキフェルよ。
「そのとおりです、ソロモン総将。たしかに、私はローラシアの化け物どもの前に敗北しました」
「ならば、ルキフェルよ。〝神兵〟を
「だからこそ! だからこそ、言うのです。パンゲアが〝神兵〟を量産すればするほど、ローラシアもあの化け物どもを作り出す。人の手には負えない
「ローラシアに呼びかけるだと?」
ソロモンもまた、ルキフェルの訴えをせせら笑った。それはやはり、息子とも思う
「ローラシアがそのような呼びかけに応じるとでも思うのか? 我らが〝神兵〟を
「そうだとしても」
「そうだとしても、まずこちらから行動を起こさないことにはなにもかわりません。先に〝神兵〟という怪物を使ったのは我々なのです。ならば、我々の側がまず怪物の
「〝神兵〟の
「
「世界と人類をひとつに。それは、我がパンゲアの
「制御できぬ力など危険なだけ! 武力は国の
「ルキフェルよ」
「お前はまだ若い。理想を現実に優先している。戦争とは、現実とは、お前が思っているほど甘くもなければ、美しくもない」
「ソロモン総将。たしかに、私はあなたに比べればまだまだひよっ子。私の思いは青臭い理想に過ぎないのかも知れません。ですが、理想がなければ人をなにを目指して歩めばいいのですか?」
ルキフェルはそう言ってから、さらに訴えかけた。
「ソロモン総将。あなたは幼い頃の私たちにこう教えてくださった。
『理想とは砂漠の星のようなもの。いくら星を目指したところで星そのものにたどり着くことは決してできない。しかし、星を目指すことで、目的地まで迷うことなく歩いていける』と。
私はその教えを受けて以来、常にその言葉を胸に刻んできました。目指すべき理想を決して忘れまい、理想を忘れて迷うようなことはするまい、と。そのあなたがいま、理想を否定されるのですか?」
「ルキフェル」
アルヴィルダが静かに言った。
「私たちには揺らぐことのない理想があるではありませんか。世界を、人々をひとつにし、人と人の争いのない世界を築くという理想が。その理想を目指して
「そのためなら、世界を滅ぼしてもいいと言うのか⁉」
ルキフェルは叫んだ。
それは、
「思い出せ、アルヴィルダ! おれとお前、それに、アルテミシアの三人でいつも話しあったじゃないか。世界と人類をひとつにしよう、人と人が争うことのない世界を作ろうと。その目的は、誰もが戦乱に怯えることなく平穏に、幸福に暮らしていける世界を作ることにあったはず。あのような怪物どもに頼っていて、そんな世界が作れるはずがない!
想像してみろ! あの怪物どもが我らの制御をはなれて暴走したときのことを。
誰がとめられる?
誰が倒すことができる?
誰の手にも負えはしない! 万が一にもやつらが暴走すれば、そのあとに来るものは世界の破滅、終わることのない
「いいではありませんか」
「なっ……⁉」
あまりにも意外な言葉にルキフェルは絶句した。アルヴィルダはかの
「死ぬことのなにがいけないのです? 世界がひとつになれば生も死もない。すべては同じこと。すべての人間が死んでひとつになれると言うのならそれこそ、我がパンゲアの
「お前……」
ルキフェルは限界まで目を見開いてアルヴィルダを見た。いや、アルヴィルダの姿をして『なにか』を。
「お前は……誰だ? アルヴィルダがそんなことを言うはずがない! お前はいったい、誰なんだ⁉」
「全人類を
「
ソロモンは重々しくうなずいた。自らの直属たる親衛隊に命令を下した。
「親衛隊! 反逆者ルキフェルを捕えよ!」
その命のままに――。
列をなし、通路を作っていた親衛隊が動き出した。ルキフェルに近づき、両腕を捕えた。
「放せッ!」
そう叫ぼうとしたルキフェルの声が途中でとまった。それを見たからだ。いかなる意思も、感情も、かけらほども感じさせることのない親衛隊たちの表情。
「お前たち……」
ルキフェルは一瞬で悟った。それは、いかなる意味でも『人間が』浮かべることのできる表情ではなかった。
「お前たち……お前たち、いったい、誰なんだあっ!」
その叫びを残し――。
ルキフェルは連れて行かれる。そして――。
――はははは。
――はははははは。
アルヴィルダのものでもない、ソロモンのものでもない、誰のものとも知れない高らかな笑い声が、
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