七章 海の戦い
人類の船団が海を割って押し進む。
今度こそ、
幾度となく繰り返されてきた滅びの定めを覆すため。そして――。
二千年の昔、自ら犠牲となった
人類軍の本拠であり、船団の
そのために。
あのときに比べれば船の数は少なく、人員はさらに少ない。規模としては百分の一にもなりはしない。しかし、それは『かつてより弱い』ことを意味しない。まったくの反対。船一つひとつ、兵士一人ひとりの戦闘力がはるかにあがっておるからじゃ。
船の火力と頑健さも、兵士たちが身につける装備品の威力も、二千年前の戦いのときとは比べものにならない。もちろん、わしらが戦った千年前の戦いと比べても雲泥の差、月とスッポン。
それほどに人類は強くなった。
わしの時代から数えて千年。その間にそこまで文明を発展させ、力を高めた。わしはそのことがたまらなく誇らしかった。
――後世に託したわしの判断は正しかった。
心からそう思えた。
そして、なにより、いまのこの時代も人類は
騎士マークスの時代。
そして、わしの時代。
前の二度の戦いのときもそうじゃったように戦場に出ることのない
――これならば。
わしはごく自然に思った。
――これならば、今度こそ
その悲願を叶えるために船団は海を渡る。
船に乗り込むのはかつてない強力な装備に身を固めた
索敵班のひとりが大声を張りあげた。
「マークスⅢ! 前方より黒雲が沸き立っています!」
その声に行く手を確かめる。すると、たしかに、水平線の向こうから黒い雲がもくもくと沸き立ってくるところじゃった。
その雲はまるで、濃い灰色の墨を水面に流したかのようにジワジワと広がり、こちらによってくる。我らの頭上に浮かぶ空すべてを覆い尽くそうと広がりつづける。
「あの雲の下に巨大な嵐を観測しました! 雨、風、そして、雷、そのすべてが常識では考えられないほどの激しさで吹き荒れています!」
「我らの計測器が反応している」
索敵班につづいて『もうひとつの輝き』の学士が告げた。
「あれは明らかに
その言葉に――。
勇者マークスⅢは
「かまわん! このまま突っ込め!」
――まて、マークスⅢ。
わしは思わず声をかけていた。
本来、千年前の亡霊であるわしに船団の指揮に口出す権利などない。この時代の戦いはあくまでもこの時代の人間の手で戦われるべきなのだ。わしらはただの手助けにすぎぬ。しかし――。
マークスⅢが
――
「わかっております」
わしの言葉に――。
マークスⅢは
「わたしは
――………。
「なにより、我々は
――そうか。そこまで覚悟を決めておるのなら、わしの言うことはなにもない。もとより、この時代の戦いはこの時代の人間であるおぬしたちによって行われるべきもの。よけいな口出しをしてすまなかった。存分にやるがいい、勇者よ。
「はい!」
そして、マークスⅢの指揮の下、船団はまっすぐ突き進んだ。
雲はあっという間に広がり、目につく限りの一面を覆い尽くした。激しい雨が海面に無数の穴を穿ち、吹き荒れる風が海水を荒れ狂う波とかえ、無数の雷がひっきりなしに巨大な轟音と閃光を鳴り響かせる。
そのありさまがはっきりと目に見えるようになった。
もし、こんな嵐が都市の上を通過しようもものなら、その都市は一夜にして壊滅するにちがいない。通り過ぎたあとには生き残っている人間などひとりもいないじゃろう。
そう思わせるほどの激しい嵐じゃった。じゃが――。
「
『もうひとつの輝き』の学士が叫んだ。かの
おおっ。
すると、どうじゃろう。吹き荒れる雨も、風も、雷さえも、その
『もうひとつの輝き』の学士が勝ち誇って叫んだ。ひっくり返りそうなほどに胸をそびやかし、高笑いした。
「見たか! 全軍を覆い尽くせる
自らの業績に自信をもつのはいいが――。
お
「前方から船団が接近中!」
索敵班が新たな報告をもたらした。
荒れ狂う波の塊と化した海の向こうから何百という船がやってくる。一目見て
――あやつらは嵐のなかでも平気で行動できる。じゃが、こちらは
わしは胸の内で尋ねた。すると、騎士マークスの思念が届いた。
――船には船。ここは私に任せてもらおう。
幽霊船となったマークスが前に進み出る。その横に並ぶは万の子を宿せし海の
――わたくしも共に参ります、マークス。
――ああ、頼むぞ。我が妻サライサ。
――はい!
騎士マークスと王女サライサ。
二千年の時を超えてついに
さすが、この時代でも屈指の力をもつふたり。大嵐をものともせずに突き進む。
幽霊船が全砲門を開いて
海の
――素晴らしい。その力。その勇気。わたしにはもったいないほどだ。
――なにを
――サライサ……。愛している。
――愛しております、マークス。
その会話に――。
わしの隣にいたゼッヴォーカーの導師が顔面をチカチカさせながら呟いた。
――説明しよう。いまになってあのふたりの
――ゼッヴォーカーの導師ともあろうお方がそのような感情をもつとは。それこそ思いませんでしたな。
わしはそう言ったが、導師の言葉には苦笑するしかなかった。
それにしても、二千年の時を超えて、共に人の身を捨てた姿で結ばれるとは。
これがふたりの運命、いや、
まさに、そんな言葉がぴったりくる思いじゃった。
荒れ狂う海の向こうより黒雲とは別のものがわき起こってきおった。
巨大な頭部。
尻尾のように先細りになり、丸まった胴。
恐ろしく長く、たくましい腕で海面を押しつけるようにして立っておる。
それは恐ろしく巨大な異形の胎児。
――《すさまじきもの》か。
その姿に――。
わしはとうの昔になくした心臓が締め付けられるのを感じた。
わしと同じ思いをしていたのじゃろう。マークスⅢがそれまでとはちがう、ある種の悲壮感、そして、罪悪感を感じさせる声で言った。
「……
マークスⅢは覚悟を決めた目で《すさまじきもの》を睨みおった。
攻撃の命じようとした。
それより早く、異形の胎児に覆い被さったものがいた。
巨人の姿の霧。
その賛成派が反対派である異形の胎児に組みついた。取っ組み合いをはじめた。見上げるばかりに巨大な霧の巨人と異形の胎児。その両者の争いはまさに、怪獣大決戦とも言うべきもの。壮観の一語じゃった。争いと言うよりも手荒な説得と言うべきじゃったかも知れぬ。
進みつづける。
無限につづくかと思われた嵐の領域もついに終わるときがきた。
突然、空を覆う黒雲が途切れ、青い空とまぶしい太陽が姿を見せた。
おおっ、と、船団中から声が沸き起こった。
その視線の先。そこにはひとつの島があった。二千年前、そして、千年前。過去二度に渡って
「マークスⅢ、
「ちがう!」
索敵班の報告に――。
勇者マークスⅢは
「あれは
マークスⅢはその覚悟のもと、指示を下した。
「全軍上陸準備!
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