六章 千年の成果
空に浮かぶ
そのまわりを埋め尽くす無数の
この場にいる人間たちの誰ひとりとして逃げない、騒がない、怯えない。全員が声ひとつ発することなく、その表情に断固たる決意と確かな自信をみなぎらせ、武器を取り、その場に踏みとどまっておる。
『最後の』戦いに向けて全戦力を集めての集会を開く以上、その程度のことは予想しておった。予想していなくても動揺することなどなかっただろう。ここにいるのはすでに覚悟を決めたものたち。
もう二度と犠牲は出さない。
そう腹をくくったものたちだけなのだ。例え、予想外の強襲だったとしても足の裏にしっかりと根を生やし、その場に踏みとどまり、迎え撃ったにちがいない。
まして、予想済みの事態となれば。
二千年前、いや、千年前のわしの時代ですら、
その悲しみと恐れは
じゃが、この時代、わしらの残した記憶に従い、力を蓄えつづけたこの時代ならどうじゃ。
「
勇者マークスⅢが叫んだ。
その命令のもと、無数の小さな
どうやらこの
――おおっ!
わしは思わず声をあげた。
マークスⅢが勝ち誇った叫びをあげた。
「見たか!
なるほど。
次いで、
その名の通り、獣並の知性と意思をもち、
ざっ、と、足音がした。
ひとりの人間が前に進み出た。
「
そう言うとひとり、
その眉間が輝き、ポッカリと穴が空いた。穴……いや、それは
「人の身に
馬の姿の黒いモヤモヤの上に乗る、騎士の姿の黒いモヤモヤ。
それを見たとき、わしは胸が締め付けられる思いをした。
それは、
――わしの時代にも、子を失った悲しみから
当然じゃろう。人が人である限り、
その気持ちはわかる。
じゃが、同情はせん。
わしらはその悲しみを承知の上で、それでも、
向かってくるなら叩きつぶす。
ただ、それだけ。
その役割を買って出たのは夜の闇のような漆黒の長髪をたなびかせた美丈夫の青年。鬼を殺すもの。そう呼ばれる人間、いや『もと』人間じゃった。
「ここはおれがやろう。勇者どのは
鬼を殺すものは
ぞわ。
音を立てて鬼を殺すものの髪がうごめき、長く伸びた。たちまち、
――けけけ。
笑い声がした。
髪の毛が笑っていた。
――よく来てくれたなあ。おれたち妖怪にとっては
妖怪、
それが、鬼を殺すものの黒き長髪の正体。
「遙か昔の話だ。おれは生け贄とされる幼馴染みを救うため、この身を四八の妖怪に食わせ、同化した。いまのおれの体は四八の妖怪の塊。幼馴染みは無事、自分の人生を全うした。だが……この世には犠牲を強いる災いがあふれていた。だから、おれは決めた。そんな犠牲は決して許さん。犠牲を強いるすべての災い、おれが食らい尽くす。そのために、妖怪として生きつづけると。そして――」
鬼を殺すものは腰に
「この太刀はおれそのもの。妖怪に捧げたおれの背骨から削り出して鍛えた太刀。おれの生命と引き替えにすべての敵を滅する禁断の呪具だ」
太刀が振るわれ、
「ふん。呪法に妖怪。そんなものだけに格好付けられては困るな」
そう言って前に進み出たのは秘密結社『もうひとつの輝き』の研究者たち。
「二千年の昔、我らが始祖は
『もうひとつの輝き』は巨大な
――おおっ!
なんと、驚いたことに
わしらの時代からは考えられなかったその技術。『もうひとつの輝き』の研究者は勝ち誇って叫びおった。
「
「そして――」
ぬっ、と、『復活の死者』の末裔が前に進み出た。
「我ら、『復活の死者』の末裔はその体力において人間を遙かに上回る。人間に戻った
世にも醜く、おぞましい、しかし、たくましい肉体が次々と人間に戻った
わしや騎士マークス、ゼッヴォーカーたち先行種族がなにかをする必要もない。人間たちはこの千年間で蓄えた力を使い、いともたやすく
――説明しよう。私はいま、きわめて感動している。
ゼッヴォーカーの導師さえ、そう言った。
――これほどの力を身につけるとは。やはり、人類とは素晴らしい種族だ。
マークスⅢが叫んだ。
「行くぞ、リョキ! 勇者の名にかけて
「おお、そうこなくっちゃな!」
勇者と、その相棒たる翼の獣が叫んだ。
マークスⅢがリョキの背中に飛び乗った。リョキは強靱な翼を羽ばたかせた。空に舞った。
「
「愚かな。
「あなどるな、
「人類はかわる。かわりつづける。かわることこそ人類のすごさ。人類はかわることで、かわることなきお前たちには登ることの出来ない高みに至る。そして――」
マークスⅢは鬼骨を引き抜いた。生々しい骨色の剣身がギラリと光る。
「これこそは鬼骨! 賢者マークスⅡより与えられた、きさまらを殺すための切り札!
「愚かな。
その言葉が強がりであったはずがない。事実、いままで人類は
「なっ……⁉」
それは、千年前の戦いでも、さらにその前の二千年前の戦いでも聞いたことのない絶望の叫びじゃった。
「な、なんだ、これは……馬鹿な、ありえん! この
「だから、あなどるなと言った」と、マークスⅢ。
「この鬼骨は
「お、おおおおっ……!」
その頃には他の
――驚いた。
わしは心に呟いた。
いくら、千年にわたって準備し、力を蓄えてきたと言ってもまさか、
その場には喜びの声はひとつもない。勝利を讃える声ひとつ、起きはしない。皆が知っておったからじゃ。自分たちの目的は『戦いに勝つこと』ではなく、『戦いを終わらせる』ことだと言うことを。
――すごい。これが現代の人類の力か。
騎士マークスが感慨深げに言った。
――わたしたちの時代より二千年。人類はここまでかわり、そして、強くなったのですね。
サライサ殿下も口をそろえた。
「そのとおり!」
マークスⅢがリョキの背に乗って地上へと舞い戻った。
会場の中央へと降りたった。
「
そして、マークスⅢは叫んだ。
「島を動かせ!
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