第六話四章 やつが来た
「姉さま!」
音高く扉を開けて、アルテミシアが大聖堂ヴァルハラの
そこに、いま、アルヴィルダの双子の妹にして
姉たる
「どうしました、アルテミシア。そんなにもあわてて」
アルヴィルダは静かに振り向いた。
「姉さま! ルキフェルを捕えたというのは本当ですか⁉」
アルテミシアは血相をかえて尋ねた。悲鳴だった。
「本当です」
妹とは対照的に姉のほうはあくまでも冷静に、事務的な口調で答えた。アルテミシアにいま少しの冷静さがあれば、その冷淡さに違和感を覚えたことだろう。しかし、いまのアルテミシアにそんなことに気がつく余裕はなかった。
「なぜ、なぜなのです⁉ ルキフェルを捕えるなんて……。ルキフェルはわたしたちの大切な幼馴染みではありませんか!」
「アルテミシア」
と、アルヴィルダは静かに妹を
「立場をわきまえなさい。わたしは
「そ、それはそうですが……」
正論を言われてアルテミシアは言葉に詰まった。聖職者としての役職以外の用途に使ったことのないたおやかな手を、ギュッと握りしめた。
「……では、改めてお聞きします、
「元筆頭将軍です。ルキフェルはすでに反逆者として指名しました。もはや、パンゲア国内にいかなる身分も、立場ももたないただの罪人です」
「反逆者……」
「そうです。無断での戦場放棄、敵前逃亡、そして、
「それは……」
アルテミシアはさらに強く手を握りしめた。ぞわぞわとした不快感が胸の奥底から込みあげてきた。
ここにきて、アルテミシアもようやく気付いた。姉であるアルヴィルダの態度のおかしさに。
――おかしい。アルヴィルダ姉さまがこんなにも冷淡に振る舞うなんて。それも、ルキフェル相手に。わたしたちがそれぞれの地位に就いてからも、幼馴染みという関係を一番、大事にしていたのは他ならぬ姉さま自身なのに。
アルテミシアやルキフェルが身分を気にして堅苦しい態度をとると決まって、
「そんなに気にすることないわよ! 立場はかわっても、わたしたちが姉妹であり、幼馴染みであることにかわりはないんだから!」
そう言って、
――それに……それに、この事務的な口調はなに?
しかし、いまはとにかく、それぞれに立場に従って接するしかないアルテミシアだった。
「お話はわかりました。ですが、ルキフェル将軍がそれだけのことをしたからには相応の理由があるはず。もしや、ルキフェル将軍は〝神兵〟について、
「そのとおりです」
アルヴィルダはあっさりと認めた。
その態度が心をざわつかせる無機質さを感じさせた。
「ルキフェルはわたしに向かい、〝神兵〟の
「……姉さま。いえ、
染みひとつない白い手を胸の前でギュッと握りしめながら、アルテミシアは姉そっくりの顔に限りない
「
「なにを言うのです、アルテミシア。あなたまでが我々の歴史を裏切ろうと言うのですか?」
「ちがいます! その歴史に忠実なればこそ、あのような怪物の使用を認めることはできないのです。思い出してください、姉さま。
「やれやれ。アルテミシア。あなたもついに我々の
「姉さまこそどうかしています! あのような怪物に頼るなど……世界をひとつにするために、世界を滅ぼしかねない力に手を染めてどうするのです⁉」
「いいではありませんか」
「なっ……⁉」
「世界が滅びたからなんだと言うのです。生も死もない。すべてはひとつ。すべては同じ。我が力によって世界のすべては混じりあい、ひとつとなる。人も動物もない。動物も植物もない。生物も非生物もない。すべては混じりあい、ひとつになるのです。
それこそ、真に神の理想郷! いかなる争いもない我らの
アルヴィルダは高々と両腕を掲げ、天を仰ぎ、そう宣告する。その姿はとてもではないが正気の人間のものとは思えなかった。
「あなた……あなたは誰?」
アルテミシアはついにそう言った。
「あなたは誰⁉ 姉さまじゃない、姉さまがそんなことを言うわけがない!」
アルテミシアがそう叫んだそのときだ。
――はははは。
――はははははは。
誰のものとも知れない高らかな笑い声が
そして、
それは、この場にいるはずのない存在。大聖堂のはるか地下深くに幽閉され、何重もの結界に閉ざされ、決して、そこから出ることも、身動きすらもできず、ただひたすらに〝神兵〟を生みだすための道具として使われているはずの存在。
その存在がいま、アルヴィルダの頭上に浮かび、パンゲア全土に響き渡る笑い声を立てている。その笑い声にあわせてアルヴィルダ自身も笑っている。計り知れない
アルテミシアは呻いた。
その存在の名を告げた。
「
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