六章 千年の成果

 空に浮かぶ亡道もうどうつかさ

 そのまわりを埋め尽くす無数の亡道もうどうたね

 亡道もうどうのものによる先制攻撃。その数はこちらを上回っているかも知れない。しかし――。

 この場にいる人間たちの誰ひとりとして逃げない、騒がない、怯えない。全員が声ひとつ発することなく、その表情に断固たる決意と確かな自信をみなぎらせ、武器を取り、その場に踏みとどまっておる。亡道もうどうのものたちを迎え撃つ、そのために。

 亡道もうどうつかさによる先制攻撃。

 『最後の』戦いに向けて全戦力を集めての集会を開く以上、その程度のことは予想しておった。予想していなくても動揺することなどなかっただろう。ここにいるのはすでに覚悟を決めたものたち。

 もう二度と犠牲は出さない。

 亡道もうどう世界せかいとの戦いを終わらせる。

 そう腹をくくったものたちだけなのだ。例え、予想外の強襲だったとしても足の裏にしっかりと根を生やし、その場に踏みとどまり、迎え撃ったにちがいない。

 まして、予想済みの事態となれば。

 亡道もうどうたねが動きはじめた。その名の通り、亡道もうどう世界せかいの種。意思ももたず、知性ももたず、天命てんめいのものに取り憑いては侵食しんしょくし、亡道もうどうのものへとかえる存在。

 二千年前、いや、千年前のわしの時代ですら、亡道もうどうたねはやっかいな存在じゃった。亡道もうどうたねに取り憑かれ、亡道もうどうのものへとかわっていく仲間たちを何度、この手で殺さなければならなかったことか。

 その悲しみと恐れは天命てんめいことわりとなったいまも、わしのなかにはっきりと残っておる。

 じゃが、この時代、わしらの残した記憶に従い、力を蓄えつづけたこの時代ならどうじゃ。

 「天命てんめいはちを出せ!」

 勇者マークスⅢが叫んだ。

 その命令のもと、無数の小さな羽虫はむしが放たれた。

 どうやらこの羽虫はむしたちもダンテ、幾つもの天命てんめいを束ねて作り出された人工生命のようじゃ。天命てんめいはちたちは亡道もうどうたねに取り憑き、針を突き刺す。獲物のイモムシに針を突き刺す狩人蜂のように。すると――。

 ――おおっ!

 わしは思わず声をあげた。

 天命てんめいはちに刺された亡道もうどうたねたちが次々と単なる土くれと化し、落ちていくではないか。

 マークスⅢが勝ち誇った叫びをあげた。

 「見たか! 亡道もうどうたねに対する対処法などとうに完成済みだ! この天命てんめいはちがいる限り、亡道もうどうたねなぞ、なんの役にも立たんぞ」

 なるほど。

 天命てんめいのものを侵食しんしょくし、亡道もうどうのものへとええる亡道もうどうたね。その亡道もうどうたねに逆に天命てんめいをもって侵食しんしょくし、天命てんめいのものへとかえてしまう技術を開発したわけじゃな。たしかに、これならば亡道もうどうたねなど恐るるに足らん。

 次いで、亡道もうどうけものたちが向かってきた。

 その名の通り、獣並の知性と意思をもち、天命てんめいのものを狩る亡道もうどう世界せかいの戦闘種族。

 ざっ、と、足音がした。

 ひとりの人間が前に進み出た。

 空狩くうがりの行者ぎょうじゃ。そう呼ばれる『少年の姿をした』人間。

 「雑魚ざこは任せてもらおう」

 そう言うとひとり、亡道もうどうけものたちの前に進み出た。

 その眉間が輝き、ポッカリと穴が空いた。穴……いや、それはくう。なにもないからこそ、なにもかもを呑み込む魔性の空間。

 亡道もうどうけものたちが次々とそのくうに呑み込まれていく。

 空狩くうがりの行者ぎょうじゃは静かに告げた。

 「人の身に七曜しちようくうあり。そのなかでも僕のいちばんのお気に入り、月曜げつようくうだ。死と再生をつかさど月曜げつようくうはあらゆる魔性を呑み込み、僕の生命のかてへとかえる。そうして僕は気の遠くなるほどの長い年月、生きつづけてきた。未熟であった頃の僕が消してしまった故郷を取り戻す、そのために。その時がくるまで……お前たちにも僕のかてとなってもらうぞ」

 亡道もうどうけものたちは空狩くうがりの行者ぎょうじゃ月曜げつようくうにあらかた呑み込まれた。次に現れたのは……亡道もうどう騎士きし

 馬の姿の黒いモヤモヤの上に乗る、騎士の姿の黒いモヤモヤ。

 それを見たとき、わしは胸が締め付けられる思いをした。

 それは、亡道もうどうのものとなった人間。大切なものを失った悲しみに耐えられず、亡道もうどうつかさの誘惑に乗り、亡道もうどうのものへとなった人間たちのなれの果て。

 ――わしの時代にも、子を失った悲しみから亡道もうどうのものへと変じた多くの母親たちがいた。この時代にもまだ、迷える亡者たちはおるか。

 当然じゃろう。人が人である限り、天命てんめいのものである限り、人は死ぬ。必ず、死ぬ。子が親に先立つこともある。もっと悲しいことも起こる。その悲しみに耐えきれず、失ったものを取り戻したい一心で亡道もうどう世界せかいにすがる。

 その気持ちはわかる。

 じゃが、同情はせん。

 わしらはその悲しみを承知の上で、それでも、天命てんめい世界せかいを守るべき理由がある、そう決意した身。道をたがえたものたちにかけるべき言葉はない。

 向かってくるなら叩きつぶす。

 ただ、それだけ。

 その役割を買って出たのは夜の闇のような漆黒の長髪をたなびかせた美丈夫の青年。鬼を殺すもの。そう呼ばれる人間、いや『もと』人間じゃった。

 「ここはおれがやろう。勇者どのは亡道もうどうつかさを」

 鬼を殺すものは亡道もうどう騎士きしたちの前にひとり、進み出た。

 亡道もうどう騎士きしたちがたったひとりに殺到する。

 ぞわ。

 音を立てて鬼を殺すものの髪がうごめき、長く伸びた。たちまち、亡道もうどう騎士きしたちを絡め取った。

 ――けけけ。

 笑い声がした。

 髪の毛が笑っていた。

 ――よく来てくれたなあ。おれたち妖怪にとっては亡道もうどうのものとてただの餌。ありがたく頂戴するぜえ。

 妖怪、毛羽けう毛現けげん

 それが、鬼を殺すものの黒き長髪の正体。

 「遙か昔の話だ。おれは生け贄とされる幼馴染みを救うため、この身を四八の妖怪に食わせ、同化した。いまのおれの体は四八の妖怪の塊。幼馴染みは無事、自分の人生を全うした。だが……この世には犠牲を強いる災いがあふれていた。だから、おれは決めた。そんな犠牲は決して許さん。犠牲を強いるすべての災い、おれが食らい尽くす。そのために、妖怪として生きつづけると。そして――」

 鬼を殺すものは腰にいた太刀を引き抜いた。一目見て単なる業物わざものではないとわかる太刀を。

 「この太刀はおれそのもの。妖怪に捧げたおれの背骨から削り出して鍛えた太刀。おれの生命と引き替えにすべての敵を滅する禁断の呪具だ」

 太刀が振るわれ、亡道もうどう騎士きしたちを斬り裂いた。

 「ふん。呪法に妖怪。そんなものだけに格好付けられては困るな」

 そう言って前に進み出たのは秘密結社『もうひとつの輝き』の研究者たち。

 「二千年の昔、我らが始祖は天命てんめいことわりとはちがう、もうひとつの力を求めた。人類を導くもうひとつの輝き、すなわち、科学を! 二千年にわたり、研究されてきた科学の力、いまこそ見るがいい!」

 『もうひとつの輝き』は巨大な音叉おんさを引き出してきた。音叉おんさからある種の波動が放たれる。すると――。

 ――おおっ!

 なんと、驚いたことに亡道もうどう騎士きしたちは見るみる人間に戻っていくではないか。

 わしらの時代からは考えられなかったその技術。『もうひとつの輝き』の研究者は勝ち誇って叫びおった。

 「亡道もうどう世界せかいの波動を研究し、正反対の波動をぶつけることで中和し、亡道もうどうの要素を消し去る! そして、もとの人間に戻す! これこそ科学の力だ!」

 「そして――」

 ぬっ、と、『復活の死者』の末裔が前に進み出た。

 「我ら、『復活の死者』の末裔はその体力において人間を遙かに上回る。人間に戻った亡道もうどう騎士きしを取り押さえるなど造作もない」

 世にも醜く、おぞましい、しかし、たくましい肉体が次々と人間に戻った亡道もうどう騎士きしたちを組み伏せ、取り押さえていく。

 わしや騎士マークス、ゼッヴォーカーたち先行種族がなにかをする必要もない。人間たちはこの千年間で蓄えた力を使い、いともたやすく亡道もうどうのものたちを駆逐していく。その様は見ていて小気味よいほどじゃった。

 ――説明しよう。私はいま、きわめて感動している。

 ゼッヴォーカーの導師さえ、そう言った。

 ――これほどの力を身につけるとは。やはり、人類とは素晴らしい種族だ。

 マークスⅢが叫んだ。

 「行くぞ、リョキ! 勇者の名にかけて亡道もうどうつかさをしとめる!」

 「おお、そうこなくっちゃな!」

 勇者と、その相棒たる翼の獣が叫んだ。

 マークスⅢがリョキの背中に飛び乗った。リョキは強靱な翼を羽ばたかせた。空に舞った。亡道もうどうつかさ目がけて。

 「亡道もうどうつかさ! デカいつらしていられるのもこれまでだぜ! 今日は歴史上はじめて、きさまがおれたち天命てんめいのものに殺される日だ!」

 「愚かな。亡道もうどうのものに死などあると思うか」

 「あなどるな、亡道もうどうつかさ」と、マークスⅢ。

 「人類はかわる。かわりつづける。かわることこそ人類のすごさ。人類はかわることで、かわることなきお前たちには登ることの出来ない高みに至る。そして――」

 マークスⅢは鬼骨を引き抜いた。生々しい骨色の剣身がギラリと光る。

 「これこそは鬼骨! 賢者マークスⅡより与えられた、きさまらを殺すための切り札! 亡道もうどうつかさよ、きさまの死ぬときが来たのだ!」

 「愚かな。亡道もうどうに生もなければ死もない。亡道もうどうつかさたる我を殺すことなど決して出来ん」

 その言葉が強がりであったはずがない。事実、いままで人類は亡道もうどうつかさを殺すことなぞ出来んかった。亡道もうどう世界せかいに追い返すだけで精一杯だったのじゃ。じゃから――。

 亡道もうどうつかさはあえて鬼骨の一撃を受けた。自分の不死性を見せつけるために。じゃが――。

 「なっ……⁉」

 亡道もうどうつかさの口から驚愕きょうがくの叫びが起きた。

 それは、千年前の戦いでも、さらにその前の二千年前の戦いでも聞いたことのない絶望の叫びじゃった。

 「な、なんだ、これは……馬鹿な、ありえん! この亡道もうどうつかさが死ぬと言うのか⁉ あり得ん、あり得ない、そんなことは! 亡道もうどうに生も死もなく、亡道もうどうつかさが死ぬことなど……」

 「だから、あなどるなと言った」と、マークスⅢ。

 「この鬼骨は混沌こんとんの邪剣。原初げんしょ混沌こんとんの前では亡道もうどうと言えど無力」

 「お、おおおおっ……!」

 亡道もうどうつかさのその叫びはなにを意味していたのじゃろう。恐怖、後悔、嘆き、無念……ありとあらゆる思いが混じり合い、ひとつとなった、まさに妄執もうしゅうの叫びじゃった。

 その頃には他の亡道もうどうのものたちも一掃いっそうされておった。たったひとりの死者も出すことなく。

 ――驚いた。

 わしは心に呟いた。

 いくら、千年にわたって準備し、力を蓄えてきたと言ってもまさか、亡道もうどうつかさの襲撃をこうもたやすく返り討ちにするとは。

 その場には喜びの声はひとつもない。勝利を讃える声ひとつ、起きはしない。皆が知っておったからじゃ。自分たちの目的は『戦いに勝つこと』ではなく、『戦いを終わらせる』ことだと言うことを。

 ――すごい。これが現代の人類の力か。

 騎士マークスが感慨深げに言った。

 ――わたしたちの時代より二千年。人類はここまでかわり、そして、強くなったのですね。

 サライサ殿下も口をそろえた。

 「そのとおり!」

 マークスⅢがリョキの背に乗って地上へと舞い戻った。

 会場の中央へと降りたった。天命てんめい巫女みこさまがハープをかき鳴らしつづけるその前へと。

 「天命てんめい巫女みこさま。あなたは二千年の昔、自分ひとりが犠牲になればよいとの考えから誰にもなにも言わず、自らを自動人形にかえた。しかし! 我々はそんな犠牲は認めない。あなたにはなんとしても人間に戻っていただく。人類はかわる、かわりつづける。人類はもう、あなたに守ってもらわなくても大丈夫なぐらい強くなったのです」

 そして、マークスⅢは叫んだ。

 「島を動かせ! 亡道もうどうしまへと向かう。『最後の』戦いとするために!」

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